日本の合計特殊出生率の推移。出生率は1967年に初めて「2」を切り、2005年には1.26まで低下。翌年から増加に転じ、2015年には1.45まで回復したものの再び低下傾向となり、昨年ついに過去最低を更新した(厚生労働省資料より作成) 日本の合計特殊出生率の推移。出生率は1967年に初めて「2」を切り、2005年には1.26まで低下。翌年から増加に転じ、2015年には1.45まで回復したものの再び低下傾向となり、昨年ついに過去最低を更新した(厚生労働省資料より作成)
「異次元の少子化対策」もむなしく、日本の人口減少が止まらない! 2023年の出生数と合計特殊出生率は過去最低となり、人口減少は過去最多。しかし、実は世界の多くの国が同じような状況にある。どの国も必死に少子化対策をしているのに、人口減少が止まらないのはなぜか? ヨーロッパで少子化を研究する人口学者に話を聞いたところ、われわれの致命的な誤解が明らかに......!?

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■異次元の少子化対策に効果はあるのか?

衝撃の数字だ。

厚生労働省が6月5日に公表した2023年の人口動態統計では、出生数は72万7277人で過去最低、日本の人口は前年から84万8659人減と過去最大の減少を記録。

人口統計の指標である「合計特殊出生率」(ある年の15~49歳の女性の年齢別出生率を用いて計算した、子供の平均数の指標。以下、出生率)も1.20で、こちらも過去最低を更新。あらためて日本が深刻な"超少子化社会"であることが明らかになった。

こうした現状に対して、岸田政権も手をこまねいているわけではない。昨年1月の施政方針演説で打ち出した「異次元の少子化対策」の実現に向け、総額3兆6000億円を投じる「加速化プラン」の実施を表明。今年6月5日に改正子ども・子育て支援法が成立したことに伴い、児童手当や育児休業給付の拡充、親の就労の有無を問わずに利用できる保育所等の創設といった施策を実行していく。

しかし、これらの支援策が本当に少子化の進行に歯止めをかけることにつながるのかは未知数だ。スペインのポンペウ・ファブラ大学で少子化問題を研究する茂木(もぎ)良平氏が、次のように指摘する。

「岸田政権が打ち出している少子化対策は、ほとんどが子育て世帯への経済支援です。『異次元』とうたっている割に従来の政策の延長という印象が強く、出生率の向上に大きく寄与するとは言い難いですね」

ただし、と茂木氏は続ける。

人口学博士・少子化研究者である茂木良平氏 人口学博士・少子化研究者である茂木良平氏
「これらの施策がダメというわけではなく、むしろ子育て支援はまだまだ足りていないのだから、積極的にやるべきです。ただ、これを『少子化問題の解決策』ととらえるのは間違っています。それは日本の出生率低下の要因を分析すれば見えてきます」

そもそも、なぜ日本の出生率はこんなに低下してしまったのか。茂木氏によると、「近年の日本の少子化は、出産や子育てに関する環境の変化よりも、それ以前の『結婚』に関する行動の変化」に主な原因があるのだという。

「日本は婚外子(法律上結婚していない親から生まれた子供)が極めて少ない国です。だから、結婚と出産が対応関係にあり、結婚に関する行動が変化すると、出生率に大きな影響を及ぼします。日本はそういう社会であると、まず理解すべきでしょう」

では、「結婚に関する行動の変化」とは具体的に何を指しているのだろうか。

「結論から言うと、『未婚化』と『晩婚化』です。これが日本の少子化の非常に大きな要因となっています」

■日本の少子化対策は「結婚」から!

茂木氏がこう説明する。

「まず、日本では『婚姻』が大きく減少しています。第2次ベビーブーム期で国中が出産ラッシュだった1970年代は、年間の婚姻件数が100万ほどありました。しかし、これが2020年代になると50万程度と約半数になっています。

未婚率の上昇も大きく、近年は30~34歳の女性の約3人に1人が未婚で、出生率の低下につながっています。女性の初婚平均年齢も1975年には24.7歳でしたが、2020年は29.4歳と45年で5歳近く上がりました。地方自治体の統計でも、初婚年齢は28~30歳程度に収まっており、晩婚化は東京などの都市部に限ったことではなく、日本全体の傾向といえます」

しかも、晩婚化は出生率の低下にも影響しているという。

「少子化についての研究では、初婚年齢と結婚後の子供の数に強い関係があるとわかっています。25歳以前に結婚した女性が産む子供の数は平均で2.1人ですが、初婚が35歳を超えると平均1.0人と、大きな差があるのです。こうした結婚に関する行動の変化が重なり、日本の出生率は現在の水準まで低下しました」

つまり、日本の根本的な少子化対策とは、未婚化・晩婚化の対策であり、「子育て支援」ではなく、「結婚の支援」が必要ということになる。

「しかし、それこそが少子化対策の難しさです。独裁国家でもない限り、『若者はみんな結婚しろ』なんて強制することはできないですよね。行政ができる『結婚の支援』は限られています」

東京都が独自に開発しているマッチングアプリ『TOKYOふたりSTORY A?Iマッチングシステム』のWebサイト。現在の利用は交流イベント参加者などに限定されており、運用面・機能面の確認を行なっているとのこと。本格稼働は今年度の早い時期を予定しているそうだ【https://www.futari-story.metro.tokyo.lg.jp/ai-matching/】 東京都が独自に開発しているマッチングアプリ『TOKYOふたりSTORY A?Iマッチングシステム』のWebサイト。現在の利用は交流イベント参加者などに限定されており、運用面・機能面の確認を行なっているとのこと。本格稼働は今年度の早い時期を予定しているそうだ【https://www.futari-story.metro.tokyo.lg.jp/ai-matching/】
つい先日も、東京都が結婚促進事業として独自の「マッチングアプリ」の開発を進めていると報じられた。結婚したくても出会いの少ない男女が"安全にマッチングするためのアプリ"であり、トラブル回避のために個人情報や収入の証明の提出も義務づけるという。

しかし、結婚したくてもできない独身者は、低学歴や非正規雇用などの社会的・経済的な地位の低い人々に圧倒的に多い。その事情はマッチングアプリでも変わらず、低所得者はカップル成立の可能性が一般的に低いとされている。そのため、こういった政策には「税金の無駄遣い」という批判が多く、「そもそも個人の生き方に行政が口出しするのか」という反発も根強い。

「結局のところ、結婚するかどうかは個人の自由であり、私的な領域に行政が関わることに対しては誰しも本能的な違和感があります。だから、岸田政権の『異次元の少子化対策』も子育て世帯の支援に集中せざるをえないのでしょうね」

■先進国の人口減少はもう止められない!

では、日本以外の諸外国はどうなっているのだろうか。

「人口が増えも減りもせず現状維持できる出生率を『人口置換水準』といいます。日本の場合は2.07で、昨年の出生率は1.20なので、かなり下回っています。でも実は、ほとんどの先進国がこの水準を下回っているんです」

例えば、経済成長が著しい東アジアでは日本以下の出生率の国も目立つ。最近の統計で中国の出生率は1.02。お隣の韓国に至っては、なんと0.72というハイパー少子化社会になっているのだ。

主要国の合計特殊出生率の推移。中長期的な視点で見れば、どの国も小刻みな上下はあれど、全体的に低下傾向にあることがわかる 主要国の合計特殊出生率の推移。中長期的な視点で見れば、どの国も小刻みな上下はあれど、全体的に低下傾向にあることがわかる
日本より社会福祉が充実しているとされる欧州も現実は厳しい。妊娠期から手厚く親子をケアする公的施設の開設など、子育て支援の先進国として知られるフィンランドの昨年の出生率は1.26。出産や育児に関する給付金の拡充や男性の育児参画の後押しなど、国を挙げた対策で一時は出生率の大幅な回復を遂げたフランスでさえも1.68。どちらの国も戦後最低水準の数値となった。

「しかし、こうした『少子化対策の不調』を『人口減少対策の失敗』ととらえるのは早計です。そもそも少子化を改善しても、人口減少は止まりません」

どういうことか?

「前述したように、日本の場合は2.07の出生率が人口維持に必要です。しかし、奇跡的に出生率がこの水準まで増加したとしても、向こう半世紀以上、人口は減少し続けることが統計上決定しています。これは諸外国も同様で、人口減少は先進国にとって不可避の課題であると認識されています。

労働力不足や社会保障費負担の増加など、人口減少が問題を引き起こすことは事実です。しかし、これは少子化とは別の問題です。移民の受け入れ検討や社会保障制度の見直しなどでも対策はできるはずです。

特に日本では『少子化』と『人口減少』という別個の問題がセットで扱われ、少子化対策こそが人口減少の特効薬かのように扱われていますが、これは間違った見方です」

2パターンの日本の人口推計。2021年以降に人口置換水準に戻った場合の人口推計と、2020年時点の出生率や死亡率を基準にした人口推計の比較。もはや将来の人口減少は避けられないことがわかる。しかし、出生率が改善すれば減り方は緩やかになるため、社会への衝撃を緩和できるだろう。茂木良平氏が人口統計資料集と将来人口推計に基づき作成 2パターンの日本の人口推計。2021年以降に人口置換水準に戻った場合の人口推計と、2020年時点の出生率や死亡率を基準にした人口推計の比較。もはや将来の人口減少は避けられないことがわかる。しかし、出生率が改善すれば減り方は緩やかになるため、社会への衝撃を緩和できるだろう。茂木良平氏が人口統計資料集と将来人口推計に基づき作成
それでは、少子化対策の本来の目的とはなんだろうか?

「少子化対策の主目的とは、『個々人の自由な選択を支援する』ことです。結婚したくてもできない、子供が持ちたくても持てないという状況は不幸なことであり、社会的に重要な課題です。この解決のために支援するのであり、『みんなが結婚しないと困る』からするのではない。ここが日本で誤解されているポイントです。

実際、欧州では日本のような支援策を『少子化対策』とは呼ばず、『家族支援』や『家庭と仕事の両立支援』と呼ぶのが主流です。誰にとっても生きやすい社会をつくることができれば、結果的に少子化対策にもなるということです。

日本では、こうしたメッセージがほぼ発信されていません。そのため、『またバラマキ政策か』とか『子育て世帯だけを優遇するのか』といった批判が噴出するのです」

■最も効果的な少子化対策とは?

しかし、欧州と日本の少子化対策に大きな違いはないそうだ。

「あまり知られていませんが、日本の子育て支援は欧州各国と比較しても劣っているわけではありません。

育児休業制度だけ見ても、父親も母親も子供が1歳になるまで育休を取得できるなど、男女平等の意識が浸透している欧州よりも優れている点は多いです。

ほかにも、自治体によっては不妊治療の助成があったり、子供の医療費が無料だったり、近年急速に制度が整ってきました」

問題は、制度は整ってきているのに、人々の意識がいまだに変わっていないことだ。

「せっかくの育児休業制度なのに、うまく活用されていません。厚生労働省の調査によると、2021年に育休を取得した女性は85%だったのに対して、男性は14%だけ。

また、厚生労働省の調査では、『母親が育児に負担を感じる』『夫の育児頻度が少ない』という家庭ほど、第2子が持ちにくいとの結果が出ています。事実、日本は男女で家事・育児負担に大きな差があり、女性の家事関連の時間は男性の5倍以上ともいわれています。

ここにはさまざまな要因がありますが、最も大きいのは、少子化が『今を生きる自分たちの問題』だととらえられていないことにあるでしょう」

ほとんどの人にとって、人口減少は未来に起こる問題だ。「未来に起こる問題のために少子化対策が必要だ」と言われても、今の自分の生活と直結させて考えることは難しい。

「しかし、『結婚や出産など、希望する将来を自由に選択できない人が増えている。だから少子化対策が必要だ』と説明の仕方を変えればどうでしょう。非常にリアルな『今の問題』としてとらえられるようになるはずです。

また、これは少子化対策の範囲を広げることにもなります。経済的な問題が若者の結婚を妨げているなら、賃上げや雇用政策も少子化対策に含まれます。働き方改革も、女性の育児負担の軽減として少子化対策につながります。少子化対策には、本来これほど幅広い視野が必要なのです。

こうして自身が希望する将来を実現できる人が増えれば、個人の選択として結婚や出産を望む人も増えていくでしょう。遠回りかもしれませんが、それが最も現実的で効果的な少子化対策なのです」

少子化は「これから起こる危機」ではない。今を生きる私たちの問題なのだ。

●茂木良平(Ryohei MOGI) 
人口学博士・少子化研究者。スペイン、ポンペウ・ファブラ大学研究員、南デンマーク大学助教。オックスフォード大学社会学部研究員を経て現職。先進国の少子化問題をデータと統計を用いて分析している。自治体や企業と協働で少子化問題のEBPM(Evidence Based Policy Making)にも取り組んでいる

小山田裕哉

小山田裕哉おやまだ・ゆうや

1984年生まれ、岩手県出身。日本大学芸術学部映画学科卒業後、映画業界、イベント業などを経て、フリーランスのライターとして執筆活動を始める。ビジネス・カルチャー・広告・書籍構成など、さまざまな媒体で執筆・編集活動を行っている。著書に「売らずに売る技術 高級ブランドに学ぶ安売りせずに売る秘密」(集英社)。季刊誌「tattva」(BOOTLEG)編集部員。

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