渡辺雅史わたなべ・まさし
フリーライターとして雑誌や書籍への執筆をするほか、ラジオ番組やテレビの番組の構成作家としても活躍。趣味は鉄道に乗ること。国内の全鉄道路線に乗車したほか、世界20の国・地域の鉄道に乗車。
連載【ギグワーカーライター兼ウーバーイーツ組合委員長のチャリンコ爆走配達日誌】第35回
ウーバーイーツの日本上陸直後から配達員としても活動するライター・渡辺雅史が、チャリンコを漕ぎまくって足で稼いだ、配達にまつわるリアルな体験談を綴ります!
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これまでの連載を振り返ってみますと、報酬が突然下げられる、マンションの入館手続きが煩雑で時間がかかってBAD評価を受ける、チップをもらうためのテクニック、現金決済でのトラブルなど、仕事の愚痴やカネの話ばかり。こんな内容では皆さまも読んでいてイヤな気分になるでしょう。
そこで今回は、読み終わった後に皆さまの心がほっこりするような「子供に受け渡しをした話」を紹介します。
とある日の昼下がり、マクドナルドから向かったのは江東区にあるマンション。建物の入口にあるインターホンを押して館内に入りエレベーターで上へ。目的のフロアに到着後、部屋を探しながら歩いていると各部屋の前にたくさんの傘が。どうやらファミリー向けの間取りのマンションのようです。
部屋の前に到着して、置き配の指示がないことを確認してドアの横のインターホンを押すと「はーい」と大人の女性の声が返ってきました。
ところが待っていてもなかなか出てきません。建物の入口でインターホンを一度押すマンションの場合、ドア横のインターホンを押したらほとんどの方は30秒以内に出ていただけるのですが、なかなか出てきません。もう一度インターホンのボタンを押そうとしたら3歳ぐらいの男の子が出てきました。右手に電車のおもちゃを握りしめて。
「ありがとうございます!」
元気よくあいさつしてくれるのは嬉しいのですが、こちらが渡す商品はスターバックスの紙袋ふたつ。小型のバッグタイプの袋なので、大人の方なら片手で大丈夫ですが、男の子の小さな手にドリンクがふたつ入った袋と、ドーナツが2個入った袋、計2袋を渡すのは不安です。
おそらく、お母さんのお手伝いをしたいという気持ちで出てきたのでしょう。そんな彼の思いを無下にしてお母さんを呼ぶわけにはいきません。かといって2袋を無理に渡せば、お母さんのところへ持っていく途中で袋を落としてしまい、飲み物をこぼしてしまう可能性があります。
そこで「一旦、電車のおもちゃを置いて、ふたつの袋を両手で持ってお母さんのところに届けようか」と提案をしてみました。結果は却下。最初は聞こえなかったのかなと思って、同じ質問を繰り返したのですが、思いっきり首を横に振られました。どうやらお手伝いをしたいという気持ちと同じぐらい電車のおもちゃを持っていたいようです。
仕方ないので、まずは袋を落としても大丈夫なドーナツの入った袋を渡して「これをお母さんに渡したら、もう一度ここにきて」と伝えて運んでもらうことにしました。しばらくすると男の子と一緒にお母さんが登場。事情を察したお母さんは「手間をかけてすみません」と恐縮していましたが、こちらとしては面白い体験ができたので「全然大丈夫です」と笑いながら子供にドリンクの入った紙袋を渡しました。
クリスマスに体験したのはサンタさんと間違われた話。
私は12月24日と25日に配達する際、少しヒゲを伸ばし、赤い上着を着て配達しています。私は体が大きい上、ヒゲに白髪が多いので、ウーバーの大きなリュックを背負っているとサンタっぽく見えます。そのため配達先でのウケが良く、チップをもらえる件数がグンと増えます。そんなわけでコスプレではないですが、それとなくサンタを意識した服装でやっています。
そんな邪(よこしま)な心でお惣菜の店からチキンを運んでいたときのこと。向かった先のマンションのドア横のボタンを押すと、出てきたのは5歳ぐらいの女の子。普段通りの手順でチキンを女の子に渡して帰ろうとすると、女の子がじっとこちらを見つめてきます。「これで全部ですよ」と答えると、小さな声でこう言いました。
「〇〇(女の子の名前)はプレゼント、もらえないの?」
どうやら、私を本物のサンタと勘違いした彼女は、ここでサンタが帰ってしまうと、自分はプレゼントがもらえないと思っているようです。しかもどんよりした顔から泣き顔へと変化しそうな雰囲気です。
状況を理解するまで2、3秒かかりましたが、なんとか「私は食べ物を運ぶサンタだから大丈夫。プレゼントを運ぶサンタさんは夜中にくるから楽しみにしてね」というフレーズを返すと女の子に笑顔が戻りました。
ユニークだったのは、インターホンが建物の入口、エレベーター乗り場の前、ドア横と、3箇所あるマンションへ配達した時のこと。
最初の入口でボタンを押すと返ってきたのが子供の声。
「切っても切っても小さくならないものってなーんだ?」
たまたま、そのなぞなぞを別の仕事先で聞いたことがあったので「トランプ」と即答すると「ピンポーン」と声がして自動ドアが開かれました。
この後のインターホンでもなぞなぞを出されると感じ、スマホでなぞなぞサイトを検索しつつエレベーター乗り場へ向かうとインターホンがあり2問目をクリア。そして配達先に到着。ドアの横のインターホンを押して3問目が出されるのを期待していたのですが「ご迷惑をおかけしました!」父親が平謝り。「学校のイベントで近いうちにクイズ大会でもやるんじゃないですか。仕方ないですよ」と話しつつ、父親に商品を渡しました。
こんな風に時々面白い体験をすることがあるので、イヤな思いをすることがあっても配達員はやめられません。
フリーライターとして雑誌や書籍への執筆をするほか、ラジオ番組やテレビの番組の構成作家としても活躍。趣味は鉄道に乗ること。国内の全鉄道路線に乗車したほか、世界20の国・地域の鉄道に乗車。