サイズやオス・メスごとに分類され、整然と陳列されたカニたち。ざっと見たところでも、その数は80匹以上という品揃えだ。全身を縄で十字に結えられているものの、目や触覚が動いたり泡を吹いたりしており、活きの良さを感じさせる。
しかし、この時期になると価格動向が話題になるズワイガニとは見た目が少々異なる。実はこれ、カニはカニでも上海ガニの名で知られるチュウゴクモクズガニなのだ。
場所は、東京・上野にある中国系水産物販売店だ。値札には特大サイズ2800円、大サイズ1800円、中サイズ1000円とある。
「蘇州の陽澄湖から活きたまま直送しているから鮮度は最高だよ。これからの季節は、白子を抱えるオスが旬」
店先で足を止める顧客に対し、男性店員が中国語でそう口上を述べる。
上海ガニといえば中国、とくに上海周辺の華中エリアでは秋から冬にかけて食される季節の味覚である。ところが日本では、中国産の上海ガニは生体での輸入や販売が特定外来生物法によって厳しく規制されている「禁制品」なのだ。
■購入者も罰則を受ける可能性
上海ガニは、在来の野生生物やその生息地を脅かす存在として「世界の侵略的外来種ワースト100」に数えられており、アメリカやドイツでは定着例もある。幸い日本では現在のところ未定着だが、繁殖力が強いこともあり環境省などでは流入を警戒している。
「現状、上海ガニを輸入できる許可を得ているのは7業者で、輸入量は合わせて毎年180トンです。許可のない業者も、この7業者から仕入れることはできるが、生きたままの譲渡や販売、運搬は基本的にできません。また、許可のある7業者も、上海ガニの飼養は定められた方法を遵守し、個体が逃げ出したりしないように注意を払うことが求められています」
「店頭で生体を陳列販売することは、特定外来生物法に抵触する可能性が高いです。また、上海ガニと知った上で生体を自宅に持ち帰った購入者も、罰則を受ける可能性があります」(外来生物対策室担当者)
しかし、冒頭の中国系水産物販売店の男性店員は、上海ガニを購入した客に中国語でこう説明していた。
「日本の法律で、販売するときには一回冷凍しなければいけない。でも常温に戻ったらまた元気に動き出すから問題ない」
つまり、店も客も生体と分かった上で売買取引を行なっているのだ。
特定外来生物法違反には、3年以下の懲役もしくは 300 万円以下の罰金、 法人の場合には1 億円以下の罰金という厳罰が設けられている。それにもかかわらず、違法な販売事例は後を立たない。
2023年2月には警視庁が、違法にチュウゴクガニを販売していたとして、都内の食品販売会社の代表で中国籍の男ら4人を逮捕している。同社は21年9月から22年1月までの間に、約2万5千匹を約2千万円で仕入れ、インターネットなどで販売したとみられる。
また2022年11月にも、上海ガニを1匹1千~2千円ほどで違法に販売し、約1300万円を売り上げていたとして、都内の中華食材販売店の店長の男ら2人が、特定外来生物法違反(飼養等の禁止)の疑いで書類送検されている。
■密輸に適した生態
また過去には、上海ガニの違法養殖が国内で試みられた例もあったという。在日の中国系水産会社の経営者・L氏が明かす。
「ここ10年ほどの間にも、中国から日本に持ち込んだ上海ガニを室内の生簀で養殖しようとした中国系企業は複数あります。ただ、上海ガニは繁殖力と同時に縄張り意識も強く、狭い飼養環境では共食いや闘争が頻発するため、いずれの企業も事業化が頓挫したようです」
一方で謎なのが、上海ガニの国内への流入経路だ。検疫所のチェックをすり抜けながら、生物を活きたまま国内に密輸するのは難易度が高そうに思える。食用に耐えうる品質を保つ必要があることを考えれば、なおさらだ。しかしL氏によると、「上海ガニの生体密輸は比較的容易」だという。
「上海ガニは非常に生命力が強いので、0度以下だと仮死状態になるが、その後常温に戻すとまた元気に動き出す。この仮死状態で1週間くらいは保つことができる。そういう特性を利用して、同じように仮死状態で輸入されるハマグリやツブ貝などの正規貨物に紛れ込ませて密輸されていることが多い」(L氏)
このままでは、上海ガニが日本に定着して、固有の生態系を壊してしまう日も近いかもしれない。