政治結社は、元ヤクザの社会復帰の足掛かりとなっている側面もあるようだ 政治結社は、元ヤクザの社会復帰の足掛かりとなっている側面もあるようだ
家族連れで賑わう休日のショッピングモールに響き渡る銃声――。

去る1月14日午後4時ごろ、事件は起こった。愛媛県東端に位置し、瀬戸内工業地帯の一角を占める四国中央市にある「スターバックスコーヒー イオンタウン川之江店」で、男性が男に拳銃で撃たれた。引き金を引いた男はその場から逃走、血を流して倒れていた男性は搬送先の病院で死亡が確認された。

警察の捜査で、逃げた男の素性はすぐに明らかになった。

「愛媛県警は、指定暴力団池田組幹部の前谷祐一郎容疑者(62)と特定。事件翌日の15日には、殺人容疑で全国指名手配しました。県警は、前谷容疑者と、被害者の49歳の男性との間に個人的なトラブルがあったことも把握している。男性は、同じ組織に所属していた過去があり、前谷容疑者が何らかの遺恨を抱えて犯行に及んだとみて捜査を進めているようです」(全国紙社会部記者)

暴力団関係者の間にも事件の情報は早くから出回っていたようだ。ある指定暴力団幹部はこう話す。

「岡山の池田組は、もともと神戸山口組の傘下団体だったが、2020年に神戸から離脱して一本どっこ(独立組織)になっていた。2015年に山口組の分裂騒動が起きた翌年にカシラ(若頭=組織のナンバー2)が抗争相手の六代目山口組側のヒットマンに射殺されており、20年にも本部事務所前で組幹部が襲われている。その時襲撃を受けたのが、今回、手配がかかっている前谷(容疑者)だって話だよ」(指定暴力団幹部)

現在も逃走中の前谷祐一郎容疑者 現在も逃走中の前谷祐一郎容疑者
池田組は2022年10月にも組長が分裂抗争が続く中、神戸山口組から六代目山口組に移籍した山健組の傘下団体幹部に襲われるという事件に見舞われ、その年の12月、警察庁に「特定抗争指定暴力団」に指定された経緯がある。

火種を多く抱えていただけに、六代目山口組内ではこんな通達も回ったという。

「殺されたのは、池田組と対立する六代目山口組の二次団体に所属していた人間だった。ただし、数年前には組を抜けて、自ら立ち上げた右翼団体の代表に収まっていた。そのため、『右翼に専念する』として組を離脱していたことが『ブロック通達』として回ってきていた。抗争事件ではない、と早々と発信した格好だ」(前出の暴力団幹部)

組織的な背景を探ろうとする警察の動きを制する意味合いもあったはずだが、気になるのは殺害された男性が所属していたとされる「団体」のほうである。

総務省のホームページを確認すると、確かに男性が結成したとされる団体の前年分の政治資金収支報告書が、2021年に「政治結社」として届け出られていた。

■裏社会で広がる政治結社設立

ここでいう「政治結社」が、関係者が指摘するいわゆる「右翼団体」に当たるとみられる。

「すべての右翼団体がそうだとは言えませんが、ヤクザが『政治結社』をつくる例は珍しくありません。特に最近はそうした事例が増えているようです」

暴力団事情に詳しい前出の社会部記者はこう指摘する。

実際、既存の政治結社のなかにも、指定暴力団の組長が代表を兼ねているケースも見受けられ、暴力団との関係が密接な、そうした組織は「エセ右翼」「任侠右翼」などと称され、警察当局の監視対象にもなっている。

事件後に暴力団関係者の間で出回った「移籍報告書」。被害者の渡世名が政治結社会長の肩書で掲載されている 事件後に暴力団関係者の間で出回った「移籍報告書」。被害者の渡世名が政治結社会長の肩書で掲載されている

さらに、そうした政治結社のなかには、街宣車を動員して企業や団体に抗議活動を行ったりする目立った「右翼」的な活動をしない政治結社もある。

「実は、日本最大の指定暴力団である山口組が結成に関わった政治結社もあります。1963年に田岡一雄・三代目組長が中心となってつくられた『麻薬追放国土浄化同盟』がそれです。文字通り、『麻薬追放』を掲げる団体ですが、当初から『山口組の東京進出の隠れ蓑として使った』との指摘も受けていました。

1992年には当時の自治省(現在の総務省)に政治結社として届け出ており、現在も『プラチナ』と呼ばれる執行部幹部が代表を務めています」(前出の社会部記者)

表だった活動はほとんど行われていなかった政治結社だが、にわかに注目を集めたのが暴力団排除条例が全国で一斉施行された直後の2013年。突如、団体の名前を冠したウェブサイトを開設し、阪神・淡路大震災でのボランティア活動を喧伝するなど、山口組の「社会的」な側面をアピールし始めたのだ。件のウェブサイトはその後、投稿のほとんどが削除されてしまったが、タイトルページだけはいまも残ったままだ。

このように、何かと関係が深い暴力団と「政治結社」の関係性だが、四国での銃撃事件で凶弾に倒れた男性は、わざわざ暴力団を離脱してまで団体をつくっているのだ。

■ヤクザより右翼やった方が食える

背景にはどんな事情があるのか。

「ヤクザをやっているよりも、右翼をやっているほうが食っていける。それが一番大きな動機ではないでしょうか」と指摘するのは、前出の社会部記者だ。

「暴力団と、『政治結社』いわゆる右翼の決定的な違いは、社会的な扱いの差です。暴力団は暴排以降、『反社』と呼ばれて銀行口座も作れなくなるなど、徹底的に表社会から排除されました。

一方、右翼の場合は、公安調査庁の監視対象とはなるものの、警察当局から暴力団ほどの苛烈な取り締まりは受けません。暴力団は正式な組員だった場合は、組織から離脱した後も、数年は警察のリストから外されません。いわゆる『Gマーク』が取れるのは、一般の組員なら5年、幹部なら10年はかかると言われている。

こんな現状では、堅気になろうと思っても、社会復帰は相当に困難なわけです。元ヤクザにとっての社会復帰の数少ない選択肢として『政治結社』というものがあるという側面は否めません」(同)

命(タマ)を取る者、取られる者。血なまぐさい事件から裏社会で起きている変動の波が仄見えてくる。

安藤海南男

安藤海南男あんどう・かなお

ジャーナリスト。大手新聞社に入社後、地方支局での勤務を経て、在京社会部記者として活躍。退社後は警察組織の裏側を精力的に取材している。沖縄復帰前後の「コザ」の売春地帯で生きた5人の女性の生き様を描いた電子書籍「パラダイス」(ミリオン出版/大洋図書)も発売中

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