友人に誘われてマタギとの飲み会に参加した大滝ジュンコさんは、山の暮らしの面白さに惹かれ、新潟県村上市の山熊田という山あいの集落に移住した。
『現代アートを続けていたら、いつのまにかマタギの嫁になっていた』を読むと、薪割り、クマの巻き狩り、鮎かき、山菜採り、機織りなど、今も山と共に生きる人々がいることに驚かされる。大滝さんにマタギの村の魅力を聞いた。
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――もともと山の暮らしに興味があったのですか?
大滝 取り立てて山が好きだったわけではなく、山熊田の人の生きざまが強烈だったんです。
私は埼玉生まれなんですけど、町では人間がつくった社会構造の中にいるから、人間本位の便利な暮らしが当たり前ですよね。それが山熊田では人間が一歩引いて自然の中に間借りしてるような暮らし方なんですよ。
例えば、明日の仕事を前日に決めていたとしても、そのとおりになったことはほぼありません。朝起きて、「今日は天気がこんな感じだから、ちょっと山をのぞいてくる」みたいに、スケジュールが天気次第、山次第。
村のみんなは自然を凝視して、それに合わせて行動するんです。畑の土を起こす時期も空気のぬるみを感じて決めています。
――そんな山熊田の暮らしのどこに魅力を感じていますか?
大滝 知らないことが多すぎるので、暮らす時間が長くなるほど、経験すればするほど、だんだん解像度が上がってくる感じが面白いですね。窓から見える景色は同じはずなのに、雲とか霧、川の水量も毎日違うんです。
「シジュウカラの群れがいなくなったな」「ハナバチが飛んでるぞ」とめまぐるしく変わる。ここに来て10年目ですが、こんなにずっと新鮮な土地もあんまりないだろうなと。
――一年の仕事で特に好きな作業を教えてください。
大滝 一番好きなのは、「羽越しな布」という布の仕込みで、原料の樹皮を川で洗う工程です。暑くなり始めた7月頃なので、仕事と称して水遊びをしているくらいの楽しさ。あと、田起こしと代かきは「春が来たぞ」と生き物を叩き起こしてる感じがして好きですね。
山あいの田んぼだから、木の上のタカとか水辺のオシドリとか、毎年巣を作りに来るサシバとか、野生動物がすごく近くにいるんです。ポツンと私だけが耕運機に乗っていて、その空間をひとり占め。ご褒美タイムですね。
――山熊田の方言や言葉で好きなものはありますか?
大滝 ものすごくよく使うのが「アベ」という言葉です。強めに言うので怒られているのかと思いきや、「一緒に行こう」という優しいお誘いの言葉なんですよ。山に行くときは単独行動をしない人たちだし、一緒に仕事をすることが普通なので、この2文字に略されたのかもしれません。
もうひとつは、おしゃべりのばあちゃんたちが急に「聞けっ」と強い口調で言うことがあるんですが、その後は絶対に面白い話をしてくれる。命令口調とのツンデレ感が好きですね。「今から面白い話をするぞ」とハードルを上げてからしゃべるわけです。それでみんな入れ歯が取れちゃうくらい笑い転げて、めっちゃ楽しいです。
――昔ながらの暮らしだと、女性は家の仕事をするとか、クマ猟には行けないとか、価値観の違いも感じるのでは?
大滝 理由を考えて納得できることはいいんですけど、やっぱり理不尽だなと思うことではぶつかっていますね。姑の世代は我慢してきて大変だったろうけど、それを押しつけないでほしい、という話はものすごくします。
「私の実家では父も洗い物をする」と話して、新しい価値観の種をまくようなことをしつこくやっています。少しずつ変化が出てきて、絶対にやらなかった夫が月に2回くらいお皿を洗うようになりました。
――埼玉のご実家や東京に行くこともあると思いますが、そちらの世界の見え方が変わってくることもあるんですか?
大滝 ありますね。客観視するようになりました。一番大きな違いを感じるのはお金のあり方です。
都市部ではお金がないと何も買えないし、遊べない。全部お金で解決するから、ないと生きていけないようなところがあって、それがいつの間にか不自由さになっている。お金というのは、自分たちで工夫して暮らしを豊かにすることから、どんどん疎遠にさせていくものなんだなと思いました。
――山熊田ではあまりお金を使う機会がないそうですね。
大滝 遠くの店でビールをしこたま買ってきたりはしますけど、基本的には物々交換とか、労働で対価を払うとか、お金を介さないやりとりのほうが多いんです。ないものは作りますしね。例えば、農作業の道具が壊れても、ホームセンターには行かずに、自分たちで作ります。
この前、あんこを炊いてるばあちゃんがいて、炊きたてはおいしいから持って帰ってほしかったみたいで、フキの葉っぱを2枚重ねてあんこを包んで渡してくれました。そのへんの葉っぱがお皿になるんですよ。
――今も物々交換をしていることにも驚きました。
大滝 地方には残っていると思いますけど、ここは頻度が圧倒的に高いですね。クマの肉や山菜を海沿いのサケと交換するんです。交換相手は仕事でお世話になっている人とか親戚です。
冬の朝に起きたら、玄関前の雪の中にボンと箱が置かれていて、サケが15匹入っていたこともありました。もう笠地蔵の世界です。こういうことは今でも新鮮なサプライズですね。
――山熊田の人からこの本への反応はありましたか?
大滝 あるばあちゃんから、この本を読んで夢を見たと言われました。自分が娘だった頃、クマ猟から帰ってきたマタギたちが飲み食いしていたにぎわいが夢に出てきたそうです。さらに、次はこういうことを書いたら面白いんじゃないかという提案もしてきました。
記憶にあっても今まで口に出さなかったことを、本をきっかけに話してくれるのは私としてもありがたいです。
――それはうれしいですね! この本はどのように広まっていってほしいでしょうか?
大滝 私が山熊田に来た一番大きな理由は、「この面白い村がなくならないでほしい」という思いでした。だから、本を通して村の暮らしを知ってもらうのが一番です。
山で生きてきた先人の知恵を面白がれば、それが波紋となっていろんなところに広がって残ります。その波紋を広げる本になっていればいいなと思います。
●大滝ジュンコ(おおたき・じゅんこ)
1977年生まれ、埼玉県坂戸市出身。東北芸術工科大学金属工芸コース卒業。同大学院実験芸術領域(現・複合芸術領域)修了。現代美術作家として国内外で活動する。2015年に新潟県村上市地域おこし協力隊に加わる。翌年、山熊田のマタギと結婚。シナノキなどの樹皮から作る羽越しな布の作家となり、工房を設立。後継者育成事業と振興を担当する。2021年に日本民藝館展新作工藝公募展入選。2022年と2023年に全国伝統的工芸品公募展入選
■『現代アートを続けていたら、いつのまにかマタギの嫁になっていた』
山と渓谷社 1760円(税込)
現代美術作家として国内外で活動していた著者は、マタギとの飲み会に参加し、自然と共に生きる人々の姿に衝撃を受ける。彼らの住む新潟県村上市の山あいの集落、山熊田に通って仕事を手伝ううちに、その家の息子でマタギの頭領と結婚。山の四季と苦楽を共にする村人たちの生き方、季節に応じた仕事の数々、クマ汁やヤマドリなどの山ならではの食文化まで、「自然との共生の最先端」を行く暮らしを描くノンフィクション