働き方が多様化する現代において「夢」とは何を意味するのだろう?
『夢と生きる バンドマンの社会学』は、成功を夢見るバンドマンたちを対象に、数年にわたるインタビュー調査を基に、夢の出発点から終着点までを描き出した一冊である。
バンドマンのように夢を追う生き方を選ぶということは"普通"のレールからは外れてしまうかもしれない。だからこそ、いつの時代も魅力的に映るものである。著者の野村 駿(はやお)氏に話を聞いた。
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――ご自身はバンド経験がないそうですが、なぜバンドを研究テーマに選んだのでしょうか?
野村 その質問、取材のたびにいただくんですよ(笑)。皆さん気になるみたいですね。
――サブカルチャーに関する研究というと、そのジャンルに精通した人がやるイメージがありました。
野村 僕が大学に入学したのが2011年で、その頃、古市憲寿(のりとし)さんの『絶望の国の幸福な若者たち』のヒットの影響もあって、「ゆとり世代批判」批判や「若者批判」批判の、いわゆる「若者論」がはやっていたんです。
そういった本を読むのが好きだったので、自分もそんな研究がしたいと考えるようになって、教育学部にいたこともあり、"夢を追う若者"がいいなと直感的に思ったんです。意外とこれまであまり研究されてこなかったテーマですし。
――最初に"夢追い"があったと。
野村 そこから、たまたま友達にバンドマンがいて、ライブハウスに連れていってもらったことがきっかけです。それが漫才だったらテーマはお笑い芸人だったかもしれません。なので、バンド経験どころか、音楽のことも詳しくなくて。
なんせビートルズの人数も知らなかったもので、バンドマンたちから「本当に知らないの?」と驚かれていました(笑)。
――別のインタビュー記事でも「オアシスを知らないなんて!」と、周囲から驚かれていたエピソードがありましたね(笑)。
野村 本当に知らないことばかりで、ライブハウスに行くたびに疑問に感じたことをメモして、バンドマンたちに訊(たず)ねていました。例えば、「どうしてメンバーがステージに登場するときに、ボーカルが最後に出てくるのか」とか、「どうしてこのライブハウスではドリンクがペットボトルなのに、こっちではカップなのか」とか(笑)。
僕が門外漢だったからこそ、同じようにステージに立ったことのない人間だったからこそ、研究参加者の皆さんもいろんなことを話してくれたのかもしれません。
本書ではバンドが解散する経緯など、かなり踏み込んだ話もしていますが、周りから「バンド経験者だったら絶対こんな質問できないよ」という感想をもらったこともあります。
――本書に出てくる「バンドを続けるためにはフリーターであるべき」といった、"ライブハウス共同体"の空気についての考察も興味深かったです。
野村 「皆そうだから」「先輩のバンドマンもそうだから」と、バンドマンはフリーターであるべきという考えが、ある種の神話のようになっていたんです。
反対に、就職活動をしている人や正社員でバンドマンをやっている人たちは疎外感を覚えていて、「働き方は違えど、僕たちもバンドマンなんだけどね......」という感じで。その言葉はフリーター側からは出てこない。"夢追い"と働き方の相関は本書のメインテーマのひとつです。
――世間では副業ブームだったり働き方改革だったりで、職業の多様な選択肢が開かれている一方で、バンドマンは職業の側面も持ちつつ、"夢追い"や生き方の問題でもあるから、ストイックさが求められてしまうのかもしれません。
野村 ストイックさもそうですが、急なライブへの誘いにも対応しやすいのもあります。あとは単純に「次の日仕事だから」と、ライブ後の打ち上げなどに参加できなくてつながりを持ちにくく、後々のライブイベントに誘われにくい......といった構造もあります。
――野村さんご自身は"夢追い"に対してどのような考えを持っていますか?
野村 僕は、ゆとり世代のちょうど真ん中くらいの1992年生まれなので、本書では「標準的ライフコース」といっている大企業の会社員や公務員を目指す人もいれば、ベンチャー企業に就職する人、自分で会社を立ち上げる人なんかも一定数いるような世代です。
いろんな働き方が当たり前になっていたので、フリーターになることにそこまで抵抗がない人もいて、バンドマンなどの"夢追い"側の人たちも自然と共存していた印象があります。
――例えば1980年代頃のバンドマンのインタビューなどを読むと「バンドをやっていく=親からの勘当も辞さない」というような空気が感じとれますし、おそらく90年代に入るくらいまでは職業として認められなかったように思います。
本書の調査に出てくるバンドマンたちの親は音楽経験者率が高いという話があったように、時代によって夢やバンドに対するイメージも変化してきているのですね。
野村 社会の変化もですし、音楽産業の歴史も関わってくると思います。それに、この本の調査はコロナ禍前なので、現在とはかなり状況が変わっているはずです。
ライブハウスのイベントにたくさん出て評判を上げて、そこから大きな会場やロックフェスに出るような成功例が主流でしたが、コロナ禍を経て、YouTubeや音楽配信サービスから成功した人気アーティストも少なくない。
今後はその変化も追いかけたいですね。今回できなかった調査も多くて。例えば、女性の話ができなかったことは、気にかかっています。
――男性に比べて、女性のバンド人口が少ないとはいえ、気になりますね。
野村 あとは海外ですね。特にアメリカが顕著なんですが、バンド活動で大成功しなくても、演奏して生活していける地盤があるんです。それがどうして日本ではできないんだろう、と。どうして〝夢追い〟の選択肢が少ないんだろうって。そういったことも今後は調査していきたいですね。
――また「ビートルズの人数を知らない」と驚かれてしまうのでは(笑)。
野村 確かに(笑)。こうしたバンドマンの〝夢追い〟は自分の研究者人生をかけた壮大なテーマになると思っています。
●野村 駿(のむら・はやお)
1992年生まれ、岐阜県出身。名古屋大学大学院教育発達科学研究科博士課程満期退学。博士(教育学)。現在、秋田大学教職課程・キャリア支援センター助教。専門は教育社会学、労働社会学。主要論文に「なぜ若者は夢を追い続けるのか――バンドマンの『将来の夢』をめぐる解釈実践とその論理」など。著書に『調査報告 学校の部活動と働き方改革――教師の意識と実態から考える』(共著、岩波ブックレット)など。本書が初の単著
■『夢と生きる バンドマンの社会学』
岩波書店 2860円(税込)
若者が夢を追い始め、追い続け、そして諦める――。少数派ながらいつの時代にも「学生を卒業したら就職する」という、普通とされる生き方を選ばない者たち。本書は、ライブハウスを中心にバンド活動で夢を実現しようとするバンドマンへの参与観察を重ねている。夢は諦めに終わるのか、形を変えて続くのか? 数年にわたる20代から30代のバンドマンへの貴重なインタビュー調査を基に、現代の"夢追い"のリアルな実態を描き出す