防水性や耐久性はほとんどなく、ボロボロになっても交換できず、堪えかねた隊員は自己負担で靴を買い替えるという 防水性や耐久性はほとんどなく、ボロボロになっても交換できず、堪えかねた隊員は自己負担で靴を買い替えるという

能登半島地震の災害活動に当たる自衛隊員たち。激しい演習でも履くためにボロボロになった靴で、寒くても、浸水しても、雨の中を、瓦礫の中を行く。陸自隊員の足を、もっと守ることはできないのか?

■ほぼ変わらない足元の装備

1月1日午後4時10分、能登半島で大地震が発生。午後4時45分、石川県知事から陸上自衛隊第10師団に災害派遣要請があり、出動。翌2日には、陸海空の自衛隊が束ねられた1万人規模の統合任務部隊が編成され、1ヵ月以上経過した現在も、人命救助や物資輸送、給水・給食・入浴支援などが行なわれている。

しかし、日本海に面した能登半島の冬は、晴れた日よりも雨や雪、みぞれが降る日のほうが多い。不安定な天気は、現場で奮闘する自衛隊員を"足"から苦しめている。

陸自を頻繁に取材する軍事専門誌『SATマガジン』編集長の浅香昌宏氏は、靴が問題だと指摘する。

「現在、陸自で主に使われているのは戦闘靴2型と呼ばれる靴で、素材の一部にゴアテックスが採用されたことで、茶色の革製だった前モデルの1型に比べて、防水透湿性が格段に上がっています。

しかし、激しい演習でも使用するため、1年ほどで外側の革とゴアテックスの継ぎ目から水が染み込んでくると聞きます。メーカー側のこだわりなのか、アップデートされても、外側が革で作られるんです。

それはもはや時代遅れです。結果、現場の隊員たちは靴にビニールを巻くなど、自前で水が入らない工夫をしています」

2000年頃に調達され始め、現在主に使われる戦闘靴2型。柔らかく動きやすいが、徐々に防水性が失われる。革が使われているのが問題? 2000年頃に調達され始め、現在主に使われる戦闘靴2型。柔らかく動きやすいが、徐々に防水性が失われる。革が使われているのが問題?

実際に2型を履いていた元陸自男性はこう話す。

「2型は柔らかくて動きやすくはあるのですが、耐久性に欠け、防水性もほとんどありませんでした。その上、いくらボロボロになっても、自分と同じサイズの靴の在庫がないと、新しいものと交換できないのです」

2型は2000年頃から調達され始めた。今から13年前の東日本大震災の災害派遣でも履かれていたが、当時も防寒性は問題視されていた。

「東日本大震災の際、防衛省がワークマンの防寒インソールを1万足分取り寄せ、緊急で納品したそうです」(浅香氏)

浅香氏によると、陸自では2021年度からフィット性を改善した戦闘靴3型に更新すると発表があったが、まだ現場には入っていないため、その評判はわからないという。今回の震災も寒い地域で寒い季節に発生しているが、10年以上たった今も足元の装備に変化はほとんどないようだ。

2型を改良した戦闘靴3型は今年中に配備され始めるらしい。靴底のデザインがジャングルブーツに近いのはなぜ? 2型を改良した戦闘靴3型は今年中に配備され始めるらしい。靴底のデザインがジャングルブーツに近いのはなぜ?

■トレンチフットにならないために

冷水が靴の中に侵入したまま放置すると、場合によっては塹壕(ざんごう)足(トレンチフット)という寒冷障害になる危険性もある。最悪の場合、患部が壊疽(えそ)を起こし、指や足そのものを切断しなくてはならない。

塹壕足になった経験があるという、元陸上自衛隊中央即応集団司令部幕僚長で、元第40普通科連隊長の二見龍氏は振り返る。

「小隊長になりたての頃、5日間の演習の末に塹壕足になったことがあります。足を見た瞬間はその姿に驚きましたが、ベテランの陸曹から『ストーブで素足を乾かせ』と言われたので、足を乾燥させ、乾いた靴下と交換し続けて、靴も乾かしてから履いていたら2日間で元に戻りました」

二見氏は「普通科の部隊であれば、基本的に塹壕足になることはない」と話す。

「私の場合、原因は自分の不注意でした。普通科連隊では足を痛めてしまうと戦力にならないため、足を大切にする意識が強いんです。そのため、演習後にはベテランの陸曹から『濡れた靴と靴下は脱いで、すぐに乾かせ』と塹壕足にならないように何度も指導されます。しかし、当時の私は聞かずに放置したために塹壕足になりました。

陸自の災害派遣のレベルは災害を経るたびに高くなっています。作戦が一段落したら靴と靴下は脱いで素足を乾かす。当然これは北から南まで普通科部隊全員が当然のように行なっているはずです」

降雪地域で10年以上勤務した元陸自隊員に、そこで伝わる足ケアの方法を聞いた。

「真冬の場合は、靴下の外と中にベビーパウダーを大量にかけてはきます。濡れそうな場合は、さらにコンビニのレジ袋を重ねてはいて、そして戦闘靴2型を履く。

足が濡れた場合、宿営地に戻ったら戦闘靴と靴下を脱ぎ、素足を乾いたタオルで拭く。靴下はストーブの周りに干して、戦闘靴も、内側に古新聞を詰めて、ストーブの周りに置いて乾かします」

足を守る意識は現場で受け継がれているようだ。

■自腹で数万円の靴を買う隊員たち

しかし、そうした意識が強いはずなのに、陸自の"靴問題"はまだまだある。

「陸上自衛隊に入ると、最初に2足支給されるのですが、そのうち1足は警衛や式典のために履くものとしてきれいな状態を保つ必要があります。そのため、おのずと1足だけで演習をこなす文化ができてしまっているのです」(前出・二見氏)

前出の元陸自男性は、支給された戦闘靴1足だけを2期4年間履き続けたという。

特に問題なのは、ボロさに堪えかねた隊員たちが自己負担で新しい靴を購入していることだ。東日本大震災の災害出動にも参加した元自衛官も自腹で買ったと話す。

「個人的に、官給品の戦闘靴はとにかく使いづらい上に壊れることが多々あった。結局、自費でアメリカ大手靴メーカーのミリタリーブランド『ベイツ』のブーツを買って使っていました」

さらに本気度の高い隊員は、ホームセンターでも買える1万円台の靴ではなく、海外製の製品から探すという。東京都練馬区にあるタクティカルプロショップ・エリートには、そんな陸自隊員が全国から装備を買い求めにやって来る。店長の斉藤健夫氏はこう話す。

「陸自隊員に一番人気の戦闘靴は、米国製『ALTAMA(アルタマ)』のアボタバードトレイル(3万390円)です。これよりも高い性能を求める人はイタリア製『AKU TACTICAL KS SCHWER 19 GTX』(5万7420円)をオススメしています」

戦闘靴の代わりになる靴の中で、陸自隊員に最も人気があるのは、アメリカ製「ALTAMA」のアボタバードトレイル(3万390円) 戦闘靴の代わりになる靴の中で、陸自隊員に最も人気があるのは、アメリカ製「ALTAMA」のアボタバードトレイル(3万390円)

エリートがオススメするのはイタリア製「AKU TACTICAL」のKS SCHWER 19 GTX(5万7420円) エリートがオススメするのはイタリア製「AKU TACTICAL」のKS SCHWER 19 GTX(5万7420円)

こうした、海外製の靴は私物として使用されているものの「公式の活動では統制を取るために戦闘靴2型を履くように指示される」(前出・浅香氏)という。災害派遣では2型が履かれる。

前出の二見氏は「現場の隊員に外に買いに行かせるのを当然としてはいけない」と語気を強める。

「まだまだ官給品の靴の品質は不十分かもしれませんが、まずはこの靴を2年ごとに更新できるように予算を取って補給系統を整えることで、外に買いに行かせてしまうことを多少は抑えられるはず」

さらに、足をドライに保つインナーソックスを素足にはき、吸汗速乾性に優れたソックスと防水靴下を重ねてはけば、足は完璧に守られる さらに、足をドライに保つインナーソックスを素足にはき、吸汗速乾性に優れたソックスと防水靴下を重ねてはけば、足は完璧に守られる

二見氏は、現行品の靴の品質改善も急務だと話す。戦闘靴3型には厳しい評価だ。

「3型のアウトソール(靴底)は、ベトナム戦などで使われたジャングルブーツにそっくりのパターンなんです。ジャングルのような環境では使いやすいかもしれませんが、雪原などではツルツル滑って体力を消耗します。

米国海兵隊のブーツは雪でも滑りません。米軍は何度もテストして、数値を取って、研究し続けて、最先端の靴を作っています。日本は研究する企業も育てられていないんです」

東京都練馬区にあるミリタリー用品専門店、タクティカルプロショップ・エリートは、休日は装備品を求める自衛隊員であふれるという。地方から買い物に来る隊員もいるとか 東京都練馬区にあるミリタリー用品専門店、タクティカルプロショップ・エリートは、休日は装備品を求める自衛隊員であふれるという。地方から買い物に来る隊員もいるとか

エリート

そんな米軍では、やはりアメリカらしいシステムが導入されている。元米陸軍大尉・飯柴智亮(ともあき)氏はこう話す。

「米陸軍では入隊時にブーツが支給されます。転勤するとさらに1足支給され、レンジャー隊などに至っては、他社と合同で開発したブーツが支給されることもあります。

その上、米陸軍では毎年、衣服手当が支給されます。このお金をどの装備に使うかは兵士次第です。米軍が指定しているメーカーのブーツを購入することもできます」

災害派遣で注目されている自衛隊。特に陸上自衛隊は"人"の部隊だ。彼らは自分たちの足で雨や雪の中を、瓦礫(がれき)の上を行く。その足を守っているのはボロボロな靴だ。せめて現場の隊員たちが防寒インソールや防水靴下を買えるように、装備手当を交付する緊急予算は組めないだろうか。

小峯隆生

小峯隆生こみね・たかお

1959年神戸市生まれ。2001年9月から『週刊プレイボーイ』の軍事班記者として活動。軍事技術、軍事史に精通し、各国特殊部隊の徹底的な研究をしている。日本映画監督協会会員。日本推理作家協会会員。元同志社大学嘱託講師、筑波大学非常勤講師。著書は『新軍事学入門』(飛鳥新社)、『蘇る翼 F-2B─津波被災からの復活』『永遠の翼F-4ファントム』『鷲の翼F-15戦闘機』『青の翼 ブルーインパルス』『赤い翼アグレッサー部隊』『軍事のプロが見た ウクライナ戦争』(並木書房)ほか多数。

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