安藤海南男あんどう・かなお
ジャーナリスト。大手新聞社に入社後、地方支局での勤務を経て、在京社会部記者として活躍。退社後は警察組織の裏側を精力的に取材している。沖縄復帰前後の「コザ」の売春地帯で生きた5人の女性の生き様を描いた電子書籍「パラダイス」(ミリオン出版/大洋図書)も発売中
衝撃的な発言だった。
11月29日、鹿児島県屋久島沖に米空軍CV22オスプレイが墜落した事故から一夜明けた30日、米国防総省のシン副報道官が定例会見で発したのが冒頭の一言である。
米国防総省は「米海軍、米空軍、米陸軍、米海兵隊」のいわゆる「四軍」に加え、2019年に発足した「米宇宙軍」を加えた5軍種を束ねる行政機関。米軍を統括する同省でスポークスマンの立場にあるシン女史が、世界中のメディアの前であっさりと〝否定〟してみせたのが、オスプレイ事故を受けて日本政府が米国に対して発した、オスプレイ飛行に関する「要請」だった。
「国防総省の会見内容を聞いた時はひっくり返りそうになった」とため息交じりに明かすのは、ある防衛省関係者だ。それもそのはず、日本政府はこの副報道官の発言前、再三にわたって米側に「要請」を行い、その模様はメディアでも大きく報じられていたからだ。
「事故翌日の30日、日本政府は米側にオスプレイの飛行に関して3回にわたって要請を伝えている。まず午前8時ごろに、防衛省の地方協力局長がラップ在日米軍司令官に『飛行にかかる安全が確認されてから飛行を行うよう』要請している。さらに午後2時には上川陽子外務大臣がエマニュエル駐日大使に、夕方にも木原稔防衛大臣がラップ司令官を防衛省に呼び出して同様の要請を行ったのです。
この間、メディアは日本政府の動きを報じ続けましたが、アメリカの国防総省内では情報が共有されていなかったわけです。アメリカは言うまでもなく日本の同盟国です。本来なら国防総省のカウンターパートであるはずの防衛省の事務方からの要請があれば十分のはずが、『三顧の礼』よろしく、外務・防衛のトップまでが『お願い』しなければならなかったということ。日本政府がいかに軽視されているのかが改めて浮き彫りになった形です」(防衛省関係者)
オスプレイ事故では搭乗していた8人全員の死亡を米軍が発表し、結果的に同機の配備以降では最悪の事故となってしまった。ところが、米軍はこれほどの重大事故が起きたにも関わらず、事故を起こしたのと同型のCV22オスプレイの飛行を停止したのにとどめ、別の部隊に所属するオスプレイは事故後も、そしてさらには、日本政府からの要請を受けた後にも機体を飛ばし続けたのである。
事故後もオスプレイの飛行が何度も確認されたのが、米海兵隊のオスプレイも配備されている普天間飛行場など在日米軍基地が集中する沖縄である。沖縄の地元紙「琉球新報」東京支社の斎藤学報道部長はこう指摘する。
「米軍のオスプレイは、空軍所属のものがCV、海軍がCMV、海兵隊がMVとそれぞれ呼称が違います。それぞれ任務が異なるため、装備品にも違いはあります。そのため米側は、『事故機と同型機ではない』として飛行を続けましたが、基本構造は同じ。事故原因もはっきりしない中で、リスクを抱えた機体を運用し続けていたことに変わりはありません」(斎藤報道部長)
米軍がすべてのオスプレイの運用停止を発表したのは、事故から1週間あまりが経過した12月7日。その間にも日本国内でのオスプレイ飛行を続行し、同5日には、「安全宣言」まで出していた。しかも、急転直下での運用停止を発表した際には「機材の不具合が事故原因となった可能性がある」とも明かしている。
オスプレイは昨年6月にも、米カリフォルニア州で墜落事故を起こしており、その原因を調べた報告書では「ハード・クラッチ・エンゲージメント」と呼ばれるオスプレイ特有のクラッチの不具合があったことが判明している。
もとより安全性についての懸念がつきまとう機体を事故後も飛ばし続けた米軍の傲慢さには閉口するが、そんな米国の横暴を止められないばかりか、「お願い」さえもスルーされてしまう日本政府の立場の弱さには哀しみさえ覚える。
そもそも今回の事故対応では、日本政府の弱腰ぶりが際立っていた。
実は日本政府は今回の事故で、一度も「飛行停止」という言葉を使っていない。終始一貫、「安全を確認してからの飛行」を求めたのみで、かたくなに「飛行停止」の文言を使うことを避けているのだ
日本政府のスポークスマンである松野博一官房長官は、土日を除いて毎日午前と午後に開く会見でメディアから「飛行停止」という文言を使わない理由を再三問われたが、「米側に対し、国内に配備されたオスプレイについて飛行に係る安全が確認されてから飛行を行うよう正式に要請している」と定型句のように繰り返すばかりだ。
防衛省トップの木原稔外務大臣、外交トップの上川陽子外務大臣も、国会での質疑で野党側から「なぜ飛行停止を求めないのか」と追及されるも、明確な理由を明らかにしていない。
木原氏に至っては、事故翌日の11月30日に開かれた参議院外交防衛委員会で、「飛行停止の定義があいまいなので、そういう意味では使っていない」と、米側への要請に「飛行停止」の含意がないことを認めている。
「オスプレイは、2016年12月にも沖縄県名護市の沿岸部で事故を起こしています。この時は当時、外務大臣だった岸田文雄首相が米側に飛行停止を要請しているだけに、今回の対応の変わりようが奇異に感じられます。
さらに今回の事故では、発生当日の段階では、事故の状況を防衛副大臣が『不時着水』と述べて、事故の矮小化を図るかのような動きもみせました。この時は、事故の初期対応に当たった海上保安庁が『墜落』と発表していたものを、防衛省の見解にあわせて一時的に『不時着水』に改めさせたりもしている。機体が炎上した事故の様子が明らかになったことで、さすがに無理があると思ったのか、翌日には『墜落』と軌道修正していましたが、不自然な文言修正は米国との微妙な関係をより際立たせる結果となった。
米国のいいなりなのは以前からですが、今回は異常ともいえるほどの気の使いぶりです」(前出の斎藤報道部長)
日本政府が米国との同盟関係を強調する際に、政府関係者が多用するのが「緊密に連携している」との文言だ。その「連携」が幻想でないことを祈るばかりだ。
ジャーナリスト。大手新聞社に入社後、地方支局での勤務を経て、在京社会部記者として活躍。退社後は警察組織の裏側を精力的に取材している。沖縄復帰前後の「コザ」の売春地帯で生きた5人の女性の生き様を描いた電子書籍「パラダイス」(ミリオン出版/大洋図書)も発売中