北京市内の映画館に掲示された映画『君たちはどう生きるか』のポスター 北京市内の映画館に掲示された映画『君たちはどう生きるか』のポスター

『君たちはどう生きるか』が中国で記録的なヒット! 本邦では昨年に公開され宮﨑駿監督の新作ということで話題になったが、中国では"日本超え"な盛り上がりらしいのだ。中国人のちょっとゆがんだ(?)作品解釈と共にその理由について迫った。

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■中国の大人に「刺さる」作品

今年3月に米アカデミー賞の長編アニメ賞を受賞した、宮﨑 駿監督の映画『君たちはどう生きるか』(以下『君たち』)が、中国で大ヒットを記録している。

日本での公開から約9ヵ月遅い4月3日の封切り後、1ヵ月間で興行収入が約7.78億元(約166.8億円、5月7日現在)に達したのだ。

過去、中国で最も成功した日本アニメは、昨年公開された『すずめの戸締まり』(新海誠監督)の約8.07億元(約173億円)で、『君たち』がこの記録を塗り替える可能性は高い。

しかし、不思議なことがある。『君たち』の日本での興行収入は約90.8億円。これは往年の大作『千と千尋の神隠し』の3分の1以下で、ジブリ作品としては少しさみしい数字だ。また、日本では初週こそランキング1位だったものの、その後の失速も比較的早かった。

中国における『君たち』は、興行面では明らかに日本よりもアツい。この謎の理由に迫った。

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82歳(公開当時)の宮﨑 駿が紡いだ『君たち』のストーリーは、正直言ってやや難解である(以降、作品のネタバレ注意)。

実母を亡くし、義母(母の妹)との関係に悩む主人公・眞人は、言葉をしゃべる青鷺に導かれ、森の中の塔から異世界に向かう。そこはさまざまな精霊が暮らす世界だった。眞人は魔法使いの美少女・ヒミと出会い、異世界にとらわれた義母を助けるため、塔の主である大伯父と会う――。

なお、ヒロインのヒミは実は若き日の実母。加えて作中で〝とらわれの姫〟のポジションは妊娠中の義母だ。

宮﨑駿は自身の病弱だった母親に強い思い入れを抱いており、本作は彼の人生観が濃厚に反映されている。

ただ、中国では「よくわからなかった」という声が少なくない。

中国の映画レビューサイト『豆瓣』の評点は7.6点(10点満点)と、人気作としては低い数字だ(直近の人気作『オッペンハイマー』は8.8点。かつて中国でも社会現象になった『君の名は。』は8.5点である)。

ジブリ作品はほぼ全作見ている大ファンだという、北京のメディア業界出身の陳氏(46歳)はこう話す。

「終盤でヒミが『あなたの母親になるなんてすてき』と主人公に語ったシーンは感動した。でも、万人受けしないのは理解できる。僕自身、黒澤明の『夢』(難解で知られる晩年の作品)みたいな作品だと感じたよ」

興行的成功を収めた一因は、中国における巧みな広告戦略もあるという。

現地の広告業界で働く日本人駐在員の山本氏(仮名、40代)は言う。

「『君たち』は日本初公開の際、封切りまで情報をほぼ出さずに観客の渇望感をあおる戦略が取られました。半面、中国では『宮﨑駿の人生最後の作品』という側面が強調されたんです」

本作のタイトルは英語圏では『青鷺と少年』だが、中国では『想活出怎様的人生』(君はどんな人生を生きるか)だ。宣伝ポスターのデザインも哲学的な雰囲気が強調されている。

中国版の宣伝ポスターのうちのひとつは「人生の選択」を思わす哲学的なビジュアルになっている 中国版の宣伝ポスターのうちのひとつは「人生の選択」を思わす哲学的なビジュアルになっている

近年、ゼロコロナ政策の失敗や景況の悪化で社会への不安感が高まる中国の大人には「刺さる」方向性だ。もともと中国でのジブリ作品は、おしゃれなカフェで久石譲のBGMが流れるなど、大人向けでやや知的なイメージを持たれている。

「中国でジブリ作品が正式に映画館で上映されたのは2018年の『となりのトトロ』が初で、最近になってからなのですが、過去には海賊版で広く視聴されてきた。往年のファンが購買力のある大人になり、見に来ているのです」

現地の広告会社に務める李氏(30代)は言う。本作は中国公開の直前にアカデミー賞を受賞したため、権威好きの中国人に向けてそうした面も強調された。

今春の中国の映画は、ほかに面白そうな作品が少なく、結果的に『君たち』が選ばれた面も大きいようだ。

「公開時期を吟味した面も含めて戦略でしょう」(李氏)

■「暗い海の描写は○○の隠喩」。中国人的な作品解釈

『君たち』を中国人はどのように見たのか。調べてみると〝独自解釈〟も目立っていた。

現地のレビューサイトで多いのが、作中から〝反戦〟の主張を読み取る声だ。これは党中央の影響が強い現地紙『環球時報』でも言及されているため、「政治的に正しい」見解でもある。

理由はさまざまだ。まず、舞台が戦時中で、主人公の父は軍需産業に関与しているが、主人公がそこから背を向けていること。

さらには、作中でペリカンに食べられてしまう精霊「ワラワラ」は、日本の植民地にされた朝鮮などのアジア諸国の隠喩であるとか、終盤に世界を破壊する人物「インコ大王」は、ヒトラーや日本の軍国主義者の隠喩だといった深読みも、かなり多く見られる。

中には、作中での暗い海の描写が、中国で昨年の夏に世論の大きな反発を招いた福島第一原発の処理水放出と海洋の荒廃を示しているという、トンデモ主張もあるほどだ(作品の制作段階では処理水放出は始まっていなかったのだが......)。

「近年の中国の政情では、日本のものをホメるのは憚られる。なので、ことさらそうした要素が強調されるのでしょう」(前出、陳氏)

さておき、鑑賞後にさまざまな解釈を論じたくなるほど、インパクトの強い作品なのは確かだ。同作の中国における興行収入は今後どこまで伸びるのか、引き続き注目である。

安田峰俊

安田峰俊やすだ・みねとし

1982年生まれ、滋賀県出身。ルポライター。中国の闇から日本の外国人問題、恐竜まで幅広く取材・執筆。第50回大宅壮一ノンフィクション賞、第5回城山三郎賞を受賞した『八九六四 「天安門事件」は再び起きるか』、第5回及川眠子賞を受賞した『「低度」外国人材移民焼き畑国家、日本』(KADOKAWA)など著書多数。新著『中国ぎらいのための中国史』(PHP新書)が好評発売中

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