大阪万博のシンボルとなる建造物「大屋根」。高さ約20m(最高)、幅約30m、1周約2㎞に達し、完成すれば世界最大級の木造建築に大阪万博のシンボルとなる建造物「大屋根」。高さ約20m(最高)、幅約30m、1周約2㎞に達し、完成すれば世界最大級の木造建築に

2025年4月13日の開催まで約500日の大阪・関西万博だが、費用が当初の予算をかなりオーバーしたり、会場の建設が予定どおり進むか疑われたりと、いろいろ心配な話が出てきている。

では、万博会場の人工島、大阪・夢洲の現場作業員たちは今、どんな状況なのか。現地で話を聞いたら意外な答えが返ってきた。

■もう後戻りはできない

開催予算が当初の1.9倍の2350億円にも膨れ上がった大阪・関西万博へ厳しいまなざしを向ける人が増えている。直近(11月3~5日)の世論調査(共同通信社調べ)でも68.6%の人々が「不要」と回答している。

ただ、「万博を中止・延期するチョイスはない」と経済産業省関係者は断言する。

「国が負担するのは万博開催費用の3分の1の約800億円。国全体の予算から比べるとさほど大きな額ではない。しかも、BIE(博覧会国際事務局)と交わした契約では会期直前のキャンセルでも参加国などへの補償額は最大で5億5700万ドル止まり。

BIEへの補償金(入場券売り上げ想定額の2%)1160万ドルと合わせても850億円ほどです。つまり、開催しても中止しても、国の負担はほぼ同じなんです。

2023年度の補正予算に万博事業費として750億円も盛り込んだし、中止で日本が国際的な信用を失うマイナスを考えれば、中止のチョイスはありえません」

同じ夢洲(ゆめしま)で30年秋頃に開業予定のカジノと関連づけて、「万博中止はない」と予測する声も。「カジノに反対する大阪連絡会」の中山直和事務局次長が言う。

「夢洲には電気も上下水道も整備されていません。産廃物による埋め立て地なので、土壌汚染対策や地盤改良も不可欠です。こうしたインフラ整備にかかる費用は1兆円近くになるという試算もある。

本来、インフラ整備は受益者のカジノ事業者が負担するのが筋ですが、今年9月に大阪府、大阪市とカジノ事業者とが結んだ基本協定で、行政も土地活用の利便性向上や地盤沈下対策など、適切な措置を行なうことになりました」

その意味することは公金の支出だ。でも、カジノのために莫大(ばくだい)な公費で賄うとなれば、市民からの反発が起こる可能性は高い。

「だから、まずは万博をなんとしてでも開いてインフラ整備をやり、カジノにそのインフラを利用させようというのが誘致に熱心な行政サイドの腹積もりです。万博だったら公費投入に大義名分が立ち、納税者の抵抗も少ないはずと踏んでいる」(中山氏)

前出の基本協定では、地盤整備などで初期投資額が予定の1兆2700億円を上回ると見込まれるときにはカジノ業者側が協定を解除でき、その解除権の有効期間は3年間とする、との特約条項が盛り込まれている。

カジノ業者に撤退されたくない大阪府、大阪市にとって、万博はカジノに公金を投入することの隠れみのになる。

前出の経産省関係者が続ける。

「だから、万博の延期も難しい。延期でインフラ整備が遅れれば、ただでさえ遅れているカジノのオープンがさらに遅れてしまう。それでなくても、カジノ業界はコロナ禍でリアルカジノへの来場が細り、オンラインカジノ利用者が急増している。

開業が後ろ倒しになればなるほど、巨額投資が必要になるリアルカジノに嫌気が差してカジノ業者が撤退するリスクが高まってしまいますから」

中止も延期も無理なら、予定どおり開催するしかない。

しかし、万博の初日(25年4月13日)まで500日余り。にもかかわらず、漏れ伝わってくるのは準備遅れのニュースばかり。特に万博の華とされる海外パビリオンの建設は遅れているようだ。

例えば、万博に参加する国々が自ら費用を負担し、独自のデザインで建設する「タイプA」を予定する56の国・地域のうち、建設業者が決まっているのが24、その次のステップとなる大阪市からの仮設建築物許可取得までたどり着いているのはチェコ、モナコなど5ヵ国のみ(11月15日現在)で、着工はいまだにゼロという状況である。

となると気になるのが、果たして開幕までにパビリオン建設が完工するのかということ。その感触を知るべく、万博会場の夢洲へ出かけてみた。

■現在の万博工事の労働環境はどうか

夢洲へのアクセスは北に隣接する舞洲(まいしま)から夢舞大橋(4車線)、南側にある咲洲(さきしま)からの夢咲トンネル(4車線)の2ルート。

夢洲4区に広がるコンテナヤードに海外からの大型タンカーが横づけされるときなどはコンテナの積み降ろしをする大型トラックの出入りが激しくなり、「両ルートとも1車線(トラック専用)は完全渋滞、残りの一般車向けの1車線もノロノロ運転が3~4時間近くも続く」(タクシー運転手)という。

そこに万博工事関係者の車両が加われば、夢洲への通行はさらにまひする。そのため、万博協会では渋滞対策として、夢洲の対岸にある咲洲と舞洲に工事関係者専用のシャトルバス発着場を設けたという。電車や車で隣接地まで来て、そこからシャトルバスに乗り換えて夢洲の工事現場に入ってもらおうというわけだ。

今月初旬の早朝、シャトルバス発着場がある咲洲の複合モール施設「ATC」に行ってみた。

バス便はすぐ近くの南港ポートタウン線トレードセンター前駅の始発に合わせ、午前5時台に3本、6時台に3本、7時台に1本の計7便。南東工区、北東工区、西工区の3系統があるので、朝のシャトルバス便は計21本になる。

立ち席も含め、1台のバスに100人前後の工事関係者が乗車可能とすると、その輸送力は一日2000人強。万博の会場面積は約155万㎡。その広大さを考えると、本数は決して多くない印象だ。

咲洲のモール施設「ATC」に隣接されたシャトルバスの停留所。ここから多くの作業員が建設現場に向かう咲洲のモール施設「ATC」に隣接されたシャトルバスの停留所。ここから多くの作業員が建設現場に向かう

シャトルバスを待つ職人風の40代男性に声をかけてみた。

「雇用先は3次下請けの会社で、主に会場内の雨水や汚水を通す管やその受水槽の設置をやっている。土木作業が中心だね。工具を積んだ会社の車で現場に入れたら楽なんだけど、元請けからシャトルバス利用を言われているので仕方ない。

とはいえ、やっぱりバス便の数が少ないよ。1時間に3本ほどなので、1本逃すと次のバスまで20分近く待たされる。あとはトイレが遠いことかな? 現場によってはトイレまで徒歩10分以上かかることもある」

ただ、不満はそれくらい。工期に間に合わせようと、上から残業を強いられることはないという。北東工区で国内パビリオン工事に参加しているという50代男性も同じ答えだった。

「上から仕事を急げとか、残業をしろとかのプレッシャーはありません。週2日、きっちりと休日が取れているし、労働時間も週40時間に収まっています。本音は残業させてほしい。その分、稼ぎが増えるからね」

やはりバス待ちの50代男性が言う。いわゆるひとり親方で大林組の担当工区でとび職として働いているという。

「あくまでも一職人の目からだけど、大展示場とか円周2㎞の大屋根などは開幕までに十分に間に合うと思う。残業は今のところないね。毎日、定時上がり。現場の近くには万博工事の関係者専用のコンビニしかないけど、キッチンカーもやって来るから問題なし。労務環境はそれなりに整っていると思うよ」

関西国際空港の工事を経験したという50代の職人はこう苦笑する。

「関空の現場に比べると、こちら(万博)のほうがずっと楽。何しろ、関空の現場には船で通っていたんだから。海がシケると帰りの船が出ず、帰宅できなかったからね」

万博会場の工事現場はシャトルバスでの現場入りという不便さを除けば、労務環境は悪くないようだ。

■「ここの建設は担当したくない」

万博会場の北東工区入り口脇から工事の進捗(しんちょく)状況を確かめようと、警備員の目を気にしながらフェンスに近づくと、妙に歩きづらいことに気づいた。地面がふかふかで、歩いただけで靴がずぶずぶと沈むのだ。

思わず足を上げると、雨天だったこともあってその足跡はあっという間に地下からの湧水によって濁った水たまりと化した。夢洲もかつてはゴミ捨て場で、それを埋め立てた軟弱地盤の島だった、ということを思い出す。

万博工事現場の周辺を車で流してみると、目につくのは屹立(きつりつ)したクレーン数の多さで、目算だけでも60基以上はあった。その下には足場に囲まれた建築中の建物もいくつか目視できる。

万博会場の周辺ではインフラ工事が活発。夢洲内では新大阪など大阪の主要な駅と会場を直結する高速道路の整備も進んでいた万博会場の周辺ではインフラ工事が活発。夢洲内では新大阪など大阪の主要な駅と会場を直結する高速道路の整備も進んでいた

完成すれば世界最大級の木造建築になる円周2㎞の大屋根も飛び飛びに姿を現し、その完成形を想像できるまでになっている。ゼネコン3社が120度ずつ分担して建設しているのだが、360度中30~40度分はすでに完成しているように見えた。急ピッチで工事が進捗しているのは間違いない。

ただ、それは大屋根などの会場内施設や設計・仕様が固まった国内パビリオンなどだけで、海外パビリオンになると話は一変する。前述したように現状で着工はゼロ。それどころか、メキシコやエストニアのように国内事情を理由に万博撤退を表明する国も現れた。前出の50代のひとり親方が言う。

「海外パビリオン工事が工期に間に合うと思う職人はいません。24年3~5月着工で、24年12月から25年1月が引き渡しのスケジュールと聞いていますが、その後に内装工事や展示作業も待っている。本体工事もぎりぎりだけど、3ヵ月で内部を仕上げないといけない内装や電気関係の工事者は地獄でしょうね」

今のところ現場が平穏に見えるのは海外パビリオン建設がスタートしていないからかも。そう考えると、早朝シャトルバス便が3系統21便だけの少なさにも納得がいく。

「工事が本格化する来年3月以降は残業規制(月45時間・年間360時間以上の残業禁止)が4月から始まることもあって、現場が修羅場になるのは目に見えている。建築に手間暇のかかるタイプAのパビリオン工事には関わりたくない。今は仕事を振られないことを祈るだけです」(前同)

■万博会場は「タイプX」だらけに?

海外パビリオン工事に関わりたくないという思いは、ゼネコンから直接工事を請けるいわゆる「サブコン」でも共通しているようだ。在阪のサブコン幹部がこう心境を打ち明ける。

「台湾の半導体工場が建設されている熊本を中心に、向こう2、3年分のオフィスビルなどの発注が相次ぎ、手いっぱい。なのに人手不足は深刻で、鉄筋工などは日当2万円前後で募集しても集まらない。今のウチに万博の工事を請け負う余力はありません」

ただ、小規模なサブコンは交渉力に乏しく、ゼネコンの協力要請を断るのは難しい。

「今後の付き合いを考えれば、請けるしかない。とはいえ、残業規制が来年4月からスタートする中、どう人をやりくりすればいいのか? 工期内に完成できなければ、違約金が発生するリスクもある。

それを避けようと社員に隠れ残業を強いれば法律違反になってしまうし、過労死でも出した日には悪評が広がって新人採用や入札参加にも悪影響が出かねない。悩みは尽きません」(サブコン幹部)

実は日本国際博覧会(万博協会)も工期内の海外パビリオン建設は困難と判断し、ゼネコンと協議の上、「タイプX」(タイプAよりも工期が短く、発注も開催国が代わりに行なうプレハブ工法の簡易型パビリオンの通称)の25棟分をすでに見切り発注しているという。

タイプAでの出展を予定する国が56の国・地域だったことを考えると、タイプXが25あれば、建設業者が決まっていない残り30前後の参加国にパビリオンを提供できる計算になる。

「ただ、タイプXは長方形のシンプルなデザイン。それが大屋根の円周内に25棟も密集するわけで、災害時に仮設住宅がずらりと並んだような味気ない外観になりかねません」(全京都建築労働組合の万博工事担当者)

取材をしていて思ったことがある。それは話題になるのは開催予算の上振れや工期の遅れといったことばかりで、展示内容など、肝心の万博の中身について論議する人が皆無だったということだ。

各国の最新の科学技術や文化を紹介し、人類文明の展望を示すことが万博本来の目的だ。なのに、現状は展示内容の充実などそっちのけで、万博の開催だけが目的化しているように感じてしまう。