佐藤優さとう・まさる
作家、元外務省主任分析官。1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞
ウクライナ戦争勃発から世界の構図は激変し、真新しい『シン世界地図』が日々、作り変えられている。この連載ではその世界地図を、作家で元外務省主任分析官、同志社大学客員教授の佐藤優氏が、オシント(OSINT Open Source INTelligence:オープンソースインテリジェンス、公開されている情報)を駆使して探索していく!
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――気になる報道があります。科学誌『ネイチャー』のウェブ記事で「日本の研究はもはや世界トップクラスではない」ことが指摘されました。日本の大学研究のレベルが低下しているということです。
佐藤 原因は現象面ではなくて、「なぜ大学に良い人材が集まらないか?」という本質面ですよね。そういったことをやはり全体的に見直さないといけません。
――何から始めれば良いのですか?
佐藤 今から44年前に刊行された、社会学者エズラ・ヴォーゲルの『ジャパン・アズ・ナンバーワン』を読むといいです。
――当時、日本人が熱狂して読んだ本であります。
佐藤 そうです。「日本は素晴らしい国で世界の幹になっていく」とありますが、ひとつだけ日本を推奨できないところとして「大学」を挙げています。さらに大学について「本当にひどく、このままなら日本の衰退の原因になる」と言及しています。
――それが的中した。
佐藤 とにかく、日本の大学のことだけはボロクソに書いてあって、構造的に難しい問題を孕(はら)んでいると述べています。これが予言通りになったわけですね。
――構造的な問題とはなんですか?
佐藤 まず第一は大学受験の弊害で、高校レベルの基礎学力が弱くなっていることです。特に英語力と数学力です。
まず英語の学習環境は良くなってはいますが、英語力は落ちているのが現状です。理由は簡単で、会話中心のカリキュラムになっていて、英語が読めなくなっているからです。
そもそも外国語能力とは、読みが天井を作ります。正確に読むためには文法が必要です。日本語もそうですが、読んで分からない事は聞いても分かりません。ましてや、話せないし、書けないのです。読みが天井で、その天井が低くなっているから、英語力が低下しているというわけです。
それから、数学の低下している理由は簡単で、難関私立が三科目入試にしているためです。
――数学がない!!
佐藤 そうです。まず中高一貫校で東大を狙わせるわけですが、中1~中2で明らかに数学の成績が劣位な子は、英国社の三科目を集中的に勉強させます。そして早慶を狙わせます。数学と理科は何も勉強しなくても単位をくれるので、安心してその三科目の勉強ができます。
そして、中2から早慶の受験を目指した形で特化した勉強をすると、早慶にはかなりの生徒が受かる。万が一、早慶に受からなくてもマーチ(明治、青山学院、立教、中央、法政)には受かります。
――英語はなんでダメなんですか?
佐藤 私が大学生だった40年前と比較すると、会話力は少しついていると思います。しかし、非常に低いレベルの会話しかできないのが現実です。
――それはなぜですか?
佐藤 英作文と英語のプレゼンにおいて、ネイティブチェックを受けていないからだと思います。英語で話すときの論理やレトリックがよくわかっていません。
――はい。それをやらないと外国人には、まったく通じません。
佐藤 ネイティブチェックを受けないで英作文をいくらやっても、力は付きません。それは、英語を母語にする人々の論理が分からないからです。
だから今、英作文の勉強に一番いいのは、ChatGPTです。あれに作文させて、覚えた方が生の英語に近いです。
――それは、英語の学習データの利用が多いからですか?
佐藤 その通りです。ビックデータをベースにしていますからね。
――日本を衰退させた原因である「大学」は、これからどう変わったらよいのですか?
佐藤 変わらないでしょう。知を伝達する機関がすでに大学の外に移っています。そもそも、研究や教育で著しく劣位で、恒常的に定員割れが続くような大学は、淘汰されても仕方ないと思います。
――なんと!!
佐藤 大学教員を養うために存続している大学が山ほどあります。言い換えれば、それらは教育機関でなく、大学教員と事務員のための福祉事業になっています。
――徹底的に大学は淘汰されて、少なくすべきですか?
佐藤 研究と教育で成果を出せず、恒常的に定員割れを起こしているような大学に、国民の税金を投入する必要はありません。
――教育新聞によると、日本の2022年の大学進学率は56.6%で、短大・専門学校を含めると83.8%です。1976年の大学進学率は27.3%でした。そのくらいにまで戻れば、大学に良い人材が集まりますか?
佐藤 高等教育を本当に必要とする人は20%もいないと思います。むしと専門学校(「大学」という名称でもよい)型の教育機関を強化すべきと思います。
次回へ続く。次回の配信は2024年1月12日(金)予定です。
作家、元外務省主任分析官。1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞
1959年神戸市生まれ。2001年9月から『週刊プレイボーイ』の軍事班記者として活動。軍事技術、軍事史に精通し、各国特殊部隊の徹底的な研究をしている。日本映画監督協会会員。日本推理作家協会会員。元同志社大学嘱託講師、筑波大学非常勤講師。著書は『新軍事学入門』(飛鳥新社)、『蘇る翼 F-2B─津波被災からの復活』『永遠の翼F-4ファントム』『鷲の翼F-15戦闘機』『青の翼 ブルーインパルス』『赤い翼アグレッサー部隊』『軍事のプロが見た ウクライナ戦争』(並木書房)ほか多数。