渡辺雅史わたなべ・まさし
フリーライターとして雑誌や書籍への執筆をするほか、ラジオ番組やテレビの番組の構成作家としても活躍。趣味は鉄道に乗ること。国内の全鉄道路線に乗車したほか、世界20の国・地域の鉄道に乗車。
路線バスの運転士不足が社会問題となりつつある。地方の利用者が少ない区間だけでなく、都心部の路線でも運転本数が減少。バス会社の稼ぎ頭である各地と東京を結ぶ高速バスも運休便が出るなど事態は深刻だ。今年4月からバス運転士にも適用された時間外労働の上限規制がその引き金といわれているが、専門家に聞くと、業界が抱える多くの問題があった。
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5月中旬から6月中旬は修学旅行のシーズン。平日の昼間に東京・上野公園周辺に行くと、制服を着た全国各地の学生たちの姿や彼らを乗せた観光バスを数多く見かけた。
「修学旅行に運転士を充てるため、富山~東京便など、高速バス60便を一時運休」
「大手旅行会社、運転士不足で修学旅行のバスを確保できず、保護者に謝罪」
運転士不足の直接的な要因は、いわゆる「2024年問題」といわれているものだ。働き方改革の一環で法改正された労働基準法によって、トラックやバスなど、車を運転する業務に就く人の残業時間に上限が設けられ、休息時間が増えた。
働く側にとってはありがたいものだが、バス会社ではこの法改正で運転士不足が発生。修学旅行シーズンなど観光バス需要が高まる季節に路線バスを運休させたり、運転士を工面できず、旅行会社からの依頼を断らざるをえない事態となったのだ。
このバス運転士不足の影響は修学旅行のバスだけではない。すでに一般の路線バスにも影響を及ぼしているのだ。例えば北海道の北海道中央バスでは昨年12月に札幌市内の路線を中心に590便を減便・廃止、今年4月からさらに約230便も減らした。新潟県の新潟交通では3月に5~6%の減便を実施した。
この流れは地方だけの問題にとどまらない。4月1日に平日の運行本数を1日290便減らした神奈川県の横浜市営バスが、わずか3週間後の4月22日にさらに77便を削減。千葉市内では1日54便走っていたのがたったの4便になってしまった路線も。東京都内でも足立区のコミュニティバスの一部路線が廃止となるなど、都市部でも路線バスの本数は大きく減ってきている。
都内のバス停で話を聞いてみると「夕方以降、帰りの時間帯のバスの本数がかなり減った」「終バスが夜9時台というのは不便すぎる」といった声が数多くあった。
では、運転士不足の問題は法改正だけが問題なのか。それともほかにも原因があるのか。東京都市大学で公共交通のシステムを研究する西山敏樹准教授に話を聞いた。
日本バス協会の調査によると、バス運転士の数は右肩下がりに減少。特に2020年以降の減少率が大きくなっている。西山氏はコロナの影響が大きいと分析する。
「コロナによるリモートワークの普及で自宅勤務を認める会社が増えました。と同時に、毎日出社するわけではないので、通勤手当を減額する会社も増え、定期券の利用者数が大きく落ち込みました。バス会社にとって通勤定期券は大きな収入源。それが減るとなると、経営計画に大きな支障が出ますし、当然、運転士に支払う給与にも影響が及びます」
かつては高給取りといわれていたバス運転士。だが、20年以降は給与が減ったことで退社する運転士がいる一方、薄給でも長時間残業すれば残業手当で収入が維持できるといった考えの運転士がいたことで、運行本数を維持できたのだろう。それが今年の法規制によりいよいよ不可能となってしまった。
「さらに大きいのがカスハラの問題です。ワンマンバスの運転士は大型車を運転するという作業のほか、ドアの開閉、発車、停車時に手すりやつり革につかまっていない人がいないかの確認、運転中に停留所案内放送のスイッチを押す、終点の到着時に車内に残っている人がいないかの確認など、やることがたくさんあります。
この忙しい中、追い打ちをかけるように『車内の両替機で1万円札が崩せないとはけしからん!』『早く下車したいからバス停に着く前に立ち上がったのに、走行中に席を立つなと命令するな!』といったようなクレームをつけられる。
法改正による運転士不足はトラック業界でも起こっており、トラックドライバーの求人は多い。そんな事情から、バスよりカスハラの少ないトラックドライバーに転職するという人もかなりいるようです」
大型2種免許という「資格」を持っているにもかかわらず、安い給料でストレスも多い。そんな過酷な労働環境が運転士不足のベースにあるのだ。
「このような環境とコロナが重なったことで2024年問題について有効な対策を取ることができず、法律が施行されて問題が表面化したというのが、路線バスをはじめとするバス業界で現在起こっていることだと私は考えています」
今回表面化した運転士不足問題だが、業界ではいつ頃から起こっているのだろうか。
「実は1985年頃から路線バス業界の規模は縮小傾向にあります。しかし、運賃の値上げを行なえば自家用車で移動しバスの利用者が減ってしまいます。そこで昭和末期以降、各社では路線バスの運賃の値上げを消費税分のものにするなど最小限に抑える一方、高速バスに参入して増収を図ったり、運転士をはじめとする社員の数の削減も断行。さらに給与水準も下げました。
この40年かけてやれることを全部やった結果、子育て世代の若い運転士は子供の学費が稼げないと退職し、運転士の高齢化も進みました。バス会社の営業所によっては運転士の平均年齢が50代半ばというところもあります。運転士不足を解決するためには抜本的な対策が必要となります」
運転士不足に対して、バス会社、そして地域ではどのような対策を取っているのか。
「例えば、バスを2両連結した連節バスを運行することで、ひとりの運転士が一度にたくさんの人を運ぶことを可能にする。また、運転士のいらない自動運転バスを導入するといった取り組みが始まっています。
ですが、連節バスを運転するためには一般のバスを運転する以上の技術が必要なので、運転士の中でも操作できる人が一部に限られるという問題があります。自動運転バスもまだ開発段階で実用化はまだまだ先になるでしょう。自動運転の技術が確立しても事故が起きたときに誰が責任を取るのか、といった法整備の問題も出てきます」
「外国人労働者に運転士になってもらおうというプランも出ています。ですが、先ほどお話ししたとおり、日本の路線バスは運転業務以外の作業が多く、日本のバスの運転に適応できるのかという問題があります。
また、主婦などにパートで運転士をやってもらおうというアイデアもありましたが、運転士が一番必要な朝の通勤時間や夕方以降の帰宅時間に対応できるパートが皆無であったことから、実現に至りにくい状況です」
運転士不足の問題、このまま放置するとどのようなことが起こるのか。
「直近で予想されるのが、紅葉の季節の貸し切りバス不足です。ゴールデンウイークから夏までの間は、旅行業界で閑散期と呼ばれる時期。そんなタイミングですら観光バス不足が起こっていますから、観光客がグッと増えて修学旅行を行なう学校もある10月前後は、大手旅行会社主催のパッケージツアーで開催直前に中止となるケースも再び出てくる可能性があります」
「路線バスが廃止され、自家用車で移動せざるをえなくなるので、高齢者の免許返納が進まず、結果、交通事故が増えていくことも考えられます。
また、私立の学校や過疎化の進む地域では生徒の送迎にスクールバスを活用しているところがありますが、多くはバス会社に運行を委託しているため、スクールバスが運行できなくなります。駅から工場まで社員をピストン輸送する送迎バスもバス会社の委託運行なので、工場の稼働にも支障が出ます」
台湾の大手半導体メーカーの工場が熊本県にできて、地域が活性化されている。そんな成功例を受けて、世界的なメーカーの工場を誘致しようとしても、バスの運転士不足が深刻化すると、働き手が工場へ行く手段がないという理由が決定打となり、ご破算となる可能性もあるのだ。
バス運転士不足によるお先真っ暗な未来を回避するには、どうしたらいいのか。
「まずは、これ以上バス運転士を辞める人を増やさないために給与を上げなければならない。そのためにバス会社は利用者に対して『こういう理由だから運賃を値上げします』としっかり説明することが必要です。
次に自治体の取り組み。バス会社ほどの規模の交通機関は、自治体が本気で問題に取り組めば状況が大きく改善されます。地域の公共交通機関を維持するために『交通税』というものを作って、その収入で運転士を育成するなど、使い道を限定した税金を導入するのもいいと思います。
普通免許を持っている人が大型2種免許を取得し、研修を受け、バス運転士となるには1、2年ほどかかります。言い方を変えれば、40年以上放置されてきた運転士不足問題はお金さえかければ1、2年で解消できるんです。
最後に最も大事なのは住民の意識です。バスは鉄道よりも少ない人を運ぶ交通機関なので、路線廃止の問題が出てきた際、生活に影響が出るからと反対するのはわずかな人たちです。『自分はこの路線に乗らないから廃止となっても構わない』と考える人が多いと、路線が廃止されてしまいます。そうやって路線が1本、また1本と廃止されれば、気づいたときには地元からバス路線がなくなってしまう可能性もあります。
『自分と関係ない路線だから大丈夫』と思わず、公共交通機関とは何か。なくなったらどうなるのかを考えていくことが大切です。この三者がしっかり問題意識を持って取り組むことが重要です」
路線バスがなくなることで今後、高齢者ドライバーが激増、アクセルとブレーキを踏み間違える交通事故が増えるような暗い未来にしないためにも、公共交通機関としての維持やバス運転士の減少を食い止めるためにはどうすべきなのか、真剣に考える時期に来たのかもしれない。
●西山敏樹
東京都市大学都市生活学部准教授。1976年生まれ。専門はユニバーサルデザイン、公共交通のシステムと車両公共交通で特にバス事情に詳しい
フリーライターとして雑誌や書籍への執筆をするほか、ラジオ番組やテレビの番組の構成作家としても活躍。趣味は鉄道に乗ること。国内の全鉄道路線に乗車したほか、世界20の国・地域の鉄道に乗車。