ひとりの女性が一生の間に産む子供の人数を示す「合計特殊出生率」。現在、日本はその指標で1.26(2022年)という過去最低の数値だ。だが、少子化という超難問に苦しんでいるのは日本だけではない。それどころか、この指標で1を切る日本より深刻な国・地域がアジアにはあるのだ。
移民のことを考慮に入れない、という前提があるが、「このままだと、俺たちの国(地域)は消えるかも?」という危機感を彼らは抱き始めている。少子化を巡る、それぞれの"ならでは"な実情に迫った!
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■50年で日本人が4400万人減る?
昨年生まれた赤ちゃんの数は72万6000人。大手シンクタンク「日本総研」が、日本人の出生数が統計開始以来、最低を記録したとの推計を公表したのは今年2月のこと。
ひとりの女性が一生に産む子供の数を示す「合計特殊出生率」(以下、出生率)も、2022年は1.26と過去最低を記録した。
「厚労省は70年の総人口を8700万人と予測しています。とはいえ、この数字は現状より高めの出生率1.36で推移する希望的観測。このまま出生率が上向かなければ、8000万人割れは現実的です」(シンクタンク研究員)
現在、日本の総人口は1億2435万人(23年)。それから50年ほどで4400万人減ってしまうかもしれないわけだ。
だが、人口減に戦々恐々としているのは日本だけではない。台湾、シンガポール、香港、韓国は日本よりさらに深刻な出生率の低下に苦悩している。というわけで、それぞれの少子化の現状、原因、対策などを調べてみた。
■シンガポール 出生率は下がったが総人口は増えている
まずは23年に出生率0.97を記録したシンガポールから。人口592万人(23年)の小さな都市国家なので、わずかな人口減でも国勢の衰退につながる。
それだけに政府の危機感は大きく、今年2月の春節ではリー・シェンロン首相が「辰年生まれの赤ちゃんは縁起が良い。今年こそ若い夫婦が小さな竜を家族に迎える絶好のチャンス」と、国民に子づくりを呼びかけた。
マレーシアに10年以上の滞在経験があり、隣国のシンガポールの事情にも詳しいライターの森純氏によれば、出生率低下の原因は①家賃、教育費高騰による子育て費用の上昇、②共働きが多く、仕事と育児の両立が難しいこと、③コロナ禍で結婚を延期したカップルが多かったことの3点だという。
「とにかく家賃が高い。3ルームアパートで月22万~29万円、セキュリティ付きの高級物件だと40万~70万円はします。教育費も高く、多くの家庭が収入の20%以上を子供に費やしているという調査もあるほど。
これでは子供のために永遠に稼ぎ続けなければならないと、子供を持つことを無期限延期しているカップルが続出しているんです」
現在、シンガポール政府は「ベビー・ボーナス」制度(新生児の親に現金をプレゼント)を実施しており、第1子出産につき最大で総額1万4000シンガポールドル(約160万円。4月17日現在。以下同)、第2子以降はひとり出産ごとに総額1万6000シンガポールドル(約180万円)を給付している。
そのほかにも安価な公営住宅の優先割り当て、不妊治療支援、メイド雇用税の軽減、育休の16週延長(父親は4週)など、支援メニューがめじろ押しだ。ただ、それでも出生率が上向く気配がない。
「シンガポールの人々は子供時代から勝つこと、優位に立つことを期待され、果てしない競争を強いられている。そんな人々、特に女性にとってキャリア中断のきっかけになる出産、子育ては割の合わない行為になっているのでしょう」(森氏)
ちなみにシンガポールの総人口は約592万人で、22年の563万人から30万人弱増加している(+5%)。
「シンガポールでは外国人の受け入れを積極的に進めていまして、それが出生率の低下をカバーした結果として、総人口増となりました」(森氏)
■台湾 「卵子冷凍補助」は出産率改善につながるか
次は出生率0.87の台湾。23年の出生数は13万5571人に対し、死亡数は20万5368人で、約7万人の自然人口減となっている。
出生率低下の原因はシンガポール同様、住宅難や教育費高騰などで結婚、出産を諦める人が多いため。台湾内政部によれば、台湾全体の平均初婚年齢は男性32.6歳、女性30.7歳(日本は男性31.1歳、女性29.4歳)。特に人口密度の高い台北では男女平均33.2歳と晩婚化が著しい。
台湾在住20年の貿易コンサルタント、河浦美絵子氏が言う。
「同僚の台湾女性で結婚しない人が多い。仕事が充実しており、マンションを持ち、不自由なく暮らしている。結婚してその自由を失うことが怖いという声をよく聞きます。
台湾では『嫁』という観念が根強く、嫁ぎ先の家族行事参加や義理の両親の介護も求められる。だから、結婚は損だというのです。これでは子供が増えるはずがありません」
台湾政府は18年に「我国少子化対策計画書」、21年に「0~6歳国家共有政策」を導入し、幼児に月額7000~1万3000台湾ドル(約3万3000~6万2000円)の保育費補助を次々と拠出しているが、なかなかめぼしい効果は出ていない。
そんな中で昨年から台湾の一部都市で始まった不妊対策が「卵子凍結補助」だ。卵子凍結とは、将来の妊娠・対外受精に備えて、若いうちに卵子を採取、凍結保存しておくこと。
女性がキャリア維持か出産かの「残酷な二者択一」を迫られることなく、保存した卵子で望んだ時期に出産することができる。台湾では昨年から台北市、新竹市、桃園市の3市が卵子凍結を希望する女性に補助金を支給している。
都市によって支給の条件や、その額は異なるが、新竹市では検査、卵子凍結、凍結した卵子の管理費などそれぞれに補助金が発生し、最大で総額3万1000台湾ドル(約14万8000円)までもらうことができる。
「現地の報道によると、新竹市では昨年5月からの9ヵ月間で889人の卵子凍結制度への申請があり、補助を受けた90%の女性がこの制度への支持を表明しています。一方でこの制度には『女性に遅い結婚、出産を促し、結果的に出生率を悪化させる』といったような反対意見も多く、議論が続いています」(河浦氏)
日本でも不妊治療の一環として昨年10月から全国で初めて東京都が卵子凍結助成金の支給(最大30万円)をスタートしたが、本格導入はこれからだ。台湾の知見は参考になるはず。
■香港 自由を求めて中国から逃亡し......
3番目は出生率0.77(21年)の香港だ。
香港の少子化の要因はシンガポールと似通っている。1㎡当たり人口6793人(日本は333人)と桁違いに高い人口密度とあって住宅不足が常態化し、海外マネーによる投機の対象になって久しい。
当然、家賃もバカ高く、香港事情に詳しいライターの野間あみこ氏によれば、香港の平均的な家賃は36~40㎡の築40年アパートで月30万円前後が相場という。
「住宅不足の香港では結婚しても狭いアパートに親や兄弟と同居するケースが多い。家は眠るためのスペースで、リラックスの場所ではない。甘い新婚生活なんてありません。
また、投機対象として頻繁に売買されてオーナーが代わるので、その意向により突然、退去を迫られることも日常茶飯事。このように香港では物理的、経済的、精神的に窮屈なアパートライフを強いられ、しかも生活費も高い。
そのため、若い人が結婚、出産に明るい未来をイメージできないんです。こうした現状が出生率の低下に影響しています」(野間氏)
さらに中国本土からのプレッシャーもある。
香港がイギリスから中国に返還されたのは97年のこと。当時、中国政府は「香港の自治と自由、民主主義制度を尊重する」と一国二制度の継続を約束していたが、習近平政権になって様変わりした。
「中国政府は香港の自治権制限に乗り出しました。特に20年に制定された国家安全維持法では外国勢力との共謀や分離が重大犯罪と規定され、選挙には中国政府に忠実な人間しか立候補できないなど、政治的な緊張が生み出されてしまった。
そのため、多くの香港市民、しかも現役世代が自由な政治空間や安定した生活を求めて、海外へと大量に流出。その数は21年からの1年間だけで11万3200人になり、香港の現役世代の減少は、すなわち出生数減の加速につながっています」(香港の政治事情に詳しい全国紙記者)
ちなみに香港でも23年に新生児ひとり当たり2万香港ドル(約400万円)の支給など、さまざまな子育てメニューが打ち出されたものの、現在までのところ効果が上がらずにいることは言うまでもない。
■韓国 "非婚宣言"がブームになる国
最後は先進国の中で最も低い出生率として知られる韓国。その数値は0.72(23年)と際立っている。一極集中が進む首都ソウルにいたっては0.55で、同じような状況の東京が1.04(22年)であることを見ても異次元の低さだ。韓国紙東京特派員が言う。
「来年は0.6台に突入するだろうといわれています。昨年の出生数はわずか23万人で、50年後の総人口は現在の5156万人から2500万人前後に半減する見込みです。このままでは将来的に軍隊を維持できなくなるのではないか、ともいわれていて、やがて北朝鮮の〝物量〟が脅威になる日が来るかもしれません」
ちなみに北朝鮮の出生率は1.81(21年、以下同)で総人口は2597万人と韓国の半分ではあるが、その差は少しずつ縮まっている。
韓国はこれまで4次にわたる「低出産高齢社会基本計画」(5年ごとに策定)を打ち出し、月最大300万ウォン(約33万円)、基本給3ヵ月分を100%補填する「パパ育児休業ボーナス制度」、新婚向け住宅整備、子育て世帯への苗木や図書券プレゼントなど、総額31兆円もの予算をつぎ込んで結婚、出産を増やそうと政府が努力してきた。だが、その成果は......(以下略)。
もはや、韓国民もいろいろ諦めているような感じだ。
「昨年話題になったのが、愛犬を乗せて散歩するペットカートの売り上げがベビーカーの売上台数を上回ったというニュース。多くの人が赤ちゃんではなく、ペットを育てているんです」(東京特派員)
そんな国でちょっとした流行になっているのが非婚宣言イベントだ。周囲からの結婚圧力から解放されたいという独身者がパーティを開き、そこで非婚宣言をぶち上げるというものだ。東京特派員が続ける。
「深刻な住宅難、就職難、物価高騰で韓国ではとても結婚なんて無理、まして出産なんてと、はなから放棄している。
なのに、周囲からは早く結婚しろと迫られる。だったら、いっそのこと堂々と非婚を宣言して、子なし、夫(妻)なしの独身ライフをエンジョイしようと、非婚宣言イベントがあちこちで開かれているんです」
こうした動きを受け(?)、韓国では少子化対策の大きな転換が叫ばれているという。
「結婚できた人々よりも、むしろ結婚できずにいる非婚組を支援し、そのワークライフバランスを改善して結婚しようと思ってもらうことが、少子化対策として有効と考える人が増えている。
こうした変化を企業も敏感に察知し、目ざとい企業では非婚社員に特別の有給や手当、さらにはペット飼育援助金やルームクリーン費用の全額支給といった福利厚生策を打ち出しています」(東京特派員)
婚姻者をことさら優遇するのではなく、非婚者に無理やり結婚を促すのでもなく、まずは非婚者の生活のクオリティ改善から少子化対策を始める――意外と理にかなった考え方かもしれない。
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さて、これらの国・地域と比べれば、出生率1.2台をキープしている日本はまだまだましなように見える。
だが、前出の東京特派員はこう言う。
「韓国は23年の総人口は5156万人で、死亡数は約35万人でした。一方、高齢化が進んでいる日本では昨年に約159万人が死んでいます。韓国は日本ほど高齢化が進んでおらず、総人口の減少スピードは日本のほうが速いんです。このことは覚えておいたほうがいいですよ」