「父親から息子への手紙」という体裁の本は世界中に数知れず。もちろん「君のために」という大義名分が掲げられてはいるが、その深層心理はいかに? 「父親から息子への手紙」という体裁の本は世界中に数知れず。もちろん「君のために」という大義名分が掲げられてはいるが、その深層心理はいかに?
あらゆるメディアから日々、洪水のように流れてくる経済関連ニュース。その背景にはどんな狙い、どんな事情があるのか? 『週刊プレイボーイ』で連載中の「経済ニュースのバックヤード」では、調達・購買コンサルタントの坂口孝則氏が解説。得意のデータ収集・分析をもとに経済の今を解き明かす。今回は「父親と息子の関係」について。

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経済評論家として高名な山崎元(はじめ)さんが2024年の元日に食道がんで鬼籍に入られた。長期的な人生を考え、全世界インデックス投資を勧めてきた山崎さんの人生が65年間の短さだったのは皮肉か。ショックだった。広い意味では似た経済関連の仕事をしているからというだけではない。実は、山崎さんの著書『僕はこうやって11回転職に成功した』を読んで衝撃を受け、初の転職を決意した経験があるからだ。私の転機になった。

山崎さんは最後の書き下ろしとして『経済評論家の父から息子への手紙:お金と人生と幸せについて』を上梓(じょうし)された(不謹慎だが、逝去後で話題になり大変に売れている)。予約し、すぐさま読んだ。感動的だった。山崎さんらしいウィットにも富んでいる。そして私はこうも考えた。「なぜ父親たちは、息子に手紙を書きたがるのだろうか」と。

父親が息子に手紙を書き、人生を語るというジャンルがある。もっとも有名なのは現在、株式会社刀(かたな)でイマーシブテーマパークを運営する森岡毅(つよし)さんの『苦しかったときの話をしようか』だろうか。サラリーを得るのではなく、株式市場からの恩恵を受けるよう勧めるのは山崎さんとの共通点だ。また、人生を戦略的に考えることや、子どもと自分を対等に位置づけて接している文体にも類似性があるように思う。

もし私と同世代か上の方なら、あの城山三郎さんが訳したキングスレイ・ウォード『ビジネスマンの父より息子への30通の手紙』を思い浮かべるだろう。簡単にいえば、甘やかしてきた息子が実社会に出て、自分の会社に入社してから経営を引き継ぐまでの約20年のあいだにしたためたアドバイス集だ。会社のカネで無駄遣いするなとか、結婚相手はまずまずの美人を選べとか、みみっちかったり、現代的にはどうかと思ったりもするが、全体的には子ども想いの良い父親である印象は受ける。

ほかにも、このジャンル本は検索するといくらでも出てくる。私が薦めたいのは、アメリカの伝説的マーケッターであるゲイリー・ハルバートが書いた『The Boron Letters』(未邦訳)。キャッチコピーの卓越さと通信販売で巨万の富を得た著者は、宣伝広告で恋人を募集したことでも有名だ。その後、詐欺罪で一時ボロン連邦刑務所に入った際、持て余した時間を使って、それまでのノウハウや仕事への姿勢をまとめた子どもへの文章を書いたのが同書だ。がんばって探せば、ウェブでも翻訳して読める。ビジネスの発見方法から人生哲学まで、子どもたちに、あまりに具体的に手法を伝授する文章は印象的で役に立つ。

ここで考察。母親は子どもたちと日常的に対話をしており、あらためて人生訓を語る必要性はないかもしれない。父親が手紙の形式を取るのは日頃の対話の欠如なのかもしれない。そして、手紙で息子に「俺を目指せ」といいたいのは間違いない。

もうひとつ、一連の書籍を読んで私が感じたのは、父親が自分自身を肯定するために書かれている点だ。子どもへの手紙の形式を取りながら、「自分の人生は間違っていなかった」と自己催眠をかけている。なるほど、それなら読者が子ども側ではなく父親側であることも理解できる。そして、そんな父親らを私は可愛らしいと思う。

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坂口孝則

坂口孝則Takanori SAKAGUCHI

調達・購買コンサルタント。電機メーカー、自動車メーカー勤務を経て、製造業を中心としたコンサルティングを行なう。あらゆる分野で顕在化する「買い負け」という新たな経済問題を現場目線で描いた最新刊『買い負ける日本』(幻冬舎新書)が発売中!

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