宮城県の中央部、同県唯一の村である大衡村。仙台市から約30㎞の位置にある。奥羽山脈から延びた丘陵地で、村全体がゆるやかに起伏している 宮城県の中央部、同県唯一の村である大衡村。仙台市から約30㎞の位置にある。奥羽山脈から延びた丘陵地で、村全体がゆるやかに起伏している

今年4月、全国の計1729自治体(市区町村)の将来的な"存続可能性"について分析した最新のレポートが発表された。約750の自治体が人口減で消える可能性がアリとされる中、前回の同レポートで「消滅」危機とされながら、今回、将来も自立的に存続できると評価された村が宮城県にある。この躍進の理由は? 謎を解明するため現地で徹底取材した!

■全体の4割が「消滅」危機の中で

【744の自治体が、将来的に消滅する可能性がある】

4月下旬、民間の有識者グループ「人口戦略会議」が衝撃的な内容の分析結果を公表した。これは国立社会保障・人口問題研究所の人口推計をベースに、子供を産む年代である20代、30代の女性(若年女性)の減少率を市区町村ごとに分析したもの。

その結果、2050年までの30年間で、若年女性の人口が半数以下になる自治体は、全体の4割に当たる744に上ることが判明。分析結果では、それらの自治体を「消滅可能性自治体」と位置づけ、今後、人口が急減し、消滅する恐れがあると結論づけている。

一方、若年女性人口の減少率が20%未満にとどまる自治体は「自立持続可能性自治体」とした。それらの自治体では「100年後も若年女性が(20年比で)5割近く残存し、持続可能性が高い」(人口戦略会議・分析レポート)というが、その数は自治体全体の約4%(65自治体)に過ぎない。

同様の分析は14年にも実施されていたのだが、当時、「消滅可能性自治体」に分類された896の自治体の中で、今回の分析結果では「自立持続可能性自治体」に転換した自治体がわずかながら存在する。その数はわずか7自治体、割合にして0.4%だ。

その中で今回、注目したのは人口6000人足らずの宮城県大衡村(おおひらむら)だ。人口減が著しい東北地方にあって唯一、躍進を遂げた自治体であり、宮城県でたったひとつの村でもある。

大衡村の「消滅」から「自立持続」への躍進は、いかにして成し遂げられたのか? 現地取材した。

* * *

仙台市都心部から、車で東北自動車道を走って40分程度、「大衡インター」を降りると、そこが大衡村だ。そのまま車で村内を走り回ると、村の外形が見えてきた。楕円形に広がる大衡村は、その中央部を南北に通る国道4号線を軸に、西側エリアと東側エリアでまったく異なる顔を持つ。

西には主に農地と自衛隊の大規模な演習場が、東には公共施設と新興住宅街、工業団地がある。村にコンビニは数店、医療機関は小さい診療所がひとつ。スーパーはなく、商店街や飲み屋街もない。

そんな大衡村だがこの10年でどう変わったのか? 小川ひろみ村長はこう話す。

「私がまだ村議だった14年当時、『消滅可能性(自治体)』といわれ、強い危機感を持ちました。その後の10年間で村が力を入れたのは、子育て支援です」

大衡村の小川ひろみ村長。昨年4月の村長選で対抗馬を破り、村政初の女性村長に。生まれ育ちは村内の山あいの地域で、「村民はみな、家族です」と語る 大衡村の小川ひろみ村長。昨年4月の村長選で対抗馬を破り、村政初の女性村長に。生まれ育ちは村内の山あいの地域で、「村民はみな、家族です」と語る

同村は中学生までの医療費無償化を02年に開始したが、それは「国内で3番ぐらいの早さ」(財政課)だったという。この10年では、5万円分のクーポン券を妊婦に配布する事業や、出産時に5万円、小中学校・高校の進学時に各3万円を支給する祝い金制度を開始。小中学校の給食の無償化も実現した。

これらと並行して、住宅団地の造成にも取りかかったのもこの10年のこと。だが、村が宅地開発を民間事業者に投げても、「手を挙げる企業さまはいませんでした」と小川村長は打ち明ける。

「『消滅の可能性がある』と位置づけられたこの村で、家が売れるとは誰も思わなかったのでしょう」

やむなく、村独自に住宅団地を造成することに。住宅の取得には補助金を贅沢につけ、40歳未満の新規転入者には最大で150万円を助成した。村の工業団地に立地する自動車工場で生産された車を購入した村民にも補助金を支給した。

村の中心部にある大衡村役場の本庁舎は、築40年程度と老朽化が進んでいる 村の中心部にある大衡村役場の本庁舎は、築40年程度と老朽化が進んでいる

こうした手厚い金銭支援もあり、造成した計200戸の新築一戸建ては販売開始後、ひと月で完売。30代、40代の子育て世帯が多数流入し、19年5月、村の人口は17年ぶりに6000人台まで回復した。

役場裏の住宅団地に行くと、豪華な一戸建て住宅が立ち並んでいた。出産を機に村外から転居してきたという30代の主婦がこう話す。

「土地が安いので豪華に見える家も3000万~4000万円台。村には商店しかないけど、隣町のスーパーまで車で10分程度だから不便さは感じません」

役場裏に造成された住宅団地には豪華な一軒家がズラリ。休日には広い庭でバーベキューを楽しむ家もあり、いく筋もの煙がモクモクと上がる 役場裏に造成された住宅団地には豪華な一軒家がズラリ。休日には広い庭でバーベキューを楽しむ家もあり、いく筋もの煙がモクモクと上がる

■県内ナンバーワンの金持ちエリア

子育て支援や大規模な宅地開発には巨額の財政支出が伴う。大衡村でそれが可能だったのはなぜか。

その理由のひとつは、陸上自衛隊の大規模訓練施設、「王城寺原演習場」が村内にあること。村の公道では戦車や装甲車が走り、演習場で砲撃訓練が実施されれば、数㎞離れた家でも轟音や震動が伝わり、「窓ガラスがビリビリと震える」(村民)という。

だが、住民が迷惑を被る分、村には潤沢な交付金が国(防衛省)から支給される。道路、橋、学校校舎などの新設や改修、子供の医療費助成に至るまで「事業費の9割程度が防衛予算で交付される」(前出・財政課)のだ。

大衡村の公道には、戦車や装甲車が走ったキャタピラー痕がクッキリと残っていた 大衡村の公道には、戦車や装甲車が走ったキャタピラー痕がクッキリと残っていた

大衡村のお隣、大和町にある大和駐屯地に配備されていた戦車や装甲車。射撃訓練の日には大衡村の公道を通り、演習場へと向かう 大衡村のお隣、大和町にある大和駐屯地に配備されていた戦車や装甲車。射撃訓練の日には大衡村の公道を通り、演習場へと向かう

今年、完成した小中学校の給食センターの総事業費約8億円も、大部分が交付金で賄われた。この村では、インフラ整備にほとんど金がかからないといってもいい。

村の東側エリアには工業団地がある。東京ドーム約130個分という広大な敷地に、自動車関連を中心に60社程度が入り、トヨタ自動車東日本の本社工場もある。同社が村に進出した11年を境に工業団地の出荷額は爆増。

01年と20年の比較で、出荷額は5倍以上、村の法人税収も71%増になった。ちなみに、19年度の村の住民1人当たりの所得額(400万円超)は仙台市(300万円程度)を上回り、県内トップ。大衡村は、県内唯一の村にして、県内一の"金持ち村"だった。

大衡村の税収を支えるトヨタ東日本本社と宮城大衡工場。取材に訪れたその日、トヨタの新車の認証試験での不正が発覚。撮影現場はピリついていた 大衡村の税収を支えるトヨタ東日本本社と宮城大衡工場。取材に訪れたその日、トヨタの新車の認証試験での不正が発覚。撮影現場はピリついていた

ただ、演習場や工業団地は昭和期から村にあった。トヨタの進出も「消滅可能性自治体」に分類される3年前のこと。なぜ、裕福な村が、消滅の恐れがある村とされたのだろう?

「金も働き口もある。でも、家がなかった」(村民)

大衡村は、村域の大半が「市街化調整区域」にある。これは、乱開発を避け、緑地や農地を維持するために宮城県が都市計画の中で策定したもの。県の許可がなければ宅地の開発を一切進められないというのが、この村の現実だった。

市街化調整区域の縛りを外すことは歴代の村長の望みで、前述の計200戸の宅地造成も県との長年の協議の末に勝ち取ったものだった。その結果、若年女性人口を回復させ、「消滅可能性自治体」から脱却することができた。

■半導体工場の誘致も決定したけど......

だが、村の未来については「この村はいったいどうなる?」「村が村でなくなりそうで怖い」と浮かない表情の村民も多い。その不安のタネは、近く村に進出してくる台湾の半導体メーカー・力晶積成半導体(PSMC)の存在だ。

半導体で世界6位の売り上げを誇る同社は昨年10月、村の工業団地に工場を新設すると発表。来年中に着工され、工場への総投資額は約9000億円以上、新規雇用者数は1200人を見込む。

「大衡にとっては夢のような話。村の予算180年分をつぎ込むのだから、村をデカくするビッグチャンスだよ」

そう鼻息を荒くする村議もいる。

今年に入り、小川村長は世界最大の半導体メーカーTSMCが進出し、2月に新工場が開所した熊本県菊陽町を視察した。この町で、村長は想像を超える半導体バブルの熱狂を見た。

「無人駅には通勤ラッシュが発生、タクシー運転手の売り上げは1日100万円以上、TSMCの関連工場では清掃員や食堂スタッフの時給が2000~3000円という話も聞きました」

そう話す小川村長が危機感を募らせたのが交通渋滞だ。今年4月、菊陽町が道路混雑状況を調査すると、1年前と比べて渋滞の車列の長さが211mから1057m(401%増)に延びた交差点も見受けられ、町の道路状況は著しく悪化していた。

「菊陽町には鉄道が通っていますが、鉄道がない大衡村では、通勤や買い物時の移動のほぼ100%が車だと考えると、混雑はさらに深刻になる恐れもある。国・県にはさらなる道路整備を強く訴えていくつもりです」(小川村長)

現在、入居者募集中の大衡村の定住促進住宅。その名のとおり、村への定住を希望する者が入居できる。全室3DKで、賃料は月2万8000~3万8000円 現在、入居者募集中の大衡村の定住促進住宅。その名のとおり、村への定住を希望する者が入居できる。全室3DKで、賃料は月2万8000~3万8000円

先述した雇用の面でも村民は懐疑的だ。

「この村には大規模な工業団地があっても村民の雇用につながらないという課題が連綿とある。工業団地に立地する約60社の従業員数は総計約4400人ですが、そのうち村民は176人と4%止まり。村民を正規雇用する企業に奨励金を出す制度を設けていますが、これを活用して雇用された村民はわずか10人です」(役場関係者)

なぜか?

「工業団地にはトヨタをはじめ大きな会社が多く、採用試験には仙台市など周辺の大都市から人が集まる。村民だからと優遇はされないし、奨励金を出したところで見向きもされてないのが現実で、結局、学歴が高い都会の子が重宝されるんです。

ちなみに、PSMCの工場も、新規雇用1200人のうち200~250人は台湾本社から来る外国籍社員、残り1000人は理工系学部の出身者が中心で、全国規模での採用になるという話だから、どこまで村の雇用につなげられるか」

■村に根強く残る負の側面

大衡村では現在、PSMCの3年後の操業開始に向けたインフラ整備が進む。だが急速な"都市化"に村民の間では戸惑いの声も聞こえる。

「おりゃあ村のままがええ。町になんぞならなくても」

ある村民はそうつぶやいた。役場の職員もこんな本音を吐露する。

「6000人弱の人口規模だからこそ村民の顔がよく見えて、適切にニーズをとらえた施策を打ち出せる。人口や予算規模が大きい自治体だから幸せというものでもないんじゃないかと、個人的にはそう思うんです」

大衡村唯一の商店。現在の3代目店主いわく「開業は90年ほど前」。店の敷地が新設予定の県道に掛かり、現在、立ち退きを迫られている 大衡村唯一の商店。現在の3代目店主いわく「開業は90年ほど前」。店の敷地が新設予定の県道に掛かり、現在、立ち退きを迫られている

大衡村に長年暮らす60代の男性はこう話す。

「都市化や工業化やハイテク化が進んでも、家柄がモノをいうような昔の風習がいまだに残っているのが大衡よ。今の女性村長(小川村長)以前のこの村の村長といえば、父も村長、祖父も村長と、限られた家系の中で代々受け継がれていくのが普通だった。それも、子世代、孫世代と後年になるほど質が落ちる、というのが常でな。

例えば、ずいぶん前に人格の優れた米農家出身の村長がおった。ところがその養子が実家の倉庫から米を盗み、無断で売って小遣い稼ぎをしておった。その後、犯人が自分の息子と知った村長は、責任を感じて自殺してもうての。

で、悪事を働いたその養子はしばらく後に村長となり、その息子も後年に村長になったが、役場職員へのセクハラがバレて退任に追い込まれた。これが今から10年前のことだよ。

この事件が散々報道された結果、トヨタが『村から出る』という噂が村中に流れたんだ。結局、トヨタがこの村から離れることにはならなかったけど、村民はみな凍りついたね。

ただ、この村では家柄が影響力を持つ昔の風習から抜け出せていない権力者がいまだに多いんだ。今の女性村長は、世襲の流れを断ち切ってくれた人だから期待しているけど、まさにこれから、激動の時代に入る大衡村で、どこまで踏ん張れるか」

「消滅可能性」から「自立持続可能性」へと飛躍した大衡村。だが、現地取材で見えたのは、「若年女性人口」の指標だけで自治体の将来を見通すことなどできない、という現実だった。