2024年1月1日に発生した能登半島地震はマグニチュード7.6、最大震度7の巨大地震だった。「全国地震動予測地図」では、この地域が「今後30年以内に震度6弱以上の地震に見舞われる確率」は、0.1~3%程度と低かった 2024年1月1日に発生した能登半島地震はマグニチュード7.6、最大震度7の巨大地震だった。「全国地震動予測地図」では、この地域が「今後30年以内に震度6弱以上の地震に見舞われる確率」は、0.1~3%程度と低かった

「30年以内に南海トラフ地震の発生する確率は70~80%」。これはわれわれがよく目にする定説だ。しかし本当は20%で、この数値が意図的に高く出されたものだとしたら......。そこにはどんなカラクリや意味があるのか? この事実に迫った記者らに聞いた!

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■科学的根拠よりも防災意識を優先した!

「南海トラフでM8~9クラスの巨大地震が発生する確率は30年以内に70~80%」

これは政府の「地震本部(地震調査研究推進本部)」が発表しているデータだ。しかし、この数字は科学的根拠に乏しく〝水増し〟されたものだという。

『南海トラフ地震の真実』(東京新聞)の著者で、東京新聞記者の小沢慧一氏が語る。

「私が防災担当をしていた2018年2月に、南海トラフ地震の発生確率が『70%程度』から『70~80%』に少し上がりました。そこで、名古屋大学の鷺谷 威教授(地殻変動学)に注意喚起のコメントをもらおうと電話をかけたんです。すると『あの数字はえこひいきされて、水増しされたものです』と言うんです。

詳しく話を聞いてみると『南海トラフ地震だけ他の地域と計算式が違っていて、あえて予測数値を高く出している』『もし、他の地域と同じ計算式を使えば20%程度になる』『多くの地震学者はあの数値は科学的に問題があると考えている』とのことでした。

しかし、防災の専門家たちから『いまさら数値を下げるのはけしからん』と言われ『押し切られる形で70~80%になった』というのです。この話を聞いて私は仰天しました」

地震の発生確率の計算式は大きく分けてふたつあるという。ひとつが「単純平均モデル」で、もうひとつが「時間予測モデル」だ。鷺谷氏が解説する。

「日本はたくさんある活断層やプレートの沈み込み帯など、いろいろな所で大地震が繰り返し起こっています。

まず、その過去の大地震の発生履歴を調べます。まあ、過去といっても史料などからわかるのは、1000年くらい前までです。それ以前のことは地層などを掘り返して、地震が起きた痕跡などを調査します。すると『1000年前にここで大地震が起きた。その前は3000年前だ』という地震の繰り返しの履歴がわかる場合があります。

その履歴が複数回わかれば、その平均発生間隔を求めます。実際には、地震は必ずしも一定間隔で起こるわけではないのですが、単純化して平均の発生間隔を求めるわけです。そうすると、ここでは1000年に1回起きている。ここでは100年に1回起きているということがわかります。

そして、例えば100年に1回起きていたとすると、1年だとその100分の1ですから、地震の確率が一定だとすると、1年あたりの発生確率は1%になります。2年だと2%、3年だと3%、100年だと100%です。

地震は周期をもって起きると考える場合には、前の地震の発生直後は発生確率が低く、時間の経過に伴って確率が上昇します。いずれにしても、このような平均発生間隔に基づく計算モデルが『単純平均モデル』です。

しかし、南海トラフ地震の確率は、この単純平均モデルを使っていません。『時間予測モデル』を使っています。

南海トラフ地震が一番最近起きたのは1946年の『昭和南海地震』です。そのひとつ前が1854年の『安政南海地震』。その前が1707年の『宝永地震』。地震は同じ場所で繰り返す場合でもエネルギーが大きかったり小さかったりします。

放出したエネルギーが大きければ、それをためるまでに長い時間がかかりますし、小さければ短い時間でたまります。この放出したエネルギーに比例する形で、次の地震の間隔が決まるというのが『時間予測モデル』です。

すると、この時間予測モデルは地震のエネルギーがわからないと予測できません。南海トラフ地震で、その指数とされているのが、高知県・室戸岬にある室津港の隆起データです。

1月に発生した能登半島地震でも、海底活断層が最大約4m隆起しましたが、南海トラフ地震が発生すると、室津港の地盤が1mから2mくらい隆起することが知られていて、江戸時代から測定されていました。

宝永地震(1707年)の隆起量は1.8mで、次の安政南海地震(1854年)まで約150年かかりました。安政南海地震の隆起量は1.2mで、次の昭和南海地震(1946年)まで約90年でした。

そして、昭和南海地震の隆起量は1.15mなので、次の地震は88年後の2034年頃だろうという予測が成り立つのです。そこから、2013年に、30年以内に南海トラフ地震が発生する確率は60~70%(現在は70~80%)と発表されました。

ちなみに、単純平均モデルを使うと、南海トラフ地震の発生間隔は110年から120年で、30年以内の発生確率は20%程度になります」

他の地域と同じ計算式を使うと、南海トラフ地震の発生確率は70~80%から大きく下がって20%になるというのだ。では、なぜ南海トラフ地震だけ、この時間予測モデルを使ったのか。

「話は2001年に遡りますが、私たちが最初に海溝型地震の評価をしたのが南海トラフでした。そのときも単純平均モデルを使いましたが、それだと発生確率が20%程度になってしまいました。

一方で、時間予測モデルを使うともっと確率が高くなるという意見があったんです。当時は地震に対する警戒感を高めるという意味で深く考えずに時間予測モデルを使いました。

その後、2005年くらいまでかけて、関東や東北など他の海溝型地震の評価をしていくわけですが、結果的に時間予測モデルを使ったのは、南海トラフだけで、ほかは単純予測モデルだったということです。

そして、2011年の東日本大震災を受けて2013年に再評価が行なわれたときに『南海トラフ地震だけ違うモデルを使うのはおかしい。単純平均モデルにすべきだ』という意見も出てきましたし、時間予測モデルの信頼性に対する疑問の声も出てきました。

しかし、そうした意見は私たちよりも上位の会議の議論で、科学的根拠とは別に防災意識の啓発を優先するという理由で、従来の評価方法を踏襲する形に修正されていきました」(鷺谷氏)

■時間予測モデルの信憑性には疑問が!

小沢氏は、鷺谷氏から話を聞いた後、実際にどんな議論があったのかを議事録を取り寄せて確認している。

「文部科学省に分科会の議事録を請求して取り寄せたのですが、発言者の名前が黒く塗りつぶされていたんです。そこで、別の資料から会議の出席者の名簿を調べて、順番に電話をかけていきました。『こういう発言がありますが、誰が言ったか覚えていますか?』などと聞くと『それはたぶんA先生じゃないかな』。

そして、A先生に連絡をして『A先生はこういう発言をしていますよね』などと尋ねると『それは私ですね』と言う人もいれば『昔のことはあまり話したくない』と断る人もいました。中には『ついにその話にたどり着きましたか』と自ら話し始めてくれる人も出てきました。

そうして、いろいろ話を聞いていくと、2001年に発表された評価のときは『単純平均モデルだと確率が低いから切迫度が伝わらない。時間予測モデルを使えばもっと高くなるから検討し直してくれ』という話し合いが行なわれていました。

また、2013年の評価のときは、学者の方々から『時間予測モデルには問題がある』という声が多く、『単純平均モデルの確率を出したほうがいい』という意見が主だったのですが、政府合同部会で防災側から『確率を下げられたら困る』『今までと言っていることが違うじゃないか』と猛反発され、押し切られた形になっています」

学者たちが「時間予測モデルには問題がある」と言ったのは、どういうことなのか。

「2013年に、当時の京都大学防災研究所の橋本学教授(現・東京電機大学特任教授)が、時間予測モデルの矛盾を指摘していたんです。時間予測モデルは隆起した分だけ、沈降すると地震が発生するというモデルです。

そして、室津港は年に13㎜のペースで沈降しているという計算に基づいて説明されています。しかし、国土地理院が測量した室戸岬のデータでは、沈降速度は年に5~7㎜のペースなんです」(小沢氏)

その橋本氏が説明する。

「室戸岬の先端にある国土地理院の水準点は、昭和南海地震でだいたい110㎝以上の隆起をしましたが、その後、年7㎜の割合で沈降しています。この数値を使うと、昭和南海地震前のレベルに達するには150年程度かかる計算になり、1946年に150年を加えると2100年頃になります」

そうなると、南海トラフ地震の発生確率も低くなるはずだ。また、時間予測モデルには、もうひとつ問題があると小沢氏は言う。

「時間予測モデルの元データとなっている室津港の隆起量の信憑性に問題があるんです。1980年に東京大学の島崎邦彦名誉教授が発表した時間予測モデルのデータは、旧東京帝国大学の今村明恒教授の論文が原典になっています。今村氏が室戸市を訪れたときに江戸時代の古文書を見つけ、そこに記されていた室津港の水深から隆起量を計算したといいます。

そこで私は、その古文書を見に行くと、水深は書かれていたものの、測量方法や測量日時、測量場所などは書かれていませんでした。

一方で、港ではほぼ毎年、数千人規模の労働者が工事をしていたと記されています。残念ながらなんの工事かは書かれていませんでしたが、地震で隆起すると水深が浅くなるので、そのたびに港を掘り下げていた可能性もあります。

さらに、隆起量を測った尺の長さが、当時、全国と地方では違っていたんです。どちらを使っていたのかもわかりません。こうなるとデータとしてはかなり怪しい。

そうなると、時間予測モデルで出した南海トラフ地震の発生確率70~80%というのは、かなり問題のある数字です」

高知県室戸市にある室津港は、江戸時代に荒磯を掘り込んで造られた港。その後も拡張工事が行なわれていたという。南海トラフ地震の発生確率を求めるために使ったデータは、この港の古い測量資料らしい 高知県室戸市にある室津港は、江戸時代に荒磯を掘り込んで造られた港。その後も拡張工事が行なわれていたという。南海トラフ地震の発生確率を求めるために使ったデータは、この港の古い測量資料らしい

ただ、あえて反論をするならば、発生確率を高くして、防災意識を高めるのは、科学的根拠は乏しくとも、それほどデメリットになることではないのではないか。

鷺谷氏が答える。

「地震本部は『全国地震動予測地図』を発表しています。そこには『今後30年以内に震度6弱以上の揺れに見舞われる確率』が色分けされています。そして、確率が非常に高い場所として南海トラフ沿いや首都圏などが示されています。

これを詳しい説明なしに見てしまうと、南海トラフや首都圏から遠い色の薄いところは、安全な地域だと受け取ってしまいます。

今年、震度7の地震が発生した能登半島は、今後30年以内に震度6弱以上の揺れに見舞われる確率は0.1~3%でした。そのため家屋の耐震化率は全国平均と比べると低く、被害が大きくなってしまったのではないかと思います。

ある地域の危険性を強調することが、周りの地域に対する安全情報と受け取られてしまうことが大きな問題だと思っています」

小沢氏も同意見だ。

「『全国地震動予測地図』は、どう見ても『南海トラフ地震に気をつけろ』と表現している地図です。南海トラフ地震に気をつけることも大事ですが、同時に他の地域も地震には備えなくてはいけません。

ですから、私は『全国地震動予測地図』を発表するのをやめたほうがいいと思います。日本はどの地域でも地震が起こる可能性があるのですから」

3.11から13年が過ぎた。今、千葉県東方沖では群発地震が起こっている。

日本に住んでいる限り、地震はいつどこで起きてもおかしくない。それは、発生確率が20%になった南海トラフでも、発生確率が0.1%未満と示された地域でも同じだ。だからこそ、巨大地震への十分な備えをしてほしい。

「東京新聞」記者・小沢慧一 1985年生まれ。2011年「中日新聞(東京新聞)」入社。20年に中日新聞の連載「南海トラフ80%の内幕」で科学ジャーナリスト賞を受賞。23年『南海トラフの真実』(東京新聞)で第71回菊池寛賞を受賞 「東京新聞」記者・小沢慧一 1985年生まれ。2011年「中日新聞(東京新聞)」入社。20年に中日新聞の連載「南海トラフ80%の内幕」で科学ジャーナリスト賞を受賞。23年『南海トラフの真実』(東京新聞)で第71回菊池寛賞を受賞