11月13日、トコジラミの蔓延が問題となる中、韓国・仁川(インチョン)では地下鉄車両の高温蒸気による防除作業が行なわれた 11月13日、トコジラミの蔓延が問題となる中、韓国・仁川(インチョン)では地下鉄車両の高温蒸気による防除作業が行なわれた

韓国やフランスで蔓延中の「トコジラミ」。その被害が日本でもじわりと広がりを見せている。生活がぶっ壊れるほどの激烈なかゆみをもたらすこの害虫の中には、駆除剤が効かない進化版も多数いるようだ。

ではコイツはどれだけ怖いのか。専門家や実際に被害に遭った人にも聞いてみたら、想像以上にヤバい話が飛び出てきた!

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■「ビンデミック」が日本でも?

人間の血を吸い、猛烈なかゆみをもたらす「トコジラミ」がフランスや韓国など世界各地で大量発生している。

韓国紙の東京特派員が、トコジラミが流行する韓国国内の現状をこう伝える。

「10月以降、一般家庭やホテル、学生寮、映画館、地下鉄車内などあらゆる場所でトコジラミが目撃されたことが連日報じられています。

刺されたら火が出るようなかゆみに襲われるだけに、若者の間では『ビンデミック』()という言葉が広まり、一種の恐慌状態に陥っている」(トコジラミの韓国語の呼称「ビンデ」と、英語の「パンデミック」をかけ合わせた造語)

トコジラミの成虫。大きさは5~8㎜ぐらいが平均的(写真提供/豊島区池袋保健所) トコジラミの成虫。大きさは5~8㎜ぐらいが平均的(写真提供/豊島区池袋保健所)

日本も対岸の火事ではない。東京都のトコジラミ関連の相談件数は2000年代に入って右肩上がりで、05年(26件)から19年(458件)の15年間では約18倍に増加。

コロナ禍の21年には281件に減少したが、「22年(405件)は再び上昇に転じ、今年は過去20年で最多だった19年を上回る勢いで相談が増えている」と、都内の保健所に勤める衛生害虫の研究員は話す。

研究員が続ける。

「トコジラミはカメムシの仲間で、体色は茶褐色、非常に平らな体つきをしているのが特徴です。卵は約1週間で孵化(ふか)して幼虫になり、その後、約40日をかけ5回の脱皮を繰り返しながら体を成長させ、最終形態では体長5~8㎜ほどの成虫になります」

同じ吸血昆虫である蚊とは、次の点が異なる。

「蚊は花の蜜や果実の汁も摂取しますが、トコジラミは血液のみを栄養源とし、幼虫も成虫も生存のために吸血します。その対象は主に人間です。

また、昼行性の蚊は屋外で活動しますが、トコジラミは夜行性で、屋内に生息。昼間は暗所に潜み、夜間に室内が暗くなると各所から這い出し、就寝中の人間の呼気や体温を察知して近づきます。

その後、衣服から露出した皮膚に太い口吻(口器)を挿入して吸血。吸血時間は数分~10分、長い場合で20分以上に及ぶケースもあり、1回で大量に吸血する点も特徴です」

■トコジラミの本当の怖さとは

では、トコジラミがもたらす〝猛烈なかゆみ〟とは?

宿泊施設などを対象にトコジラミの調査や駆除を行なう、寝室環境衛生管理協会代表の塩田忠則氏の証言を聞こう。

塩田氏は、トコジラミが発生したホテルや旅館の客室にひと晩泊まって生息数などを調査しているが、過去にたった一度、「防除に失敗して刺された」という。

「その日は防護服を着用し、トコジラミの存在に意識を向けながらベッドで横になっていたのですが、防護服のわずかな隙間から侵入を許してしまいました。

トコジラミ被害の最たるものはかゆみですが、その程度については蚊の10~20倍とよくいわれています。倍数ではイメージしづらいですが、実際に体験してみると確かにそのとおりだと思うほどつらかったですね。

また、蚊のかゆみは1、2日で治まりますが、トコジラミに刺されるとその猛烈なかゆさが1週間、長い場合で2週間ほど持続するのもつらいです」

トコジラミに何度も吸血された人の脚(写真提供/豊島区池袋保健所) トコジラミに何度も吸血された人の脚(写真提供/豊島区池袋保健所)

続いて、2年前にトコジラミ被害に遭った、大阪市在住の藤本百恵さん(40代・仮名)がこう打ち明ける。

「わが家は家族4人でマンション暮らしですが、まずは10月頃に主人が、その数日後に息子、娘、私と立て続けに首や手足を刺されました。最初はダニかと思い、バルサン(害虫駆除用の燻煙剤)をたきましたが効き目はなく、布団を全部買い替え、衣類もクリーニングに出しましたが、かゆみは治まりませんでした。

ある日の夜、布団で横になっていると肌の上を何かが這ったような気がして、明かりをつけました。すると、布団の上に数匹の小さな虫が這い回り、チャバネゴキブリを思わせる素早さで畳の隙間に逃げ込んでいくのが見えたんです。ネットで調べると、その虫はトコジラミの姿形とそっくりでした」

藤本さん一家を襲ったのは「過去に味わったことのない激烈なかゆみ」だけではない。

「特に苦しかったのは夜に眠れなかったことです。布団に横になっても手、足、首のかゆみで寝入ることができず、かゆみ止めを使っても『あの虫が這い回っている』『また刺されるかも』と不安でどんどん目がさえてくる。仕事で体がどんなに疲れていてもかゆみと恐怖心からしばらく不眠に悩まされました」

藤本さんからの依頼を受け、トコジラミの駆除を実施したのが専門業者の「トーメー」(兵庫・尼崎市)だ。同社の當銘武夫専務がこう話す。

「藤本さんは最初に相談の電話をかけてこられたとき、『普通の生活に戻りたいんです!』と泣きながら訴えておられました。トコジラミ被害は、体力的にも精神的にも限界まで追い詰められることが珍しくありません。

その理由は、かゆみの原因がトコジラミであることに気づきづらい点、市販の駆除剤を使い自分で退治しようと頑張ってしまう点などが挙げられます。

以前、ある30代女性の被害者宅を訪れた際、その方が突然、『もうかゆみを我慢できないんです。刺された箇所を見てください!』と着衣をどんどんぎ取り、最後にはスカートまで脱いでしまった。

あまりのかゆさに精神が正常ではなくなる――そこにトコジラミ被害の〝本当の怖さ〟があるように感じています」

■あらゆる所に潜伏

前出の衛生害虫の研究員がこう話す。

「トコジラミは1970年代、ピレスロイドという成分を含む殺虫剤が普及したことで駆除が進み、いったんは国内からほぼ姿を消しましたが、05年頃からトコジラミ被害が再び出るようになり、その後は増加の一途。おそらく、トコジラミが流行していた欧米各地からの訪日者によって持ち込まれたものとみられます」

そして、日本に再来したトコジラミは、極めて厄介な特性を身につけていた。

「殺虫成分のピレスロイド剤に対する抵抗性が、旧来のトコジラミに比べて1000倍以上に向上していたんです。

その背景には、海外でも広く使われていたピレスロイド剤に対し、遺伝子変異によって抵抗性を獲得した新種のトコジラミ、通称『スーパートコジラミ』が出現、これが諸外国で蔓延(まんえん)して日本に流入したものとみられます」

現在、国内のホームセンターや薬局で販売されるほとんどのエアゾール剤や燻煙剤はピレスロイド系であるため、いま問題になっているトコジラミには、「一般家庭用の殺虫剤が効かない」(前出・研究員)。

専門業者に依頼しなければ駆除できないのが現状だが、その費用は施工費や家具などの廃棄費用を含め、「45万円かかった」(藤本さん)という。その高額さが駆除を遅らせ、トコジラミ被害を拡大させる要因のひとつになっている。

トコジラミの駆除業者による作業の様子。トコジラミが生息しそうな場所や、動線となるポイントに、プロ仕様の駆除剤をハケを使って丹念に塗り込んでいく(写真提供/有限会社トーメー) トコジラミの駆除業者による作業の様子。トコジラミが生息しそうな場所や、動線となるポイントに、プロ仕様の駆除剤をハケを使って丹念に塗り込んでいく(写真提供/有限会社トーメー)

では、トコジラミはどこから、どういう経路で街中に広がっていくのだろうか。

「訪日外国人による持ち込みが国内での主な発生源で、外国人が数多く訪れる観光地のホテルや旅館での被害が多く見られます。

ほかにも学生(社員)寮、病院、介護施設、サウナ、スーパー銭湯、ネットカフェ、映画館などでの被害が確認されており、公共図書館の貸出返却本からもトコジラミが見つかった例が複数あります」(前出・研究員)

だが、こうした施設で被害が出ても、明るみに出ることは極めて少ない。なぜか。

「特に商業施設では、トコジラミ被害が発覚すれば信用低下と風評被害で多額の損失を受ける。それを恐れて、業者とひそかに連絡を取り、コッソリと駆除を行なうのです」

こうした被害発生施設から、トコジラミは近くにいる利用者の衣類や手持ち鞄(かばん)などに付着し、外部へと持ち運ばれる。気づかずに帰宅すると、その人物の家が〝新たなすみか〟となる。

また、フリマアプリで購入した中古品の梱包用段ボール箱の隙間にトコジラミが潜んでいた事例もある。「新築の億ションだろうが古びた安アパートだろうが、室内の衛生状態とは無関係に、トコジラミが侵入するリスクはある」(保健所研究員)のだ。

そして、トコジラミが厄介なのは、自宅に生息していても気づきづらい点にある。特に幼虫は1.5~4.5㎜と視認が難しい。

前出の當銘氏がこう話す。

「トコジラミは0.1㎜の隙間があれば入り込むことができます。明るいうちは室内の隙間という隙間に身を隠し、夜間の就寝中に血を吸いにやって来る。そのため、かゆみの自覚症状が出るまで、トコジラミの存在に気づかないという方が大半です」

トコジラミの被害写真。鞄の裏側やカーテンの布の織り目、ベッドのマットレスの裏側、コンセント周りなど、この害虫はあらゆる所に潜む可能性がある(写真提供/有限会社トーメー) トコジラミの被害写真。鞄の裏側やカーテンの布の織り目、ベッドのマットレスの裏側、コンセント周りなど、この害虫はあらゆる所に潜む可能性がある(写真提供/有限会社トーメー)

発見が遅れれば遅れるほど、トコジラミの大量発生につながるリスクが高まる。

「トコジラミの雌は、1日当たり5、6卵をほぼ毎日産み続け、一生の間の産卵数は500個程度に上ります。卵は約40日で成虫となり、雌は交尾してまた毎日産卵......という繰り返しで、数ヵ月放置すると室内には万単位のトコジラミが生息することになる。

そして割合は不明ですが、トコジラミに刺されてもかゆみが出ない〝無症状の人〟が一部に存在します。それは体質によるものと考えられますが、無症状者は衣服や鞄に数百という個体を付着させたまま外出し、行く先々でボロボロと落下させます。

私が調査を担当したある医療機関では、このパターンでトコジラミ被害が医療従事者やほかの患者に広がっていきました」(前出・保健所研究員)

トコジラミを拡散させる〝スーパースプレッダー〟の存在は「傍目には判断できず、行動抑制は不可能」(保健所研究員)という。

■有効な駆除アイテムは

トコジラミ被害から身を守るすべはあるのだろうか? 當銘氏がこう話す。

「トコジラミの自宅への侵入を完全に防ぐのはほぼ不可能です。ただ、侵入したトコジラミを早期に発見し、増殖前に駆除することは不可能ではありません。

早期発見の目印となるのが黒い斑点模様の糞(ふん)です。マットレスやヘッドボードなどの寝具の周辺、ソファや畳の隙間、額縁や置物の裏、本の中などに黒い斑点が見つかれば、トコジラミが潜伏しているサインとなります。

また、個体をおびき寄せて捕獲・駆除するためのトコジラミトラップが一般家庭用にも販売されているので、これをベッド周りなどの動線となる場所に仕掛けておけば、早期発見につながります」

では、自宅にトコジラミがいるとわかったら、どうすればいいか? 前出の保健所の研究員がこう語る。

「まず、殺虫効果の少ない市販の駆除剤を使うのはNG。例えば、ピレスロイド系の燻煙剤をたいた場合、トコジラミは煙を嫌がって隣室に逃げ込むので、被害が拡大します」

トーメーが販売している「トコジラミホイホイ」 トーメーが販売している「トコジラミホイホイ」

本文中に登場する衛生害虫の研究員が、トコジラミ退治に有効と話すアース製薬の「ゼロノナイトG」 本文中に登場する衛生害虫の研究員が、トコジラミ退治に有効と話すアース製薬の「ゼロノナイトG」

その上で、この研究員が「私は立場上、特定の商品を推奨するわけにはいかないのですが」と言いつつ、「これが効きます」と耳打ちしてくれたのが今年2月に発売されたアース製薬の燻煙剤「ゼロノナイトG ゴキブリ・トコジラミ用」(6~8畳用、4000円程度)。

保健所内で複数回の商品テストを実施した結果、ピレスロイド剤が効かないトコジラミに対する有効性が、「類似品より抜きんでていた」という。

ただし、この研究員は浮かない表情でこうつけ加えた。

「ハッキリとしたデータはまだないのですが、どうもトコジラミはほかの害虫よりも抵抗性を獲得しやすい傾向がみられます。

数年前、米国でトコジラミの動線に珪藻土(けいそうど)の粉末を撒(ま)く駆除法が試されました。この手法は珪藻土のギザギザとした粗い粒子によって、その上を這い回るトコジラミの外骨格に損傷を与え、死滅させることを狙ったもの。物理的に傷をつけるわけだから、抵抗性は持ちえないだろうとの想定がありました。

ところが、この駆除法を実践すると、狙いどおりに一定の効果を示すも、生き残ったトコジラミから、外骨格を硬化させた新しいタイプの個体が誕生したんです。その抵抗性の強さたるや想像を絶するものがあります。

つまり、現段階で有効性のある新しい駆除剤が開発されても、それを使い続けるとトコジラミはまた変異を遂げ、薬剤の効果がなくなるのではないか、と」

最後にトコジラミの活動が活発になる環境について。當銘氏によるとその環境は「気温25~30℃」。なので、被害は夏場に多く出る。一方、気温が10℃以下に下がる冬場は動きが鈍くなり、「夏場はほぼ毎日、という吸血の頻度が月1、2回に激減する」(保健所研究員)という。

だが、當銘氏は暖房が効いた部屋ではトコジラミにとっても最適な環境となるため、「『冬だから被害はない』と高をくくるのは誤りです」とつけ加えた。