全国1729自治体(市区町村)の存続可能性を分析した最新のレポート。前回は、かつて「消滅」の危機とされながら「自立持続可能性」へと躍進した自治体を取材した。
ただ、このレポートにはもうひとつ注目の類型がある。それが「ブラックホール型自治体」だ。東京23区などの大都市圏の特徴とされるこの分類の中に、なぜか千葉の小さな町が指定された。その真相は? 現地へ!
■大都市の自治体と同じ
今年4月下旬、民間の有識者グループ「人口戦略会議」が、全国1729自治体の今後の持続可能性について分析したレポートを発表した。
同レポートでは、20~39歳の若年女性人口に着目。その人口が、2050年までの30年間で50%以上減少する見込みの744の自治体を、将来的に存続が危ぶまれる「消滅可能性自治体」とし、若年女性人口の減少率が20%未満にとどまる65の自治体を、100年後も存続しうる「自立持続可能性自治体」と位置づけた。
そしてもうひとつ、特徴的な類型がある。それが、「ブラックホール型自治体」だ。出生率は低いが、人口の維持もしくは増加をほかの地域からの転入に依存している自治体を「ブラックホール型」とし、同レポートでは全体の約1%に当たる25の自治体がそれに該当するとした。
そのリストを見ると、新宿区、渋谷区、豊島区、世田谷区など東京都内の16区のほか、大阪市、京都市といった大都市圏の自治体が大半を占めているのだが、ごく少数、例外がある。
そのひとつが千葉県酒々井(しすい)町だ。
酒々井町は千葉県で2番目に小さな町で、成田空港がある成田市や、賃貸物件情報サイト『いい部屋ネット』が毎年実施している「住みここちランキング 千葉県版」(自治体部門)で上位常連(24年版は2位)の印西市に隣接している。
なぜ、そんな地味な町が、大都市圏の自治体と同じブラックホール型と分類されたのか? その理由を探るべく、記者は同地へと向かった。
■「日本で一番古い町」
町の玄関口となるJR酒々井駅は東京駅から1時間ほどで着く。駅の改札口を抜けて目に入ったのは、「町制施行135周年! 日本で一番古い町」と書かれた巨大な横断幕だった。
同町は1889年に16町村が合併して誕生。町制施行以来、名称を変えず、合併もしなかった町としては群馬県長野原町と並んで最も歴史が長いのだという。
酒々井といえば、13年、町内に開業した「酒々井プレミアム・アウトレット」が有名だが、町としては町外から訪れる買い物客を「町内の観光施設や中心街に呼び込むことが課題」(町役場の職員)だったという。
そこで今年4月、町制施行135周年を機に「日本で一番古い町」を大々的にPRしようとしたが、その矢先に「テレビや新聞で『ブラックホール型自治体』と全国に報道されまして......」と担当課職員はうなだれた。
酒々井町の人口は約2万人。JR酒々井駅と京成酒々井駅が町の中心部にあり、ふたつの駅は徒歩10分圏内に近接。両駅をつなぐ駅前通りには、食品スーパー、銀行、クリニック、進学塾などが点在し、その周囲には3つの大規模な住宅団地が形成されている。ここに「人口の6割程度(1万人超)が居住する」(町議)というコンパクトさが酒々井町の最大の特徴だ。
では、なぜこの町がブラックホール型とされたのか?
まず、18~22年の合計特殊出生率が1.05と、全国平均(1.33)を大きく下回り、東京都心部並みに低い。それに伴い、出生数はピーク時(06年)の191人から85人(21年)まで激減した。
一方、高齢化率(65歳以上の人口割合)は15.9%(05年)から32.7%(21年)まで高まり、死亡数(21年、186人)が出生数を大幅に上回る自然減の状況が続いている。
しかし、これを補ったのが酒々井町の地域性ともいえる20代、30代の"大量転入"だった。
■ブラックホールが吸い込んだもの
酒々井町の若年女性人口の最大の供給源になっているのは、隣の印西市にある順天堂大学さくらキャンパスの学生だ。同キャンパスにあるスポーツ健康科学部には、教員などを目指す若者が全国から集まるが、1年次は全寮制で、全員が大学構内の学生寮に入る。
その後、2年次になると寮を出なければならないのだが、その主な転居先となるのが、大学から自転車で10分圏内の酒々井町だ。
「大学の友達はみんなこの町に住むし、家賃は1K・3万円程度と成田市や印西市より格段に安い。寮を出る順大生にとってはほぼ、酒々井一択です」(順大3年生)
ちなみに、同学部の1年生を除く女子学生の数は、約900人(大学院生を含む)。実数は不明だが、「その多くがこの町に居住している」(地元不動産会社社員)もよう。そのため、酒々井町では特に20歳前後の女性の転入が爆増する。
さらに、町外から流入する若年女性のもうひとつの塊が、成田空港を拠点に働くキャビンアテンダント(CA)やグランドスタッフの女性たちだ。
酒々井町と成田、佐倉両市の物件を取り扱う地元の不動産会社の社長がこう話す。
「京成線沿線では空港関係の方々が多く居住されていますが、酒々井は特にLCC(格安航空会社)で働く女性たちに人気の町です」
家賃が安いから?
「それもありますが、LCCは朝6時台発とか早朝便が多い。酒々井からだとJR、京成線のどちらを使っても30分以内には空港ターミナルに着きますが、早朝便の勤務だと始発の電車に乗っても仕事に遅刻する。
だから午前3~4時の時間帯に空港から迎えの車両が来るのですが、その集合場所が、JR酒々井駅前にあるコンビニの駐車場なんです。そういう事情もあって、LCCの航空会社と提携するマンションが酒々井には多い」
ただ、JALやANAで働く女性も町内に多いという。
「酒々井はJRと京成線の2線・2駅が使え、しかもふたつの駅は徒歩10分もかからない。JRが事故で止まっても、迅速に京成線を使える環境があるので、特に、絶対に遅刻が許されない機内勤務のCAにとっては酒々井が重宝されるんです。なので仕事への意識が高い女性ほど、この町を選ぶ傾向があります」
つまり、酒々井町とは、学生やキャビンアテンダントといった若年女性をのみ込むブラックホールだったというわけだ。ただ、若い世代の存在が町の経済を潤わせているかというと......酒々井町内の美容室の店主がこうこぼす。
「航空会社勤務の女性が特にそうだけど、彼女たちは町の美容室には絶対来ないわね。アパレル店もアウトレット以外だと『しまむら』くらいしかこの町にはないから、みんな銀座や渋谷に行っちゃう......」
町内の居酒屋の店主もこう愚痴る。
「ウチの店では客の8割が順大生。だけど、今どきの学生はホンットに酒を飲まないね! 1000円以下の順大生限定定食ばかり頼まれて、酒も飲まずに1、2時間は居座られるものだから、正直、売り上げがあまり出なくて」
学生以外の町民は飲みに来ないのだろうか?
「この町は都内に通勤する会社員や空港勤務の人たちのベッドタウンだから、みんな都内や成田駅周辺の居酒屋で飲んで帰ってくる。酒々井駅に着いたら家に直帰だよ。町内の店で飲むという需要がないから、新しい居酒屋が出店してもいつの間にか接骨院に変わったりする、ってのがお決まりのパターンでね......」
■住みやすい町ではある
酒々井町に長く住もうと考える若い世代は少ない。
「毎年、順大の2年生が安定的に転入してきますが、同時に、卒業や就職を機に町を離れる学生も多い。航空会社で働く女性も転職や結婚を機に転出するケースが多く、町に定着することはほとんどありません。若者の転入と転出が、ほぼ同じ規模感で毎年繰り返されるから、当然、出生率の向上には結びつきません」(前出・不動産会社)
酒々井町に生まれ育った人も、大学進学や就職のタイミングで町を離れる。その後、「Uターンする人は少ない」(役場職員)のだという。
町内にはJRと京成線の駅があり、東関東自動車道の酒々井インターもある。町の中心部にはスーパーやドラッグストア、銀行、病院が集積する利便性の高い環境もある。子育てするには悪くない環境と思えるが、若者が定着しないのはなぜだろう。
「交通環境は良さそうに見えるかもしれませんが、JR酒々井駅には上りも下りも快速が1時間に1、2本しか来ません。また、高度成長期や00年代初頭に宅地開発が行なわれ、大規模な3つの住宅団地がありますが、狭い町なのでもはや宅地開発の余地はない、というのが酒々井の現状です。
酒々井インター付近の工業団地もすでに満杯で、新たな進出企業を受け入れる土地もなければ、町には工業用地を拡張する計画もありません。
言ってしまえば、酒々井は"開発し尽くされた町"で、今後の発展性が乏しいんです。人も企業も、昨年に人口増加率で日本一となり、今も大規模宅地開発をガンガン進めているお隣の印西市に奪われている、というのが実情だと思います」
町議会の関係者は、子育て支援の遅れも、若者や子育て世代が定着しない要因のひとつと指摘する。
「千葉県内では、船橋市、浦安市、八街市、神崎町など多くの自治体で学校給食の完全無償化を実施し、印西市も今年9月から完全無償化を実現させますが、酒々井町では第3子以降の児童・生徒にしか無償化していないのが現状です。
さらに言えば、子供への医療費助成も、高校生の通院を対象にしていないのは県内では酒々井町だけ。そのために必要となる予算額は、年間1500万円ぐらい。うちも財政状況が良好なわけではありませんが、その程度の額を予算化できないというのは、財政上の問題というより、町長や議員、役場職員たちの気概の問題だと思います」
現在、5期目(就任から19年目)の小坂泰久町長にも疑いの目が向けられている。
「今、町長がトップダウンで進めているのが電柱の地中化です。ただ、町は役場前の町道などを10年かけて無電柱にする計画ですが、その対象となる路線はたった320mです。その後も駅前通りを無電柱にしたいようですが、このペースだといったい何十年先になるのか......。
また、20年ほど前、東関東道の酒々井パーキングエリア付近で3万4000年前のものとされる大規模な遺跡が見つかったのですが、町長はここに10億円近くの予算を投じて観光施設のようなものを造る計画もお持ちです。電柱の地中化も新たな箱物も不要なのでは?と感じている町民は少なくないはず」
小坂町長は、13年の町長選以降、3回連続無投票で当選し、町議会選のほうも無投票が多い。町民のひとり(70代・男性)がこう話す。
「酒々井町は、私もそうですが他県から転入してきた団塊の世代が中心の町です。もともとよそ者だし、この町に愛着があるか?と言われたら、そうでもありません。
息子や娘は結婚して子供もいるけど、ほかの町で家を買って『もう酒々井には戻らない』と言っています。だから無投票多選の町長が何をしようが、10期も居座る古参の議員が何を言おうが、正直、どうでもよくてね。ご勝手にどうぞと」
そんな冷めた町民がいる一方で、町に愛着や誇りを持っている人もいる。町内の農家の女性(60代)がこう語る。
「酒々井のいいところは、駅の周辺に都会の機能がコンパクトに集まっている一方で、そこからクルマで5分も走れば、初夏にはホタルが飛び交う里山や田園ののどかな風景が広がっていること。
こんな狭い町に、都会と田舎の両方の良さが凝縮されている。それに、隣の印西市は人口増にインフラ整備が追いつかなくて待機児童が増えてるけど、この町はずっとゼロよ」
この女性の口からは、とめどなく"酒々井の良いところ"が出てくる。
「あと、水道水は98%が地下水で、浄水場で処理された水は2%も含まれていないから、水道水がおいしいの。酒々井の水が気に入って、移住を決めた人もいるくらいでね。
無理に人口を増やそうとしたり、出生率を上げたりしなくても、酒々井の魅力に気づいた人に住んでもらえれば、それでいいんじゃないかな」
今回の取材を通して記者も「老後に住みたいな」と思うくらいには良い町だったので、落ち着いた所に住みたい方は移住を検討してみてもいいかもしれない。