北陸の日本海側を襲った能登半島地震 北陸の日本海側を襲った能登半島地震

1月1日の夕方、北陸の日本海側を襲った能登半島地震。震度7の地震は家屋の倒壊や損壊をもたらし、われわれに地震の恐ろしさを改めて感じさせた。

しかし一方で、約13年前の東日本大震災では、地震動による損壊は比較的少なかったデータがある。また逆に、1995年の阪神・淡路大震災では、約25万棟の住宅が全半壊したという。この違いを引き起こしているのはなんなのか。重要なのは、規模よりも「揺れの周期」だった!

【キラーパルス】とは 
日本の建築物全体の9割以上を占める「低層の木造家屋」や「10階建て以下の非木造中低層建物」を全壊・倒壊させるといわれる、地震が発生した際に生じる周期1~2秒の揺れの中でも、特に震源や深部地盤構造といった基盤レベルから出ているもの。1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災では、キラーパルスによって大きな被害を受けたことから、メディアを中心に広く使われるようになった。

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■震度の大きさ≠被害の大きさ

石川県を中心に200人を超える死者・安否不明者を出し、元日の本震発生から4週間以上たった今も、多くの人々が厳しい避難生活を強いられている能登半島地震。

今回の地震で、特に衝撃的だったのが、震源に近い地域で多くの方が倒壊した家屋の下敷きとなり命を失ったことで、改めて地震の恐ろしさを思い知らされた。

「実際に現地を調査し、大変な被害であることを実感しました」

そう語るのは、地震の1週間後に被災地に入り、現地で建物被害の実態調査にあたった京都大学防災研究所の境有紀教授だ。

「特に被害の大きかった穴水町、輪島市と珠洲市では、古い木造建築を中心に数多くの家屋が倒壊しており、輪島市の2ヵ所では木造家屋全体の実に30%、穴水町でも20%以上の木造家屋が倒壊。

これは、地震の揺れによる建物被害としては29年前の阪神・淡路大震災を引き起こした兵庫県南部地震や、2016年の熊本地震で被害が大きかった地域に近いレベルだといえます」

地震の規模を示すマグニチュードは7.6。最も揺れの大きかった石川県の志賀町では、2011年3月11日に発生した東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)に匹敵する「最大震度7」を記録した今回の地震。

では、その規模をはるかに上回り、日本観測史上最大となっているマグニチュード9を記録した〝巨大地震〟である、13年前の東日本大震災による建物の倒壊被害はどうだったのか?

「東日本大震災では、非常に広い範囲で震度6以上の強い揺れが観測されました。それにもかかわらず、揺れによる建物被害は、比較的少なかったんです。一般に震度6弱の揺れで木造建物の全壊が起こり、震度6強での全壊率は8%以上、震度7では30%以上というのが目安になっています。

ところが、東日本大震災で震度6強を記録した地震計の近くで調査した3000棟のうち、全壊以上の被害を受けた建物はわずか14棟で、被害率は0.47%。さらに震度7を記録した場所の周辺で全壊した建物は1棟もありませんでした」

一方、今回の能登半島地震では、震度6強を記録した地域の一部で深刻な建物被害が生じている。

この違いはいったい何によるものなのか?

■古い家屋を倒壊させる「周期1~2秒の揺れ」

「そこで重要な意味を持つのが、地震の〝揺れ方〟の違いです。具体的に言うと、地震の揺れに『周期1~2秒』の成分が多く含まれていると、低層の木造建築や、それ以外の構造でも高さ10階以下の建物に大きな被害を与えることが明らかになっています。

東日本大震災では地震の規模が非常に大きかったにもかかわらず、この『周期1~2秒の揺れ』は少なかったのに対し、今回の能登半島地震や阪神・淡路大震災で建物被害が多かった地域では、『周期1~2秒の揺れ』が多く記録されています」

つまり、地震による建物への被害では、地震の規模を示すマグニチュードや、揺れの強弱を表す震度だけでなく、地震動に含まれる揺れの周期の長さが大きな影響を与えているわけだ。

では、木造や低層の建物に深刻な被害を与えるという「周期1~2秒の揺れ」とはなんなのか?

「今回の能登半島地震も含めて、大部分の地震は、巨大な圧力によって地下の断層がずれ動く......というメカニズムによって起こります。その際、断層のずれ方、断層面の岩盤の崩壊の仕方、震源から表層までの距離、その間の地盤の状態に影響されて、さまざまな長さの周期で揺れます」

地震の際に、高層ビルの揺れでよく耳にする「長周期地震動」は周期5秒以上の長い周期の揺れを指す。

「人が感じやすいのは周期0.1~1秒の揺れです。普通に考えれば、人が強い揺れと感じるのなら建物被害も生じると考えがちですが、そうはならないことが多いんです。

少し専門的な話をすると、物体にはそれぞれ『固有周期』という、その物体が揺れた際に1往復するのにかかる時間があります。

直感的には、建物への被害が大きくなるのは、その固有周期と揺れの周期が一致したときだと思いますよね。しかし、実際に全壊や倒壊などの大きな被害を及ぼすのは、固有周期の5倍程度の周期を持つ揺れであることがわかっているのです。

日本の建築物全体の9割以上を占める『低層の木造家屋』や『10階建て以下の非木造中低層建物』の固有周期は0.2~0.5秒。それを5倍すると1~2秒前後です。そうした建物は『周期1~2秒の揺れ』が直撃すると、一気に壊れてしまうのです」

阪神・淡路大震災(1995年1月17日) 淡路島北部を震源に発生した大地震による大災害。約25万棟の住宅が全半壊し、死者は6434人に上った(写真は地震でひしゃげた神戸市の三菱銀行) 阪神・淡路大震災(1995年1月17日) 淡路島北部を震源に発生した大地震による大災害。約25万棟の住宅が全半壊し、死者は6434人に上った(写真は地震でひしゃげた神戸市の三菱銀行)

特にこの「周期1~2秒の揺れ」が、甚大な建物被害を生んだ地震がある。1995年の阪神・淡路大震災だ。この地震における「周期1~2秒の揺れ」は、震源や深部地盤構造といった基盤レベルから出ており、一帯の建物の全壊や倒壊を招いた。メディアはこの揺れを「キラーパルス」という通称で呼んだ。

能登半島地震も、被害状況は似ているというが、今回の地震もキラーパルスが起こったのだろうか?

「そもそもキラーパルスは学術用語ではなく、定義もあいまいなのですが、キラーパルスを〈震源となった断層や地震の揺れが伝わる経路の影響で『周期1~2秒の揺れ』が出たもの〉とすると、今回の能登半島地震がキラーパルスかどうかはまだわかっていません。

ただ、一部の地域で『周期1~2秒の揺れ』が出たことはわかっています。例えば、最大震度7を記録した志賀町では『周期1~2秒の揺れ』は観測されず、周辺では、建物への大きな被害も出ませんでした。

一方で、冒頭で触れた輪島市や穴水町、珠洲市などの被害が大きかった地域では『周期1~2秒の揺れ』が観測されており、実際に多くの建物が被害を受けています。

断層や地震の揺れが伝わる経路から『周期1~2秒の揺れ』が出ていなくても、表層地盤などの影響で、この地域では『周期1~2秒の揺れ』が増幅された可能性はあります」

■揺れを予想するのは難しい

東日本大震災(2011年3月11日) 日本観測史上最大となっているマグニチュード9を記録し、津波によって甚大な被害がもたらされた東日本大震災だが、実は揺れによる建物被害は比較的少なかった 東日本大震災(2011年3月11日) 日本観測史上最大となっているマグニチュード9を記録し、津波によって甚大な被害がもたらされた東日本大震災だが、実は揺れによる建物被害は比較的少なかった

東日本大震災では、地震の揺れ自体による大きな建物被害が少なかったことから、その理由を「阪神・淡路大震災後の耐震基準の見直しや、既存の建物の耐震補強など、日本の耐震対策が進んだ結果」だと考えていた人もいるかもしれない。しかし、「たまたま、『周期1~2秒の揺れ』が少なかったからだ」と境教授は指摘する。

「大きな地震が発生し、震度7や6強といった強い揺れが起きても、建物の大きな被害につながるケースは全体の1~2割なのです。ただし、どのような地震なら『周期1~2秒の揺れ』が出るかを予想することは難しい。

能登半島地震(2024年1月1日) 今年元日、石川県能登半島で発生した大地震で倒壊した7階建てのビル(上、輪島市)。被害の大きかった建物の多くは瓦屋根で木造の家屋だった(下、穴水町) 能登半島地震(2024年1月1日) 今年元日、石川県能登半島で発生した大地震で倒壊した7階建てのビル(上、輪島市)。被害の大きかった建物の多くは瓦屋根で木造の家屋だった(下、穴水町)

地震には、今回の能登半島地震や阪神・淡路大震災のように、内陸にまで入り込んだ活断層を震源とする『直下型地震』や、東日本大震災のようにプレート境界に近い海底を震源とする『海溝型地震』など、さまざまなタイプがありますが、東日本大震災で『周期1~2秒の揺れ』が少なかったからといって、海溝型より直下型地震のほうが、そうした揺れが出やすい......、というわけでもない。

そう考えると、この先、10~20年以内に高い確率で起きるといわれる南海・東南海の海溝型巨大地震でも、『周期1~2秒の揺れ』やキラーパルスが発生する可能性は否定できません。

その場合、沿岸部を襲うであろう巨大な津波とともに、建物の被害の面でも、東日本大震災をはるかに上回る規模になることが懸念されます」

■今回の地震が示した耐震補強の重要性

ちなみに、石川県は今から約17年前に起きた「2007年能登半島地震」でも大きな被害を受けており、今回の地震では、その後に巨額の資金を投じて耐震補強を受けたはずの文化財も大きな被害に遭っている。

輪島市では7階建てのビルも倒壊していたし、日本中どこでも、不運にもキラーパルスに見舞われてしまったら、耐震補強なんて意味がないのだろうか?

「決してそんなことはありません」と境教授は語る。

「今回、被災地の現地調査をしてわかったのは、甚大な被害が生じ、倒壊して道をふさいでいるような建物が多い一方で、その横になんともない状態で立っている建物も多いということです。その差の要因が、耐震性能の違いにあることは明らかです。

大きな被害を受けた木造建物のほとんどは、1階に店舗があるために大きな開口部がある建物、あるいは古く老朽化した建物であることが多かった。

一方、比較的築年数が浅く、現在の耐震基準で建てられた建物の多くはほとんど被害を受けておらず、むしろ建物の耐震対策をしっかりと行なうことの重要性が改めて浮き彫りになりました」

もちろん、どんなに耐震対策をしても絶対に安全ということはないだろう。また、今回の能登半島地震のように本震の後も数週間以上にわたり強い余震が繰り返せば、本震の揺れでは倒壊しなかった建物も、そこで大きなダメージを受けたことで、いつ倒壊してもおかしくない状態にある場合もある。余震の最後の一押しで倒壊する危険もあり、そのまま住み続けることは大きな危険を伴う。

しかし、少なくとも本震の一撃で一気に家が倒壊するようなことがなければ、発災時に脱出する時間は確保でき、倒壊した家の下敷きになって命を失うことは避けられる。

「私が『阪神・淡路大震災から29年を経た今も、建物の耐震化はそれほど進んでいない......』と言うと、『いやいや、街のオフィスビルや学校など、耐震補強が行なわれた建物はあるし、都市部の耐震対策はそれなりに進んでいるのでは?』と感じる人も多いかもしれません。

確かにそういう建物も多いですし、もともと鉄筋コンクリート構造の建物は潰れても生存空間が残ることが多いのですが、今回の能登半島地震でもわかったように、木造家屋が倒壊した際には、1階部分が完全に潰れて生存空間が残らないケースが多い。

もちろん、木造建物も、阪神・淡路大震災以降、研究や技術の進歩によって、耐震性の高い建物が造られるようになりましたが、いまだに今の基準を満たしていない建物が全国で1000万棟以上も存在するとの試算もあり、これらの耐震補強が進んでいないというのが現状なのです」

近い将来、確実に起きるといわれる南海・東南海巨大地震や、深刻な被害が心配される首都圏直下地震など、この先もさまざまな地震のリスクと向き合い続ける日本列島。

能登半島を襲った今回の震災被害を新たな警鐘として、木造家屋の耐震化を急ピッチで進める必要がありそうだ。

川喜田 研

川喜田 研かわきた・けん

ジャーナリスト/ライター。1965年生まれ、神奈川県横浜市出身。自動車レース専門誌の編集者を経て、モータースポーツ・ジャーナリストとして活動の後、2012年からフリーの雑誌記者に転身。雑誌『週刊プレイボーイ』などを中心に国際政治、社会、経済、サイエンスから医療まで、幅広いテーマで取材・執筆活動を続け、新書の企画・構成なども手掛ける。著書に『さらば、ホンダF1 最強軍団はなぜ自壊したのか?』(2009年、集英社)がある。

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