松嶋洋まつしま・よう
元国税調査官、税理士。2002年東京大学卒業。金融機関勤務を経て、東京国税局に入局。2007年に退官した後は税理士として活動。税務調査対策のコンサルタントとして、税理士向けセミナーの講師も務める。著書に『押せば意外に税務署なんと怖くない』(かんき出版)ほか多数
大阪府の吉村洋文知事は、オーバーツーリズム(観光公害)対策のため、府内に宿泊する外国人観光客に一定額の負担を求める「徴収金」制度の創設を検討すると表明した。国際博覧会(大阪・関西万博)が開幕する2025年4月の運用を目指し、導入されれば日本初となる。しかし、「外国人差別にあたる」「観光誘致政策に矛盾する」といった反対意見も多い。徴収金制度の是非について、元・国税調査官の松嶋洋氏に話を聞いた。
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昨年5月に新型コロナウイルスの感染法上の位置づけが5類に移行したことや、円安によって日本観光が割安になったこともあり、現在、府内への外国人観光客は新型コロナウイルス感染拡大前の水準を超えたそうです。さらに、2025年の国際博覧会では約350万人もの外国人観光客の来場が見込まれています。
インバウンド需要の回復はたいへん喜ばしいことですが、一方で外国人観光客の増加による混雑や騒音、マナー違反といったオーバーツーリズムも顕在化。地域住民の生活に悪影響を与えるなど、問題視されています。
オーバーツーリズム対策は日本だけでなく世界でも喫緊の課題となっており、バリ島を抱えるインドネシアのバリ州や、「水の都」として知られるイタリアのベネチアでも試験的に徴収金制度が導入されました。
観光地の整備や美化には、当然それなりのコストがかかります。徴収金制度を導入してオーバーツーリズム対策費に充(あ)てるのは、きわめて妥当な政策ではないでしょうか。私はおおいに賛成です。
こうした新制度の導入が検討された際には、必ず慎重意見が出ます。現在、もっとも憂慮されているのは「外国人だけから徴収するのは差別ではないか」ということでしょう。
現在、大阪府をはじめ東京都や京都市など9つの自治体が、観光の振興やインフラ整備などに使われる「宿泊税」を導入しています。法定外目的税なので制度内容は各自治体によって異なりますが、たとえば大阪府の場合、府内のホテルなどに宿泊する観光客に対し、金額に応じて100円から300円を徴税しています。
とはいえ、宿泊税は国籍に関係なくすべての観光客を対象としています。外国人観光客だけから徴収する制度は前例がないため、租税条約が定める「国籍無差別」の規定に反するのではないかと危惧されているわけです。
しかし、私はそうは思いません。そもそも租税条約とは、所得税や法人税に対する二重課税を防ぐためのものであり、宿泊税などの間接税には適用されません。間接税は基本的に各国の取り決めによって自由に行使してもよいものであり、宿泊税にいたっては各自治体に判断が委ねられている法定外目的税なのでなおさらです。このことから、徴収金制度の是非を語るにあたって租税条約の規定を持ち出すのは、少々ナンセンスかと思います。
とはいえ、たしかに税の基本は均一な課税であり、外国人観光客だけに課税するのは私にも違和感がないわけではありません。ただ、酒税やたばこ税だって厳密には公平ではありませんよね? お酒を飲む人、たばこを吸う人「だけ」が負担しているわけです。また、今回の制度は徴収「税」ではなく、徴収「金」です。あくまでも大阪府が定めたいち制度だと考えれば、なんら不自然ではありません。
もちろん、すべての外国人観光客が街を汚しているわけではありません。しかし、現実としてオーバーツーリズムが起こっているのも事実です。そのためにかかる清掃費や原状回復費を外国人観光客から徴収するというのは当然のロジックであり、外国人差別にはあたらないと考えます。
それに、吉村府知事は徴収額について宿泊税と同程度になるとも述べています。金額の問題ではないかもしれませんが、1人数百円から数千円の話なのです。
また、「観光誘致政策に矛盾する」という声もあがっているようです。しかし、たとえば自宅に人を招いたとして、その人が家のものを壊したら弁償してもらいますよね。「誘致すること」と「オーバーツーリズム対策費を徴収すること」は、決して矛盾したことではありません。
なかでも、訪日外国人向けの消費税免税制度との整合性を持ち出す人もいるようですが、消費税免税制度は輸出に関する制度であり、徴収金制度とはまったく別の次元の話です。
外国人の消費税を免税する理由は、二重課税を防ぐためです。消費税の課税は原則として国内で行われる商品の販売やサービスの提供に対して行われるものであり、輸出に対して消費税を課税するのは適当ではありません。そこで、「輸出の場合については消費税を0円課税します」という仕組みが消費税免税制度なわけです。
国内で消費される分については当然消費税が課税されますし、そもそも「免税店があるから日本観光に来てよ」という趣旨の制度ではないのです。
とはいえ、徴収金制度についてはまだまだ議論の途中です。これからの制度設計を見たうえで、あらためて内容を検討する必要はあると思います。徴収金制度の存在による日本観光へのマイナスの影響もゼロではないでしょうから観光業界からの反発はあるでしょうし、外国人観光客への説明、導入に際するシステムの整備などやるべきことは山積みです。
要は観光業界への影響とオーバーツーリズム対策とのバランスをいかに取れるかが大切であり、最終的には吉村府知事がどれだけきちんと説明責任を果たせるかにかかってくると思います。
もしもこの徴収金制度がうまくいけば、今後は東京や京都など、外国人が多いところでは実施を検討する自治体も追随するのではないでしょうか。
元国税調査官、税理士。2002年東京大学卒業。金融機関勤務を経て、東京国税局に入局。2007年に退官した後は税理士として活動。税務調査対策のコンサルタントとして、税理士向けセミナーの講師も務める。著書に『押せば意外に税務署なんと怖くない』(かんき出版)ほか多数