「前提にあるのは『どんな人も暴力を発現させる力を持っている』ということです。暴力的な出来事が発生したときには、自分はどんな立場にあるのかを考えなくてはいけません」と語る森 元斎氏 「前提にあるのは『どんな人も暴力を発現させる力を持っている』ということです。暴力的な出来事が発生したときには、自分はどんな立場にあるのかを考えなくてはいけません」と語る森 元斎氏

ハラスメントから性加害、紛争まで、「暴力」的な事象が続く昨今。「いかなる暴力も許されない」という言葉もよく聞く。しかし、そんな思考停止の暴力反対論に待ったをかけるのが『死なないための暴力論』だ。

暴力にまみれたこの世界で力強く生き抜くために、暴力とどう向き合えばいいのか。著者の森 元斎(もとなお)氏に話を聞いた。

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――なぜ今、「暴力論」なのでしょうか? 本書執筆のきっかけを教えてください。

 2022年の安倍晋三暗殺事件がきっかけのひとつです。誰も正攻法では安倍晋三の悪事を断罪できなかったけれど、事件後には統一教会の問題も裏金問題も次々と明るみに出ました。「暴力では何も変わらない」という人もいますが、これは暴力で変わったと思われる事例のひとつです。

実際、本書では暴力的な運動が世の中を改善してきた事例を多数紹介しています。全否定されがちな暴力というものの別の面を整理することが、本書執筆の目的です。

――治安の良い日本では、なかなか「暴力」を身近に感じることは難しいとも思いますが。

 当たり前と見なされていますが、日本政府による徴税と、その無駄遣いだって国民への暴力ですよね。ブラック企業による搾取も労働者にとっては暴力的ですし、男性優位な社会も女性にとっては暴力的です。こうした目に見えない暴力は、われわれの周りにもあふれています。

加えて、本当に「日本は治安がいい」といえるのでしょうか。刑法上の検挙数は減ってきていますが、被害者が警察に訴えないケースも多いです。例えば、日本に暮らす女性で痴漢や性被害に遭ったことのある人はかなりの人数に上ります。「治安」をどういう視点でとらえるのかが非常に大切です。

――なるほど。しかし、日本では諸外国に見られるような暴動などといった治安の悪化はないように思いますが。

 暴動の有無で治安を論じるのであれば、「日本が最も治安の良かった時代は戦時中だ」ということもできます。その名のとおり「治安維持法」がありましたから。このように、治安という言葉を誰が使うかには注意すべきでしょう。

一方で、私は暴動と政治は相関関係にあると考えています。日本が福祉を獲得していった時期には、暴動が非常に多かったんです。もちろん高度経済成長というファクターもありますが、1950~70年代は特にそうでした。

――先ほど挙げられた目には見えない暴力を、「構造的暴力」と表現しています。これはどういったものでしょうか。

 暴力を行使する主体がわからないままに、直接的あるいは間接的にわれわれに向けられている暴力が、構造的暴力です。

本書では、「一人の夫が妻を殴ったら個人的暴力だが、百万人の夫が百万人の妻を無知のまま放置したら構造的暴力である」という、日本のアナキストである戸田三三冬(とだ・みさと)の説明を引用しました。

女性を恒常的に「サブジェクト=下に置かれたもの」として位置づけることは、構造的暴力の最たる例です。

――世の中には「いかなる理由があろうと、暴力は許されない」と考える人が多いと思います。しかし、本書では暴力には否定すべきものと肯定せざるをえないものがある、としていますね。

 前提にあるのは「どんな人も暴力を発現させる力を持っている」ということです。暴力的な出来事が発生したときには、自分はどんな立場にあるのかを考えなくてはいけません。個人や民衆なのか、軍隊の力を背景とした国家なのか、資本力を持った企業なのか。

こうした立場の非対称性、ヒエラルキー(階級)に注意するべきです。国家や企業などはヒエラルキーの上位であり、個人や民衆などは下位です。

上位から下位に常に暴力が振るわれているのに対し、下位が抵抗のために振るう「反暴力」は、否定すべきでないというのが本書の立場です。

――本書では、「反暴力」はヒエラルキー上位からの暴力に対抗し、その暴力をなくしていくための暴力と定義されています。

 反暴力には、非暴力的な側面もあるし、暴力的な側面もあり、かなり包括的な概念です。その具体例として、メキシコの反政府組織である「サパティスタ民族解放軍(EZLN)」や、シリアでクルド人が起こした「ロジャヴァ革命」、アメリカにおけるブラック・ライブズ・マター(BLM)などについて書きました。

これらは、自己防御しなければ自分や家族、友人が殺される、という状況下で起きた運動です。そういう場合には、暴力的抵抗は肯定されてしかるべきです。

――そうした海外の例から、日本に暮らす私たちが学べることはなんでしょうか?

 彼らの徹底した民主主義ですね。これは本当にすごいと思います。

例えば、ロジャヴァでは女性たちがかなり力を持っています。同地域ではあらゆる議論の場で40%以上の女性の参加が義務となっています。日本も見習うべきですよね。また、ロジャヴァでは警察が半年ごとに交代します。

半年間警察をやって、残りの半年は民衆と同じ仕事をするんですね。捕まえる側と捕まる側の立場がぐるぐる回るので、不当な警察権力を行使することが難しくなるんです。

自分が警察官として横暴に振る舞っていたら、半年後に警察官になった被害者に復讐(ふくしゅう)されるかもしれませんからね。

一方で、BLMにおいて、特にジョージ・フロイド事件以降の民衆の動きもすごいです。日本ではあまりニュースになっていませんが、横暴な警察の権力をなくしていこう!という勢いが増しています。

――知らず知らずのうちに暴力を振るわれる現代において、私たちは暴力をどうとらえ、どう向き合えばいいのでしょうか?

 われわれもまた、暴力をちらつかせるべきです。国家や企業などのヒエラルキー上位をビビらせることのない抵抗で喜ぶのは、ヒエラルキーの上位にほかなりません。

誰にも迷惑をかけないお行儀の良いデモでは何も変わらないことは、ここ十数年でも証明されてきました。自分たちにもヒエラルキー上位をビビらせる力があることを示していかなければ、状況が改善することはないでしょうね。

この点、諸外国ではここ十数年でどんどんラディカルな社会運動が広がっています。そこから学べることは多いと思います。

●森 元斎(もり・もとなお)
1983年生まれ、東京都出身。長崎大学教員。専門は、哲学・思想史。博士(人間科学)。中央大学文学部哲学科卒業、大阪大学大学院人間科学研究科修了。日本学術振興会特別研究員、パリ第十大学研究員などを経て、2019年より現職。現代思想やアナキズムに関する思想の研究を行なっている。著書に『具体性の哲学』(以文社)、『アナキズム入門』(ちくま新書)、『国道3号線』(共和国)、『もう革命しかないもんね』(晶文社)など

■『死なないための暴力論』
インターナショナル新書 1012円(税込)
「暴力反対」とはよく聞くが、世の中は暴力にあふれている。国は警察という暴力装置を持ち、国民から徴税する。資本主義は労働者を搾取し、格差を生み出す。家父長制は男性優位・女性劣位のシステムを作り上げる。一方で、こうした暴力に対抗して、社会を進歩させてきたのも、また暴力である。世の中にあふれる暴力には、否定すべきものと肯定せざるをえないものがある。世界の思想・運動に学びつつ、倫理的な力のあり方を探る一冊

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