携帯電話番号を乗っ取られた挙句、番号に紐づけられている支払い手段で高額商品を不正購入されるという被害が全国で相次いでいる。多くは契約者本人になりすまし、携帯番号ポータビリティ制度(MNP)の悪用や、SIMカードの紛失を虚偽申告することにより、携帯電話ショップで新たにSIMカードを発行させるという手口である。
その際に利用されたと見られているのが、「偽造マイナンバーカード」だ。携帯電話ショップでは、契約や各種手続き時の本人確認書類のひとつとしてマイナンバーカードを採用している。ただし、店頭での確認方法は券面を目視するのみ。住所や生年月日は契約者本人のものを記載し、顔写真は来店者のものを貼り付けた偽造マイナンバーカードを提示された場合、それと気づかずにSIMの発行に応じてしまう可能性が高い。
こうした事態を受け、河野太郎デジタル大臣は5月12日に自身の公式サイトで、「マイナンバーカードの偽造対策」と題した記事を投稿。そのなかで次のように言及している。
「マイナンバーカードのICチップにも偽造を防ぐための対策が講じられていて、これまでICチップが偽造されたことはありません。目視に加えてマイナンバーカードのICチップを読み取ることで厳格に本人確認をすることができます」(河野太郎公式サイトより)
■想定外だったICチップによる真贋(しんがん)判別
券面は容易にコピーできてもICチップの中身までの偽造が困難なことは、河野大臣のいうとおりだ。しかし、現時点までにマイナンバーカードのICチップに与えられている役割は、「公的個人認証」に利用される電子証明書の格納である。
そして公的個人認証とは、確定申告や各種届出といった行政手続きや民間サービスの契約などをオンラインで行う際に、本人確認や署名手段として用いられる手段である。つまり、対面で提示されたマイナンバーカードのICチップを読み取って「厳格な本人確認」を行うことは、当初はまったく考慮されていなかったのだ。
この点について、筆者は昨年12月の時点でデジタル庁に確認をしている。返ってきた回答は「対面時のマイナンバーカードの真贋判別を目的にICチップの情報を利用することは想定も推奨もしていない」というものだった。
同記事内で、河野大臣は「確実な本人確認のために、ICチップを読み取るための民間のアプリを周知したり、必要な場合は読み取りアプリをデジタル庁で開発して無償提供していきます」とも続けている。しかし、なぜはじめからアプリの開発や周知を行わなかったのか。問題が表面化してから対策を講じていたのでは、泥縄と批判されても仕方がない。
■簡単にできるICチップ確認
ちなみに現在、悪用が問題となっている券面のみをコピーした偽造マイナンバーカードを見分けるには、特別なアプリも読み取り機も必要ない。デジタル庁が配布しているマイナポータルアプリをインストールしたNFC機能搭載のスマホがあればいい。
まず、このアプリでマイナンバーカード、もしくはスマホ用利用者証明用電子証明書の4桁のパスワードを入力したのち、スマホでマイナンバーカードのICチップ部分にかざす。ICチップが正規のものであればログインが成功するが、ニセモノであればそれ以上進めない。
この作業をマイナンバーカードの名義人が行い、アプリのログイン完了画面を提示することで、「厳格な本人確認」の一助となるだろう。問題点は、本人がパスワードを覚えていなければならない点だ。
■目視で真贋を判別する危険性
一方、河野大臣は同記事のなかで、目視での真贋判別手段についても触れている。
「マイナンバーカードの右上のマイナちゃんには、パールインキという特殊な印刷技術が使われていて、見る角度が変わるとマイナちゃんの背景色が変わります。単純な印刷では色が変わらないので、ここを確認すれば偽造カードであることが一目瞭然です」(同)
これは、過去にも河野大臣が繰り返してきた、マイナンバーカードのアナログ的真贋判別手段だ。これまで確認されている偽造マイナンバーカードは、確かにこの「マイナちゃん」のロゴマークにパールインキは施されていなかった。パールインキは精巧にコピーしようと思えば、技術面でもコスト面でもハードルが高いことも事実だ。
しかし「見る角度が変わると背景色が変わるマイナちゃん」自体は、そのレベルを問わなければ単純なホログラム印刷でも再現可能だ。デジタル大臣お墨付きのこの判別方法が一人歩きすることで、今後、逆にその点を偽造組織につけ込まれる可能性も否定できない。
とはいえ、マイナンバーカードは旧来の各種身分証明書に比べ、特別、偽造が容易というわけではない。運転免許証や在留カードなどの写真付き身分証明書も、同様に偽造事件が起きているのだ。しかし鳴り物入りで導入された最新の身分証明書の耐偽造性が、過去のものと比べて大きな進歩がないというのは肩透かしというしかない。
普及のために2兆円の事業予算を投じるくらいなら、偽造対策や真贋判別法の周知にも予算をかけるべきではなかったのだろうか。