安藤海南男あんどう・かなお
ジャーナリスト。大手新聞社に入社後、地方支局での勤務を経て、在京社会部記者として活躍。退社後は警察組織の裏側を精力的に取材している。沖縄復帰前後の「コザ」の売春地帯で生きた5人の女性の生き様を描いた電子書籍「パラダイス」(ミリオン出版/大洋図書)も発売中
2021年8月、福岡地裁で極刑を宣告された老年の男は、裁判長にそう言い放った。一般人にも危害を加える過激な手法から、全国で唯一の「特定危険指定暴力団」に指定された工藤会の総裁で、自らも殺人が問われている野村悟被告だ。その後野村被告は控訴し、3月に下される控訴審判決を待つ身である。
また、同組織のナンバー2と3にあたる会長と理事長も、市民襲撃に関わったなどとして一審で無期懲役の判決を受け、現在も控訴審が続いている。
彼らが囚われの身となったのは、警察庁の号令によって2014年に開始された「頂上作戦」の結果である。トップ3の不在が続く同組織では、2020年に北九州市にあった本部事務所が解体されたほか、組員の離脱も相次いでおり、組織は壊滅寸前の状態にある、と思われてきた。
ところが、「最凶ヤクザ」の命脈がまだ尽きていないことをうかがわせる事件が各地で頻発しているのだ。
1月30日付の「朝日新聞デジタル」は、「傘下『拠点』も」と題して、千葉県内で活動を活発化させる同組織の動きを報じている。
報道によると、同組織傘下の組員ら35人が2023年6月、千葉県栄町の飲食店に押し入り、男性客を襲撃。全治6カ月の重傷を負わせたのだという。
2022年2月には、読売新聞デジタルが大阪の繁華街ミナミで覚醒剤の密売を繰り返していた同組織の幹部らの犯行を報じ、「福岡県外での覚醒剤密売を繰り返している」と警鐘を鳴らしていた。
しかし、実は工藤会の県外進出の動きは今に始まった話ではない。
「県外で活動を活発化させているのは、主に工藤会の二次団体・長谷川組の傘下組織です。長谷川組は10年以上前の総裁が健在のころから関東に進出し、勢力を伸ばしていた。なかでも存在感が際立っているのが、千葉県松戸市に本拠を置く三木組です。
勢力圏は松戸にとどまらず、新小岩や錦糸町など都内にも浸食している。組織に所属しない半グレらを巧みに使い、捜査当局の監視の目をかいくぐって組織を強固なものにした。かなりの資金力があり、組長は上部団体で若頭も務める実力者だ」(暴力団事情に詳しい周辺者)
警察関係者によると、前出の工藤会傘下組織については、中国人残留日本人の2世らを中心とした暴走族を発祥とし、警察庁に「準暴力団」にも指定されている半グレ組織「怒羅権(ドラゴン)」との連携も疑われているという。
「怒羅権の一部のメンバーは、振り込め詐欺やヤミ金、違法薬物の売買、管理売春などをシノギにしているが、なかにはヤクザと組んでそれらのシノギをかける者もいる。長谷川組の傘下組織が勢力を張る新小岩は怒羅権の勢力圏でもあり、両者が手を組んでいる可能性は高い」(同前)
本拠地の北九州ではカタギにも手を出す仁義なき組織として恐れられた工藤会だが、関東では警察官すらカモにする事件を起こしている。
昨年1月、千葉県柏市でマッチングアプリで知り合った女性と飲酒した20代の警察官から現金160万円を脅し取った恐喝の容疑で、千葉県警が長谷川組の22歳の組員らを逮捕している。警察官は組員とともに逮捕された女性と飲酒後、誘われるままに車に乗り、赤信号で追突事故を装ってカネを脅し取られた。
現役警察官で事故飲酒運転が発覚すれば、一発で懲戒免職となってしまうリスクがある。組員らはそうした弱みを見透かしており、法外なカネを吹っかけてきた模様だ。捜査当局は女性も組員とグルになって犯行に及んだとみており、典型的な「美人局」の手法だといえる。
「マッチングアプリを使った、この種の手口の美人局による被害はこの一件だけではない。工藤会系の組員が身柄を取られたことも偶然ではなく、犯行のノウハウが周辺で回っている可能性が極めて高い。県内で、若い世代にまで工藤会が浸透してきているのは間違いない」
そう断言するのは、暴力団事情に詳しい前出の周辺者である。
ヤクザ社会で徐々にその存在感を高めつつある工藤会の残党たちは、社会の裏側で、どのような地殻変動をもたらすのだろうか。
ジャーナリスト。大手新聞社に入社後、地方支局での勤務を経て、在京社会部記者として活躍。退社後は警察組織の裏側を精力的に取材している。沖縄復帰前後の「コザ」の売春地帯で生きた5人の女性の生き様を描いた電子書籍「パラダイス」(ミリオン出版/大洋図書)も発売中