熾烈を極める中学受験戦争。その一方で、私大エスカレーターの高校入学が穴場化しつつあるという 熾烈を極める中学受験戦争。その一方で、私大エスカレーターの高校入学が穴場化しつつあるという
少子高齢化にも関わらず、中学受験の過熱ぶりが収まらない。首都圏模試センターの推計によると、2023年度の私立・国立中学の受験者は5万2600人と9年連続で増加。過去最高の人数であり、競争の激化ぶりを物語った。

横浜市郊外に住む森山田洋平さん(仮名・45歳)一家も、その荒波に飲まれ苦しんだ過去を持つ。夫の洋平さんは早慶、妻は日東駒専という組み合わせのご夫婦が授かった一粒種の長男・佑樹(仮名)くんの中学受験は、かくも無残に散った。

中学受験は受験生だけではなく、それを見守る親の負担も少なくない 中学受験は受験生だけではなく、それを見守る親の負担も少なくない
「『中学受験は小学4年生からやれば十分』。そんな認識でいたら大甘でした。

息子を小4から某有名学習塾に通わせたのですが、偏差値は50~55のいわゆる"ボリュームゾーン"を抜け出せず、ひどいときは4科目で50を切ることも。塾に加え、小6の1年間は1コマ2万円近くする家庭教師も雇いましたが、数字には表れなかった。

実際に本番でも力はふるわず、第一志望だったMARCH系付属中学は2度トライしたにもかかわらず不合格。受かったのは偏差値47くらいの学校1校のみ。『それなら公立に行く。お金もかからないでしょ』と言われ、公立に進みました」

かくして、400万円近い授業料をふいにした森山田さん。だが、光明は以外なところから差すことになるのだ。

■専願受験というカラクリ

公立中学へと進んだ佑樹くんは、小学校の時とは別の学習塾に通い始めた。この時、洋平さんはほぼ無関心で、どんな塾かも知らなかったという。

「ウチの子は偏差値競争に向いていない。だったら好きなことをさせたいという思いで、学歴レースからは降りたつもりだったんです。ところが、最初の模試で全国で300位、偏差値も65くらいあった。意味がわかりませんでした」(洋平さん)

いうまでもなく、偏差値というのは母集団の実力によって数値が定まるもの。中学受験のような神童たちが切磋琢磨する場では53程度だった佑樹君だが、その〝トップ集団〟が私立・国立中学に進み、空洞化した戦場ではかなりの上位者となっていた。

「学習塾のテストの順位表には、名前とともに志望校が書かれていたのですが、息子の前の子供が慶応、後ろの子が横浜翠嵐を志望校として掲げていた。どちらも偏差値70オーバーといわれる名門です。

ただ、ここで気づいたんです。『中学受験勢がいなくなった高校受験というのは、トップ層がいない競争だ』と。息子の成績はやはり上がることもなく、落ちることもなく、偏差値65近辺をキープして中学3年生を迎えました」(洋平さん)

さらに、高校受験ならではの仕組みが佑樹くんの追い風になる。それは「専願システム」なる制度だ。

首都圏の私立では「専願」といって、必ず進学する意思をもって申し込んだ受験生に相応の枠を用意しているケースが一般的だ。

たとえば中央大学の付属校である中大横浜の場合、募集する100名のうち専願枠は30名ほど。これは、書類審査と面接で決まるものだ。ここにさらに「一般A方式」として30名の枠が用意され、いわゆる筆記試験はなし。つまり、約6割が中学校での成績と簡単な面接などで合格が決まり、

「少なくとも自分には、中学受験のような熾烈な競争はまったく感じられなかった」

と森山田さんが語るほど、緩いのだ。

夏期講習は受験生にとっての正念場だ 夏期講習は受験生にとっての正念場だ
参考までに、中大横浜の日能研R4(合格可能性80%)偏差値は58前後。高校受験での偏差値は67前後とされ、神奈川でも屈指の難関校だ。

同じMARCHに名を連ねる法政国際高校もこの制度を用いており、高校一般受験の偏差値は69と超難関にみえる。だがこれも、270人中210人は「書類のみ」で通る専願受験で入学しており、残る60人という数少ない椅子を争った結果である。

「一般受験は早慶の付属校や、横浜翠嵐や湘南高校を落ちた子の受け皿。だからみかけの偏差値が高い。専願は書類=内申点のみで決まるので、うちの子の場合、45点満点中、42点に加点1点(英検など)であっさり決まりました。

これ、好成績にみえるかもしれませんが、基本は休まず課題もさぼらず、授業に出ていたら満点がつくような流れのようです。正直、大学受験でMARCHに合格するほどの学力も根性もないので、もっともコスパ、タイパよく滑りこめたと思う」(洋平さん)

これぞ「最短のMARCH入学法」だと森山田さんはにっこり微笑む。中学受験に没頭する受験生とその親は、レッドオーシャンで戦わずともこんなルートも存在することを、頭の片隅に入れておいてはどうだろうか。