池田大作氏(1928~2023)。1960年に第3代の創価学会会長に就任してから、60余年の長きにわたり創価学会のトップに君臨し続けた(写真:時事) 池田大作氏(1928~2023)。1960年に第3代の創価学会会長に就任してから、60余年の長きにわたり創価学会のトップに君臨し続けた(写真:時事)
ウクライナ戦争勃発から世界の構図は激変し、真新しい『シン世界地図』が日々、作り変えられている。この連載ではその世界地図を、作家で元外務省主任分析官、同志社大学客員教授の佐藤優氏が、オシント(OSINT Open Source INTelligence:オープンソースインテリジェンス、公開されている情報)を駆使して探索していく!

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――11月15日、95才で創価学会の池田大作会長が逝去されました。佐藤さんは創価学会とキリスト教は、世界宗教になった課程がよく似ていると指摘されています。キリスト教を世界宗教に発展させたのは、イエス・キリストではなく、生前イエスと面識がなかったパウロです。池田大作はパウロだということでしょうか?

佐藤 世界宗教化させたということは非常に似ています。ただ、池田大作氏がパウロよりも重要なのは、正典化、つまり「キャノニゼーション」をしたことです。正典とは、宗教団体が信仰と行動の規範にする基本文書を指します。

世界宗教になるには正典が必要なんです。その文章は綴(と)じていないといけません。正典には後から新しい文章が加わってはならないということです。

それから、通常の人が努力して全部読み切れる量でないといけません。だから、5000点ある仏典とかではダメなのです。

その点で創価学会の場合は、小説『人間革命』(全12巻)、小説『新人間革命』(全30巻・31冊)で計42巻43冊。そのくらいは小説だから読めます。それから、旧約聖書に該当する日蓮の遺文集の御書。これは分厚い一冊ですが、四六版のソフトカバー版があって、4冊なので全て読めます。

読めることがどうして重要かというと、どこからでも引用できるランダムアクセスが可能になるからです。そしてそのくらいの長さだと過去の出来事のみならず、世の中で今、起きていることと必ず類比的な構成の話があります。つまり、正典の中から今、起きていることの指針を選び出すことができるのです。

だから、世界宗教になるには「全て読めるテキスト」、正典化が非常に重要なわけです。正典にこれから起きることが書かれているという考え方を「予型論」と言います。キリスト教の場合、聖書の中には世の中で起きることは全て書かれている、という考え方です。

そして、正典の記述が曖昧だからこそ感想を生む余地がある、ということです。ただし、量が多すぎるとテキストを全員が全部、読むことは出来ません。すると、ランダムアクセスは不可能となり、一部の聖職者のような存在にしか通用しなくなります。

創価学会の日常活動で非常に重要なのは、『人間革命』、『新・人間革命』読了運動です。「これを皆で読んでいきましょう」と議論する活動で、解説者にあたる教師が「これはこういう意味だ」と説明してくれます。だから、その小説は読めますし、そこで物語を共有していくことができるわけです。

――信仰というシステムを支えるには、一般人が読み切れる適量のテキストが必要だと。

佐藤 そうです。だから、聖典化したテキストによって支配を行う教団なので、創価学会では分裂が起きないわけです。

ある宗教団体には"教祖様"がいて、一時期ものすごい超能力を持っていました。しかし、そのトップが死んでしまうと、超能力を持っている存在がいなくなるわけです。すると、分裂だなんだと力を喪失していくのです。

しかし、池田大作氏は超能力者ではありません。池田氏は仏教の理論を体得し、実践している先生という存在です。だから、仏教を体得すれば皆、仏になれるという理屈です。池田大作氏は仏であるのですが、皆が仏になれるわけで、そこに超能力はありません。

――ひとりしかいない超能力者ではなく、努力したら全員がなれる。

佐藤 そうです。信心して、その内容を実行すれば、皆が仏に到達できるというドクトリン(基礎原則)があります。カリスマ的な教祖がいなくなっても、テキストによって救済が担保されています。

池田大作氏がいなくても組織自体はまわるようになっているし、聖教新聞を使った文字での指導も十数年続いているから、創価学会のメンバーはテキストによる指導に慣れています。だから、本格的な分裂とか、組織がバラバラになるということはありません。その辺りのことを分かってない宗教学者やジャーナリストが、いい加減な話をしていますよね。

基本的に現世での理、現世で目の前にある問題を解決できないような宗教が、あの世のことについて説いても説得力がありません。生き残る宗教は全て、現世に利益があるわけです。

例えば、神社が生き残るのには理由があります。神社の絵馬などには「夫と不倫している○○が苦しみますように」とか、自分が嫌っている人間が不幸になるような呪いがかけられています。あるいは、受験前に合格祈願をして合格すると、結果的に「神社にお参りに行って良かった」と感じます。こういう現世の利益が期待されるから神社は残っているのです。

一方で、「現世に利益は何もないけど献金だけして下さい」、「この世でのリターンはゼロ。しかしあの世では......」という教団がありますよね。この世で決して幸せになっていないから、献金で破綻します。こうした組織は、強力な思想的な操作が出来る教団。若い教団でエネルギーがまだ余っているからできることで、ある程度成熟したら無理が出てきます。

だから、宗教団体で現世利益がなくて、来世の事なんて保障できるはずがないと、私は思っています。

――とても理論の筋が通っていますよね。

佐藤 池田大作氏の著書は面白いです。「臨終」、すなわち死ぬということは、山の頂上から下を見下ろして、「どういう人生だったかな? どれくらい悪い事をして良い事をしたかな?」と俯瞰(ふかん)して見ることだというのです。

それで、死んだ後は宇宙生命に帰るのです。死ぬと受動的になってしまうから、その生命は自分で自分を変えられません。つまり今、自分が不幸なのは前世に何かの因果があるということです。親の因果が子に報いるというのは見世物の口上であって、仏教とは関係ありません。親の因果ではなく、自分の因果が自分を報いているんです。

例えば、前世がトカゲだったとして、その時にやった殺生が今の現世にはね返ってきている。今、自分が貧乏だったり、受験が上手くいかないのは、トカゲという過去世の影響。トカゲの時にああした方がよかったと思ってもダメなわけです。するとこれは「あきらめの宗教」になります。

ところが、創価学会の教えである日蓮仏法では、今を変えれば未来が変わるわけです。金儲けもできるし、望んだ学校にも入れるし、望む職業にも就ける。だから、強く信心すると人生が変わって来るのです。

――なるほど。佐藤さんは、池田大作氏に生前、会ったことがあるのですか?

佐藤 一度も会っていません。創価学会の信仰に関していえば、池田氏に会って理解できるという理解は大きな間違いです。キリスト教の歴史を見ると分かります。イエスの直弟子は皆、使徒と呼ばれていますが、彼らの作った教団は全滅しました。生前のイエスに一度も会ったことのないパウロ系統の教団しか生き残っていません。だから、この例でもわかるように、教祖に会えば理解が深まる事などないのです。

私は創価学会に興味を持ち、『池田大作研究』(朝日新聞出版)という本を書きましたが、学会幹部に会ったりインタビューなどはしないで、すべてテキストだけで勝負しました。なぜなら、文字を残す教団として世界宗教化しているわけですから、その宗教が何を考えているかは文字だけ読んだ方がよくわかります。取材などしてしまうと、目が曇ってしまいますからね。

――なるほど。もうひとつ疑問なのですが、「宗教の与党化」とはどういうことですか?

佐藤 例えば、ウクライナ戦争で日本だけが唯一、殺傷能力のある装備品を提供してないのは、与党が公明党との連立政権だからです。要するに、自民党は公明党を説得し切れないからあきらめているわけです。

宗教的な理念を現実に活かすために、権力を握らないとなりません。病で困っているとか、家庭内不和の原因はほとんど金銭です。だから、こういう人たちを支援する制度を権力を握っていれば作れます。そうすると医療費が無くなるから、薬代を稼ぐために無理な仕事をしたりせず、子供の大学進学をあきらめさせなくて済みます。

例えば、ある女性がホストクラブに売掛して、愛が手に入ると思ったらあっという間に2000万円の借金をして、ソープで働いても追いつかず、歌舞伎町で立ちんぼしても追いつきそうにない状況になった時、歌舞伎町で公益財団法人「日本駆け込み寺」を運営している「玄さん」(玄秀盛氏)の所に駆け込みます。ただ、さすがに玄さんも個人の力では解決できなくなり、政府を替えたり条例を作る必要に迫られます。

しかし、与党化しないとそういうことの手伝いができないのです。だから、長く続いている宗教は全て権力と手を握るわけです。野党でいるとカッコいい事は言えますけど、現実問題を解決できないですからね。

次回へ続く。次回の配信は12月22日を予定しています。

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佐藤優

佐藤優さとう・まさる

作家、元外務省主任分析官。1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞

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小峯隆生

小峯隆生こみね・たかお

1959年神戸市生まれ。2001年9月から『週刊プレイボーイ』の軍事班記者として活動。軍事技術、軍事史に精通し、各国特殊部隊の徹底的な研究をしている。日本映画監督協会会員。日本推理作家協会会員。元同志社大学嘱託講師、筑波大学非常勤講師。著書は『新軍事学入門』(飛鳥新社)、『蘇る翼 F-2B─津波被災からの復活』『永遠の翼F-4ファントム』『鷲の翼F-15戦闘機』『青の翼 ブルーインパルス』『赤い翼アグレッサー部隊(近刊)』『軍事のプロが見た ウクライナ戦争』(並木書房)ほか多数。

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