安藤海南男あんどう・かなお
ジャーナリスト。大手新聞社に入社後、地方支局での勤務を経て、在京社会部記者として活躍。退社後は警察組織の裏側を精力的に取材している。沖縄復帰前後の「コザ」の売春地帯で生きた5人の女性の生き様を描いた電子書籍「パラダイス」(ミリオン出版/大洋図書)も発売中
組織犯罪の動向を追うマスコミや捜査当局、そして暴力団などの関係者たちに衝撃が走ったのは去る7月9日のことだ。
この日、大阪府警がある大物2人の摘発に踏み切った。
不動産を担保にした取引を巡ってうその登記をしたとする電磁的公正証書原本不実記録・同供用の疑いで、指定暴力団「絆會」の織田絆誠(よしのり)会長(57)と、岡山に本部を置く「池田組」の池田孝志組長(79)の2人を逮捕したのだ。両組はそれぞれ「親戚団体」として連携し、日本最大の指定暴力団、山口組の分裂に伴う「六代目山口組」「神戸山口組」の二大組織との抗争を続けている。
2015年、六代目山口組から離脱した元傘下団体が神戸山口組を立ち上げたことで始まった抗争も、来年で勃発から10年。節目の年を前にした逮捕劇となった。
2人が問われた罪状は、捜査当局が「暴排」の網に掛けた暴力団関係者の身柄を抑える時に頻繁に持ち出される、いわば〝微罪〟だったことは、当サイトでも既報のとおり。しかし、大阪府警が織田会長らの登記を巡る不正を追及している組事務所は、過去にも捜査当局が事件とのつながりを調べていた、いわくつきの物件であったことはあまり知られていない。
2017年、京都府警が逮捕監禁容疑で組事務所を捜索。捜索の目的は、その4年前の2013年に京都市在住の男性が行方不明になっていた件への関与を調べるためだったとされる。
「失踪した男性は、件の組事務所の土地建物に一時、6000万円の抵当権を設定していた会社の経営者で、この抹消手続きをめぐって組側とトラブルになっていた。京都府警による捜査は当時、それ以上進展しなかったが、山口組の分裂騒動があって以降も、織田会長や、織田会長がかつて所属した神戸山口組サイドのこの件への関与を示唆するような怪文書が出回ったこともあった」(暴力団事情に詳しい関係者)
こうした背景もあいまって、事件捜査の行方に関係者らの視線は集中しているというわけだ。
2015年から続く分裂抗争では、渦中の4団体の中核となる組織や関係先の多くが集中するのが、大阪と神戸だ。当然、この2都市を所管する大阪府警と兵庫県警が抗争に絡む事件捜査の多くを手掛けてきた。そんななか、絆會・織田会長らの逮捕に踏み切った大阪府警と兵庫県警の間では、事件に絡んだ「場外バトル」ともいえるいさかいが生じているという。
「今回、織田会長らの身柄を抑えたのは大阪府警ですが、この動きに兵庫県警が猛反発しているそうです。というのも、神戸市のラーメン店襲撃事件では兵庫県警が、襲撃の実行犯の疑いがある金澤容疑者の捜査に当たっている。兵庫県警側としては、織田会長率いる『絆會』による組織的な関与を裏付けるために慎重な捜査を進めたい思惑があった。
実際、現場から『組織犯罪との結びつきで、いらわない(触らない)で』との要請があったそうです。ところが、大阪府警側はその申し入れを無視して逮捕に踏み切った。一連の襲撃事件の組織性を解明できたら大手柄になるわけですから、兵庫県警側からは『手柄欲しさに事件を横取りしようとしている』という声が上がるのも無理はない話でしょう」(前出のメディア関係者)
大阪府警と兵庫県警は、過去にも暴力団捜査の主導権を巡ってしばしば衝突を繰り返してきた経緯もある。
「隣り合う地方警察同士がいがみ合う例は大阪と兵庫に限りません。警視庁と神奈川県警の捜査員の間にも、強烈なライバル関係があると言います。
ただ、大阪府警と兵庫県警との関係は特に根深いものがあるようです。一説には、警察庁の広域重要指定事件になったグリコ・森永事件での合同捜査でも、2組織の対立が事件解決の障壁になったという話もあるほど。
特に山口組の捜査でぶつかりがちな、『マル暴(暴力団担当刑事)』の対抗意識は強烈。締め付けを徹底する(大阪)府警と相手の懐に入って情報を引き出す(兵庫)県警と、捜査手法にも微妙な違いがあり、互いに牽制し合っているのが実情です」(同前)
捜査の進展次第では、およそ10年にわたる抗争の行方を左右するような展開にもなりかねない今回の事件。水面下で起きた〝代理戦争〟の勃発も、分裂抗争の捜査が重大局面を迎えていることを雄弁に物語っている。
ジャーナリスト。大手新聞社に入社後、地方支局での勤務を経て、在京社会部記者として活躍。退社後は警察組織の裏側を精力的に取材している。沖縄復帰前後の「コザ」の売春地帯で生きた5人の女性の生き様を描いた電子書籍「パラダイス」(ミリオン出版/大洋図書)も発売中