コロナ禍で脚光を浴び、いまや社会生活のけん引役として認知されているフードデリバリーサービスの配達員。意外な高給が話題となることもあったが、コロナが落ち着き、また海外からの参入組も増えて往時の勢いは失われつつある。都内で毎日、15時間にわたって作業している配達員・吉永健司さん(43、仮名)がリアルな実態を明かす。
■派遣社員から配達専業へ
吉永さんは東京都大田区の実家暮らしの独身。大学を卒業後に欧米を放浪したのち、30歳を過ぎて帰国し、派遣社員として通信会社などで勤務。コロナ禍で在宅勤務が増え、また給与も減ったことで2021年6月に副業としてUber Eats(ウーバーイーツ)の配達員を始めた。
すると、1件の配達で600円近い報酬を得られ、しかも気苦労はない仕事が身に合っていることに気づく。やがて、出前館とWoltにも手を伸ばし、朝から晩までのフル稼働で日によっては5万円をたたきだしたことも。そして、22年4月からは派遣社員をリタイヤして、配達を専業とする道を選んだ。
「派遣社員をやっていても、キャリアにならないし、給料は年齢とともに落ち込んでいくだけ。なのに、派遣先の正社員は、昇進と高給が確保されている。そのくせ、現場の作業を知らないから、こっちが有休を取っていても平気で電話をかけて問い合わせてきますからね。
そんなヤツらに契約を切られないようにビクついているのがバカバカしくなって、配達一本で食っていくことに決めました。誰からも怒られることはないし、当初の収入は派遣社員の月給よりも良かったですしね」(吉永氏)
■寿司、タワマンはNG
吉永さんは毎朝、愛車のホンダの原付スクーターDIOをまたいで家を出る。ライバルの配達員たちの動きが鈍る朝は狙い目なのだが、午前7時半から始まるスクールゾーンによる車両進入禁止が解除される8時半を就業開始としている。
根城は、自宅から20分ほどのJR目黒駅周辺。坂道が多いので自転車の配達員が少なく、注文を取りやすいのだ。出前館の配達の途中で、ウーバーの注文を取るといった具合に掛け持ちでこなしていくのがルーティンだ。
「1件あたりの配達料はお店と届け先との距離にも比例しますが、自分は件数を稼ぎたいので半径3キロ圏内をぐるぐる回ってますね。単価は500円から700円といったところ。
ウーバーが一番安いですが、いったん配達の注文を受けても、出前館などで高い仕事が入ればキャンセルできるのでこちらとしては柔軟に立ち回れやすい。一番多いのはマクドナルド。"ポテトを冷やさない"というルールを徹底しているそうで、予定時刻通りに出来上がっている。
一方で、寿司やイタリアン系は調理が遅れて待たされることが多いので、お昼や夕方のコアタイムは注文を受けませんね。あと、タワマンも住所を覚えてNGにしています。入館の手続きが面倒だし、荷物搬入用のチンタラしたエレベーターに乗せられるので、到着して渡すのに10分かかり、割りが悪い」(吉永氏)
■1日フル稼働で1万円台
夕方にいったん帰宅して食事を摂り、再出発して夜は午後10時ごろまで稼働。丸一日稼働してこなせるのは40件弱で、報酬は2万円もいけば御の字といったところ。一日の走行距離は150kmに上り、燃料高騰の中で毎日の給油が欠かせない。
「コロナ禍では一日に50件ぐらい回れましたが、"配達は稼げる"という口コミがSNSで広がったせいで、学生を中心にライバルが増えて最近は受注が減りましたね。報酬単価は1年前に比べて1割ぐらい落ちましたし。多くの配達員は、"1万円稼げればいいや"というノリなので、報酬を下げても回っていくんですよね。
そのうえ、道路に配達員が増えたので警察の取り締まりも厳しくなった。免停まであと1回に追い込まれたときは失業を覚悟しました」(吉永氏)
最大の懸念は、急増する外国人配達員だ。
「彼らは、モーターを積んだ原付同様の仕様の違法改造自転車に乗っていることが多い。こっちは一方通行を守っているのに、彼らは自転車の体で、我が物顔で逆走して、件数を稼いでいく。
あと、配達員のアカウント登録は携帯電話に紐づけられるんですが、彼らは複数のモバイルを駆使して割のいい注文を独占しているから、こっちにそういうオーダーがなかなか入らない。以前はベトナム人が多かったですが、最近はウズベキスタンからも流れ込んでいるそうです」(吉永氏)
■フーデリビジネス崩壊の予兆も
実家暮らしで健康という利点があるからこそ、いまの自由なライフワークバランスが担保されている。将来を考えれば不安は尽きない。
「体を壊したら一巻の終わりですからね。あと、チャリさえ乗れれば誰でもできる仕事だからつぶしが利かない上に、年齢的にもう会社勤めに戻ることはできない。そもそも、フードデリバリー会社がこのまま残るのかという疑問もあります。
大雨の日の出前館の仕事で、配達報酬が2000円なのにお客さんの支払いが1300円ということがありました。差額は、出前館が被っているということです。お客さんからの注文を全て受ける手前、場合によっては損失が生じるということですよね。業績も悪いようですし、配達料を大幅に引き下げてくるか、倒産するんじゃないだろうか」(吉永氏)
吉永さんは胸に不安を膨らませながら、デリバリーバッグを背負って街中を疾走している。