小山田裕哉おやまだ・ゆうや
1984年生まれ、岩手県出身。日本大学芸術学部映画学科卒業後、映画業界、イベント業などを経て、フリーランスのライターとして執筆活動を始める。ビジネス・カルチャー・広告・書籍構成など、さまざまな媒体で執筆・編集活動を行っている。著書に「売らずに売る技術 高級ブランドに学ぶ安売りせずに売る秘密」(集英社)。季刊誌「tattva」(BOOTLEG)編集部員。
3月16日、新幹線の喫煙ルームがすべて撤去された。今後、たばこが吸える空間はさらに少なくなる、と思いきや、むしろ新設の動きが各所で見られるようになった。その内実について調べてみた!
ついに新幹線でたばこの吸えない日がやって来た。
JR東海、西日本、九州の3社は3月16日、東海道、山陽、九州新幹線の喫煙ルームを廃止。車内の全面禁煙に踏み切った。東北・上越新幹線は以前より禁煙なので、これですべての新幹線から喫煙ルームが消えることに。
今回、新たに全面禁煙化を決めた3社は、「近年の健康増進志向の高まりや喫煙率の低下」(各社広報)を理由に挙げている。また、山陽新幹線では一部の沿線駅に残っていた分煙非対応の喫煙コーナーも廃止されるため、「駅に着いたらとりあえず一服」も、ますます難しくなっていくだろう。
ただ、公共スペースでの喫煙室や喫煙所の廃止はこれからさらに加速していくのかと思いきや、そうとも言い切れない。むしろ、各自治体の方針を調査すると、喫煙所の新設もしくは増設しようとするところは増えている。
例えば昨年12月、北海道札幌市では市の中心部にある大通公園に、路上喫煙防止の実証実験として喫煙所が新設された。その結果、路上喫煙者の減少が確認できたという。この喫煙所は来年3月末まで設置予定だ。
また、神奈川県鎌倉市も昨年11月に、鎌倉駅の周辺に公共の喫煙所を設置した。同市は2019年に駅前に唯一あった喫煙所を廃止したものの、路上喫煙や吸い殻のポイ捨ての増加といった悪影響に加え、喫煙場所を求める観光客などからの要望が相次いだことにより、このたび喫煙所の設置を再開した。
さらに大阪市では、来年の大阪・関西万博の開催に向けた市内全域における路上喫煙禁止の実施に合わせ、市内に120ヵ所もの喫煙所を新設する計画を立てている。
とはいえ、実は喫煙所の設置は簡単なことではない。その理由について、喫煙所の企画・運営によって受動喫煙やポイ捨てなどの社会課題解決に取り組む「株式会社コソド」の代表である山下悟郎氏はこう語る。
「屋外に喫煙所を設置するためには、受動喫煙対策のために人流が少ない場所である必要があります。しかし、たくさんの人が行き交う場所にこそ喫煙所のニーズはある。そのため、近年では屋内型の喫煙所が主流になりつつあります。ところが、この設置には費用の問題がつきまとうのです」
2020年に改正健康増進法が施行されてから、受動喫煙対策にまつわるルールは厳しくなった。特に屋内型喫煙所の設置ハードルは高く、たばこの煙が室内から流出しないように壁や天井でスペースを仕切るだけでなく、たばこの煙が十分に排気されるようにも定められている。
換気のために最新の空気清浄機や空調設備の設置も必要になるのだ。それら設備投資と工事費用に高額のコストがかかる。排気ダクトの有無など設置場所の条件によって、「500万円から2000万円」(山下氏)と幅はあるものの、かなりの負担であるのは間違いないだろう。
「設置後もランニングコストとして清掃の人件費、水道光熱費などが必要です。喫煙所の設置は『灰皿を置いて終わり』では済まないのです」(山下氏)
こうした費用の問題があることから、自治体は喫煙所の必要性を認識しながらも、なかなか新設に踏み切れない。そのため近年進んでいるのが、民間企業に対して喫煙所設置の補助金交付を行なう動きだ。
実際、先ほど例に挙げた鎌倉市では、この補助金制度を活用することで民間企業の協力を募った。そこに名乗りを上げたのが、まさに喫煙所をテーマにビジネスを展開しているコソドだったのである。
代表の山下氏が続ける。
「弊社は19年から喫煙所の企画・運営に特化した事業を行なっており、鎌倉市の以前にも東京や大阪などで喫煙所を運営していました。自治体の補助金を活用したケースも含めると、すでに全国の約60ヵ所で自社ブランドの喫煙所を運営しています」
同社が運営する喫煙所は「THE TOBACCO」というブランド名の下、従来のやや閉鎖的なイメージがある喫煙所とは異なり、カフェのようなモダンな空間づくりを特徴としている。
「愛煙家にとって快適な空間にすることで、彼らに喫煙所まで足を運ぶ動機をつくる狙いがあります。それが路上喫煙やポイ捨ての防止に最も効果的だと考えているのです」
同社には自治体や企業からの相談が年々増加しており、今年中には運営する喫煙所の数が100ヵ所に達する見込みだという。
ただ、ここでひとつ疑問が浮かぶ。正直、喫煙所の運営って儲かるんですか?
「ものすごく儲かるとは言えません(苦笑)。補助金だけで利益が出るわけではなく、喫煙所内のサイネージ広告や企業のサンプリングなどが主な収益源です。そうした収益化の活動が難しい自治体が喫煙所を運営するのは、確かに厳しいと思います」
では、なぜ今の事業を?
「身近な社会課題の解決に貢献するビジネスをしたかったんです。その中でもたばこは賛否両論あるテーマであり、大手が進出しにくい領域です。だからこそ、僕らが挑戦する意義はある。
喫煙者の数に対して喫煙所が少ない現状で、『喫煙は迷惑だからやめるべきだ』というだけでは、路上喫煙もポイ捨てもなくなりません。理想的な喫煙所のあり方を考え、実際に造っていくことは、少し大げさに言えば"社会の多様性"を実現することにつながっていくと思っています」
喫煙所を増やしていくことは喫煙者と非喫煙者の共存を考えていく上でも、とても重要なことなのだ。
1984年生まれ、岩手県出身。日本大学芸術学部映画学科卒業後、映画業界、イベント業などを経て、フリーランスのライターとして執筆活動を始める。ビジネス・カルチャー・広告・書籍構成など、さまざまな媒体で執筆・編集活動を行っている。著書に「売らずに売る技術 高級ブランドに学ぶ安売りせずに売る秘密」(集英社)。季刊誌「tattva」(BOOTLEG)編集部員。