小山田裕哉おやまだ・ゆうや
1984年生まれ、岩手県出身。日本大学芸術学部映画学科卒業後、映画業界、イベント業などを経て、フリーランスのライターとして執筆活動を始める。ビジネス・カルチャー・広告・書籍構成など、さまざまな媒体で執筆・編集活動を行っている。著書に「売らずに売る技術 高級ブランドに学ぶ安売りせずに売る秘密」(集英社)。季刊誌「tattva」(BOOTLEG)編集部員。
今や全国に100万人以上いるとされる「ひきこもり」の人々。報道などでセンセーショナルに取り上げられることも多い当事者たちの実態について、その生の声をラジオで届けている貴重な番組が、NHKラジオ第1の『みんなでひきこもりラジオ』だ。
2020年5月に特別番組として不定期の放送が始まり、現在は月イチのレギュラー放送のほか、収録の模様をテレビでそのまま放映する『テレビでひきこもりラジオ』も好評を博するなど、じわじわと取り組みの輪を広げている。
報道でもドキュメンタリーでもない、この「ひきこもりの、ひきこもりによる、ひきこもりのための番組」(番組紹介文より)について、番組プロデューサーの石井直人さん、MCを担当するNHKアナウンサーの栗原望さんにインタビューを行った全3回にわたる記事の3本目では、ひきこもりの人々の意外な実像や、栗原さんの放送時の必需品などを聞いた。
――これまで放送していて膨大な数のメッセージがひきこもり当事者の方々から寄せられたと思います。その中で印象的だったものは?
栗原 たくさんありますね。例えば、「30年ひきこもっています」という方がいて。それは電話でお話したんですよ。その方から10カ月後くらいにまた連絡をいただいて。すると、番組で電話したら気分が良くなって、散歩に行きました、と。とりあえずの目的地として、近所の公民館まで行ってみたら、子ども食堂をやっていて、近所の人たちと食事をするようになりました。それが楽しくて毎日通うようになったら、運営の方から声をかけられて、今ではそこで働くことになりましたって。これはすごく驚きました。
石井 だって、「平成の30年間ひきこもっていました」という方だったんですよ。その事実から衝撃的で。
栗原 僕も「平成ずっとですか!」と言いましたからね。声から悲壮感は感じられなかったんですけど、あまりにも重すぎる話で。
石井 それだけにほんとうれしかったですね。
栗原 これは過去にひきこもりの取材班 が聞いた話なんですが、「コンビニに行くまで1000の段階がある」と言っていた方がいて。「外に来ていく服がない」とか「誰かに会ったらどうしよう」とか、そういう細かい不安がコンビニに行くだけで1000はあって、それをクリアしないと行けないんだ、ということなんです。
でも、ラジオを聞いて、メッセージを送る、というだけで、おそらく、そのステップのうちの何段階かはさりげなくクリアしているんじゃないかと思うんですね。就職活動するときにカムアウトするべきか迷っているという電話をくれた人が、勇気を出して伝えたら採用してくれましたと報告してくれたり。そうやって行動のきっかけに僕らの番組がなっているのだとすれば、それはなんだかいいことじゃないかと思います。
石井 もちろん、私たちが「うれしい」と感じるのは、決して社会参加されたときだけではなくて。一人ひとりの当事者に「自分はこうなりたい」という思いがあって、どんなかたちでも、そこになんとかたどり着こうとされているのであれば、それがすごくうれしいんです。
小さなことですけど、犬のエサを買いに行くかどうかって話になって、番組中に、「みなさんに背中を押されて買いに行けました」というメッセージが届いたときも、すごくうれしかったんですよ。反対に「まったく変われなかったんです」という人がいても、リスナーのみんなが「そうだよね」と言ってくれるから、番組が安心してメッセージを送れる場になっているのだと思います。
――ありとあらゆるパターンのひきこもりの声を伝えているから、リスナーも「自分だけが特殊じゃないんだ」と思えるんでしょうね。
栗原 だって100万人以上ですからね。世帯で考えると、それこそ数十世帯に一人はひきこもりがいらっしゃるわけで、全然特殊なことじゃないんです。住宅街を歩いていて、あそこにもここにもいるんだろうなと思います。番組をやっていると、そのリアリティはすごく感じますよ。
――ちなみに、これまで番組で盛り上がったテーマはなんでしたか?
栗原 定番のものが大きく3つありまして。「メシ、風呂、美容室」ですね。
――美容室!
栗原 これはびっくりしました。美容室の話は盛り上がるんです。
――「メシ」については日々どうしているってことですよね。「美容室」はそもそも外に行くのがツラい。「風呂」が盛り上がる理由は?
栗原 とにかくお風呂がツラいって声が多いですね。そもそもご病気や障がいでひきこもることになった方もいるし、入る気力がないという方もいる。それでも入ったほうがいいことはわかっているから、「風呂をどうしているか」というテーマには山のようにメッセージが来ます。
石井 誰しもしんどいときには、何もしたくない、それこそ風呂にも入りたくないっていうことがあるじゃないですか。それがずっと続いているような状態ですよね。
栗原 あと、美容室はやっぱり行くのが怖い。
――かといってボサボサ頭のままでは、ますます外に出たくなくなるし。
栗原 だから、「セルフカットがいいですよ」とか「喋りかけない美容室ありますよ」といった情報が集まって。元ひきこもりの美容師さんが出張サービスをやっているなんてことも教えてもらいましたね。美容室は一時期シリーズにしていました。
――生活の基本的なことをテーマにすると盛り上がるんですね。
栗原 そうなんです。日々の暮らしの基本的なことが、とにかくツラいんだって。それが番組をやるまで僕らもちゃんとわかっていませんでした。
石井 あと私が衝撃だったのは、「投票に行けない」という声がかなりあることでした。
栗原 選挙ですよね。みんな実は行きたい、行かなきゃとは思っている。
石井 ひきこもりの人だって社会を変えたいと思っているんですよ。でも、投票のためには外に出ないといけない。どうしたらいいのって。
――それは従来のひきこもりのイメージとは違いますね。
石井 だから、番組に寄せられるメッセージからは本当にいろんなことがわかります。コロナ禍で給付金が配られたけど、家族が勝手に自分の分まで使い方を相談しているのを聞いて、自分には人としての基本的な権利すらないんだと思ってしまったとか。
栗原 ひきこもりの人たちの声からも今の世相が見えてくるんですよ。
――ひきこもっていても、社会の一員としてさまざまな変化の影響は受けている。
栗原 もろに影響はありますよね。最近では物価高が死活問題になっているとか。
――それこそ「庭掃除して100円をもらい、それでメロンパンを買って生活している」という人がいましたが、今や100円でメロンパンは買えないですよね。
栗原 そうなんです。値上がりがきついって声はすごくあります。
石井 いざ職業訓練に通ってみたけど、低賃金すぎて今の物価高では続けられないとか、切実なメッセージがいくつも届きます。
栗原 だから、ひきこもり当事者の声っていうのは、社会の課題を写し鏡のように表しているのでは、と感じるんです。
石井 番組では実験的に音声メディアのVoicyで、ひきこもり当事者の生の声を「留守電」というかたちで収録してお届けするコンテンツも行っています(「NHK #となりのこもりびと」)。あれにもすごい数の声が寄せられています。
――ひきこもり当事者の方々も、それだけ世の中に何かを言いたいという思いがあったということですよね。その気持ちが番組によって可視化された。
栗原 僕が最近思うのは、今の社会では「聞く」ということの価値が劣化してしまっているのではないかということです。ネット社会になって強い主張をする人は目立っているけど、「ただ話を聞いてもらえること」の大切さが埋もれてしまっているように感じます。だからこそ、そういう場を作ったら、これだけ多くのひきこもり当事者の人たちが声をあげてくれた。やっぱり、みんな自分の話を聞いてほしいと思っているんですよ。
もしかしたら、 励ましてほしいわけではないし、アドバイスがほしいわけでもない。とにかく話を聞いてほしい。そういう根源的な欲求は誰にでもある。特にひきこもり当事者の人たちは、「誰にも自分の話を聞いてもらえなかった」という体験の持ち主です。それなのに、社会からそういう場が失われてしまっている。そのためにさまざまな問題が起こっていて、ひきこもりの増加っていうのも、その一つではないか。そう僕は捉えています。
――栗原さんにとって、放送の必需品はありますか?
栗原 このタンブラーです。災害取材の現場にも持参しているので、ボロボロになっていますけど。
――番組では栗原さんがリスナーと一緒に「乾杯」するのも恒例になっていますよね。それはこのタンブラーで?
栗原 ですね。コーヒーを入れて、毎回やっています。
――それだけ愛着があるものなんですね。
栗原 いや、ずっと買い換えようとは思っていますよ。ただ面倒なだけで、特別な愛着があるわけじゃないんです。むしろ汚くて恥ずかしい(笑)。
――どうして放送中に「乾杯」するように?
栗原 最初は深い意味はなかったんです。放送中にリスナーの方と一緒に何かしたいと思っただけで。でも、リスナーの皆さんが喜んでくれるので、すっかり恒例になりました。僕も次第に、はなればなれの人たちが同じタイミングで同じことをしているって、すごいなと思うようになりました。だって10万人のリスナーがいるとして、その人たちが一斉に「乾杯」ってやっているんですよ。そんなこと普通はないじゃないですか。
――でも、それが生放送の醍醐味ですよね。
栗原 一人で聴いているリスナーも、自分は一人ぼっちじゃないと実感できるし、むちゃくちゃすごいことですよね。とはいえ、せめてもう少しちゃんとした容器でやりたいとは思っています(笑)。
――恒例といえば、番組の終わりに栗原さんが、「次回も生きて、また会いましょう」と言うのも定番になっています。
栗原 あれはやはり、ひきこもりの方々のリアリティを知れば知るほど、自分には何も言えることがないって気持ちが強くなって。でも、番組的には何か言わないと放送を終われないじゃないですか。それでいろいろ考えて、あの言葉になりました。
もともと台本にはなかった言葉なんですけど、正直に言えば僕が考えたわけじゃなくて、パクリなんです。星野源さんの『うちで踊ろう』という曲に影響されています。コロナ禍に発表された曲です。僕自身もすごく勇気づけられた歌詞で、そこからお借りしました。
コロナ禍は終わりましたが、ひきこもりの人たちはまだ「うち」にいるわけですよ。もし僕らから当事者の方々に向けてメッセージを送るとしたら、それくらいしか言えない。だから、この言葉を言い続けていますね。
■みんなでひきこもりラジオ
【放送】NHK・R1 毎月最終金曜 夜8時5分から
聴き逃し:放送後1週間「らじる★らじる」
https://www.nhk.or.jp/radio/
1984年生まれ、岩手県出身。日本大学芸術学部映画学科卒業後、映画業界、イベント業などを経て、フリーランスのライターとして執筆活動を始める。ビジネス・カルチャー・広告・書籍構成など、さまざまな媒体で執筆・編集活動を行っている。著書に「売らずに売る技術 高級ブランドに学ぶ安売りせずに売る秘密」(集英社)。季刊誌「tattva」(BOOTLEG)編集部員。