「20世紀以降は『社会規範から外れた人』の定義が広がります。そして現代では、かつては社会に許容されていた人でも、精神科医療を受けないと生きていけない時代になってきたわけです」(熊代 亨氏) 「20世紀以降は『社会規範から外れた人』の定義が広がります。そして現代では、かつては社会に許容されていた人でも、精神科医療を受けないと生きていけない時代になってきたわけです」(熊代 亨氏)

「自己家畜化」という言葉をご存じだろうか。これは生物が進化の過程でより群れやすく、より協力しやすく、より人懐こくなるような性質に変わっていく現象を指す。

イヌやネコがその代表例だが、進化生物学の研究では人間も自己家畜化をしており、そのおかげで今日のような高度な文明社会を築くことができたという。

しかし、高度に複雑化した現代社会において、すべての人間がその変化に適応できているわけではない。厚生労働省の調査では、今や20人に1人がなんらかの精神疾患の治療を受けているという。

この状況をどうとらえるべきか、精神科医であり『人間はどこまで家畜か 現代人の精神構造』の著者である、熊代亨(くましろ・とおる)氏に話を聞いた。

* * *

――今回、自己家畜化というテーマで本を執筆された背景を教えてください。

熊代 私は精神科医なので、普段から何かしらの生きづらさを抱えた方々から話を聞く機会が多いです。感情の起伏が激しい方や、中には他人に手を上げてしまうような方もいらっしゃいます。

しかし、そういった今の社会規範から外れた精神状態の人でも、かつては異常とはみなされなかった時代があったわけです。それは、個人の特性にとどまる問題なのか、社会のほうに問題があるのか。「自己家畜化」というキーワードで、この問題をうまく整理できるのではないかと思ったんです。

――自己家畜化のいい点/悪い点はなんでしょうか。

熊代 「生物学的な自己家畜化」と「文化的な自己家畜化」に分けて整理しましょう。

まず、人間は生物学的進化の過程で、ストレス反応をつかさどる神経内分泌系が縮小し、不安や攻撃性を減らすセロトニンの量が増えました。

その結果、争わずに協力する習性を身につけてきたといえます。この生物学的自己家畜化については、悪いことではないと思います。

さらに、人間は礼儀やマナー、個人主義や社会契約、資本主義などを次々に生み出し、そうした社会規範に適応していくことで現代の安全で便利な生活をも手に入れました。しかし、こうした文化的自己家畜化に関しては、誰もがその変化についていけるわけではありませんでした。精神疾患の増大もその一例かと思います。

もっと卑近な例を挙げれば、今の社会ではタイパやコスパが重視され、いつも急き立てられているように生きている側面があるのは否めません。精神的に余裕がない生活を強いている点においては、文化的自己家畜化が私たちを圧迫している部分があるのではないかと思います。

――精神疾患の話が出ましたが、近年注目されている発達障害も、文化的自己家畜化の過程で生み出されたのでしょうか。

熊代 生み出されたというより、浮かび上がってきたというほうが正しいでしょうか。

18~19世紀頃から、放浪者や社会からあぶれた人々を精神科病院に隔離して管理するという風潮が生まれました。

その後、特に20世紀以降は「社会規範から外れた人」の定義が広がります。そして現代では、かつては社会に許容されていた人でも、精神科医療を受けないと生きていけない時代になってきたわけです。

現在、精神科医療の外側で語られているHSP(とても繊細な人)なども、そうした現代の生きづらさのひとつの表れなのかもしれません。

――現在でもマナー本はよく売れますが、数百年前のヨーロッパでもマナー本がベストセラーになっていたと本書で指摘されていて、驚きました。

熊代 身分制度が厳格だった時代において、マナーは上の階級がその下の身分と差別化する手段でした。「ほかの人よりきちんとした人間に見られたい」という動機は数百年変わっていない気がします。一方で、数百年の間に守るべきマナーがどんどん増えてしまいました。それを守るのはとても大変ですよね。

――精神疾患を抱える人が増え続ける現在、例えば「誰しもがなんらかの点でアブノーマルである」という域に達したら、文化的自己家畜化はどのように変化しうるのでしょうか。

熊代 最終的には、精神疾患の有無に関係なく、誰しもがエンハンスメントを行なって社会規範に追いつこうとするような未来が訪れるかもしれません。エンハンスメントとは、「本来は病気や障害の治療のために開発された医学的な技術を、能力向上の手段として用いること」です。

もっとも、すでに私たちは生活にエンハンスメントを取り入れています。日常的にコーヒーやエナジードリンクを飲むという形で、自身の体をコントロールしています。みんなが薬を飲んで体をコントロールする未来は一見ディストピアのように感じますが、すでに始まっているのかもしれません。

――現代において、性的な多様性の理解や受容は徐々に進んでいるように思えます。一方で、精神疾患などを含む「精神の多様性」は除外されているように感じます。このギャップはどのように克服されうるでしょうか。

熊代 ご指摘のとおり、社会規範を守れる人については、多様な個人のあり方が認められるようになりました。一方で社会規範を守り切れず、そこからこぼれ落ちそうになっている人に対して理解と受容が進んでいるのかは、疑問ですね。

――「※ただしイケメンに限る」という言葉がありましたが、「※ただし、社会規範を守れる個人に限って多様性を認める」ということですね。

熊代 まさしくそうですね。ただ、チャンスはまだあると思います。障害者支援、あるいは特別支援教育はもっと進展すべきです。どんな人間とも共に暮らしていける社会というのが理想であり、目指すべきゴールだと思います。そこにはまだ努力の余地があるはずです。

――もろ刃の剣ともいえる自己家畜化と、私たちはどう向き合っていくべきでしょうか?

熊代 自分たちの社会の快適さによって生きづらくなっている人はいないのか、少し意識を向けてみてほしいですね。

また、人間の脳には霊長類以前の時代から変わっていない動物的な部分もあります。縮小してきたストレス反応をつかさどる神経内分泌系もそのひとつで、実際に今も人間は動物的にふるまうことは多いですよね。どれだけ家畜化したとしても、人間の動物的なあり方に配慮のある社会にしていけたらいいですよね。

●熊代 亨(くましろ・とおる)
1975年生まれ。精神科医。信州大学医学部卒業。ブログ『シロクマの屑籠』にて現代人の社会適応やサブカルチャーについて発信し続けている。著書に『「若作りうつ」社会』(講談社現代新書)、『認められたい』(ヴィレッジブックス)、『「若者」をやめて、「大人」を始める』『健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて』『何者かになりたい』(いずれもイースト・プレス)、『「推し」で心はみたされる?』(大和書房)など

■『人間はどこまで家畜か 現代人の精神構造』
ハヤカワ新書 1078円(税込)
イヌやネコは、人間が生み出した環境の中でより穏やかに、より群れやすく進化してきた。この「自己家畜化」は、人間自身にも起きており、今日の繁栄の基盤となっているという。しかし、清潔な都市環境、アンガーマネジメント、健康や生産性の徹底した管理など、文化的な圧力がいよいよ強まる現代社会に、誰もが適応できるわけではない。精神科医が自然科学と人文社会科学の両輪から自己家畜化の功罪を暴き出す

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