安田峰俊やすだ・みねとし
1982年生まれ、滋賀県出身。ルポライター。中国の闇から日本の外国人問題、恐竜まで幅広く取材・執筆。第50回大宅壮一ノンフィクション賞、第5回城山三郎賞を受賞した『八九六四 「天安門事件」は再び起きるか』、第5回及川眠子賞を受賞した『「低度」外国人材移民焼き畑国家、日本』(KADOKAWA)など著書多数。新著『中国ぎらいのための中国史』(PHP新書)が好評発売中
農作物を食い荒らし、突如、人を襲う有害生物。日本には生物にまつわる小さくないリスクがある。だが、そのような生物たちをなぜか在日ベトナム人が狩って、食べたり、売ったりしているらしい。そんな"狩猟生活"を営む在日ベトナム人の実態とは!? ルポライターの安田峰俊氏が迫る!
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近年、「生物」の話題がニュースを騒がせている。
例えば、養殖場から逃げ出すなどの人工的な要因によって本来は生息していない地域に分布を広げ、生態系を乱す「侵略的外来種」(アメリカザリガニなども該当する)の被害だ。
また、自然破壊や気候変動の影響で、シカやイノシシなどが人間の生活空間に入ってトラブルを起こす例も増えている。近年の鳥獣による農作物被害額は年間150億~160億円規模に上る。
ところが、こうした有害生物をひそかに狩り、売買し、食べている人たちが存在する。それは在日外国人の労働者たちだ。
中でもベトナムの農村出身者が多い技能実習生やボドイ(不法滞在・不法就労者)は、さまざまな生物を狩り、食べている。これまで日本人の目に見えてこなかった「ベトナム人vs有害生物」の実態を追った――。
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「ベトナム人技能実習生の十数人の男女が、よくバケツを持って、この溜め池に入ってジャンボタニシを採っているんです」
今年6月上旬、九州北西部の玄界灘沿いの水田でそう話したのは、生物調査コーディネーターの「なでしこぺんた」氏(以下、ぺんた氏)だ。
彼が案内してくれた農業用水の溜め池には、ジャンボタニシが繁殖した痕跡であるショッキングピンクの卵が点々と残されていた。
ジャンボタニシは、別名をスクミリンゴガイという南米原産の淡水生巻き貝だ。殻高は50~80㎜と巨大で、タニシとの類縁関係は遠いが、外見はよく似ている。毒々しい色の卵には毒性もある。
田植え直後のイネの苗を食い荒らして甚大な損害を与えるなど、ジャンボタニシは農水省や各自治体からしばしばその害がアナウンスされる。
彼らの弱点は寒さに弱いことだが、近年は温暖化の影響で、西日本を中心に越冬が可能になり、繁殖に成功している。天敵が存在しない環境で個体数を異常に増加させ、生態系を乱すという、代表的な侵略的外来種だ。
ところが、そんなジャンボタニシに「天敵」が出現した。
それは、今世紀に入り日本の農村部で多く働くようになった外国人労働者たちだ。もともと中国南部や東南アジアには、タンパク源としてタニシを食べる習慣が現在でも残っている。
加えてジャンボタニシは本来、食用目的で輸入された個体が遺棄されて繁殖した経緯がある。食べられる生き物なのだ。
「ああいう貝は、インドネシア語で『ケヨン・サウア』といいます。唐辛子と煮て食べるとおいしいですよ。でも、ベトナム人のほうが多く食べていますね」
溜め池でライギョを捕獲中だった、地元のインドネシア人労働者のスウィト氏(32歳・男性)はそう話す。
もっとも、私たちがぺんた氏と共に池を調査したところ、確認できたジャンボタニシは小型の個体ばかり。手のひらの半分を覆うような巨大な殻を持つ個体は、死んだ貝殻が数個見つかった程度だった。
「ジャンボタニシが大きくなるには一定の時間がかかります。この池の場合、巨大な個体は近所のベトナム人が採り尽くしてしまったんでしょう。イネの食害を防げるので、地元の農家の方には助かる話ではあります」
実はこうしたベトナム人たちによる〝乱獲〟は、自家消費以外にも目的がある。フェイスブック上に多数存在するボドイ・コミュニティを通じて、日本在住のほかの同胞向けに食材として販売できるからだ。
例えば、こんな広告が見つかる。
・タニシ......700円
・イノシシ肉......1100円
・イヌ......1100円(欠品中)
投稿者に連絡してみると、応じたのは関東在住のメイ氏(仮名)。30代のベトナム女性だった。上記の価格は1㎏当たりで、注文は2㎏から受け付けるという。
そこで、物は試しと買ってみた。すると、「石川県日市七郎町」(白山市の誤記か)のアパートの一室から、ビニール袋に入った大量のタニシが生きたままで送られてきた。
仕組みはどうやらこうだ。全国各地のベトナム人が捕獲した食用生物の情報を、仲介業者であるメイ氏がフェイスブックに投稿。顧客が彼女にお金を振り込むと、食材が産地から直接送られる。
広告のポストではウサギやスッポンなどほかの生物もしばしば登場していた。各地で捕獲され次第、メイ氏が情報を流すようだ。
なお、私たちが購入したタニシの産地は北陸地方だったため、送られてきたのは日本の在来種だ。とはいえ、捕獲地が関西以西の場合、もちろんジャンボタニシが届く場合もあるはずだ。
在日ベトナム人たちの獲物には哺乳類も含まれる。中でも盛んなのはイノシシ狩りだ。イノシシは昨年1年間に64人を襲うなど、深刻な獣害が報じられる獰猛な生き物だが......。
「数年前、岐阜県御嵩町の竹やぶに狩りに行きました。季節は5月。イノシシはタケノコが好きだからです。山中にわなを設置して、かかっていないか朝に確かめる。現場に3日くらい通い詰めましたよ」
そう証言するのは、愛知県内に住む34歳のベトナム人男性・ビン氏(仮名)である。
当時は技能実習生として来日直後で、鉄工所に勤務するベトナム人の先輩から「わなを自作したから」と誘われたという。
彼らが設置したのはイノシシの足をワイヤーで捕らえる「くくりわな」。ほかの実習生らと7人で山に向かった。なお、わなを使用した狩猟には免許が必要だが、彼らはそれは知らなかったようだ。
「このときは捕まえられませんでしたが、別の機会に友人から『イノシシ1頭を手に入れた』と言われ、家に食べに行ったことがあります。わなでイノシシを捕獲する動画はTikTokにもたくさん上がっていますし、捕っているベトナム人は大勢いると思いますよ」
一方、近年の日本でイノシシと同じく獣害が報じられるのがシカの仲間である。
特に深刻な被害が伝わるのが千葉県だ。1980年代以前に勝浦市の飼育施設から逃げ出し野生化したとされる、中国南部や台湾が原産のシカの一種「キョン」が、房総半島中南部に定着。05年には環境大臣により特定外来生物に指定された。
キョンは生後半年で妊娠が可能になるなど繁殖力が高く、23年には10年前の約2倍の約7万1500頭にまで増加した。キョンは農産物や家庭の花壇を片っ端から食い荒らすほか、「ギャー」と大声で鳴いて騒音を出すことで、地域に深刻な被害を与えている。
「シカ肉入荷しました! グラム1200円。5㎏からの販売です」
ある日、フェイスブックのボドイ・コミュニティを見ると、皮を剥いだ4体のシカ科らしき哺乳類の写真と共に、メイ氏がこんな文面をポストしていた。
さっそく注文したところ、数日後にボロボロの段ボール箱が宅配便で届いた。開けてみると、生肉らしきものがスーパーのビニール袋に無造作に詰められている。送り状は、外国人らしきたどたどしい筆跡だ。
発送元は千葉県市原市の田園地帯で、ベトナム人男性の名義である。この地域はまさにキョンの分布地だ。
そこで住所の場所に行ってみたところ、農家の裏にある古い一戸建て家屋に、5、6人のベトナム人男性が住んでおり、大音量でベトナムポップスを流していた。通訳を介して話しかける。
「肉の発送元? 俺は2日前にここに来たばかり。ほかの連中も、数週間働けば違う所に移る。何も知らないよ」
ベトナム人は住居を訪ねると、たとえ面識がなくても家に上げてくれることが多いが、彼らは珍しく態度がよそよそしい。農業に従事する技能実習生だというのだが、仮にそうであれば、短期間で実習先(職場)がポンポンと変わるのは不自然である。
男性たちの何人かは体にタトゥーがあり、人相も一般のベトナム人と比べて崩れている印象だった。通常のマジメな技能実習生ならわかるレベルの、簡単な日本語も話せない。
「さっさと帰ってくれよ! 俺たちは何も知らない」
そう話す彼らの背後、屋内からはかすかに獣臭が漂い、玄関先には見覚えのあるボロボロの段ボール箱が6箱置かれていた。
雑談するフリをして、箱の送り状を確認する。いずれもここの住所が書かれ、差出人も私たちが受け取った送り状と同一の男性名。外国人特有の筆跡も変わらない。箱の送り先は北海道から山口県まで全国各地にわたり、いずれもベトナム人宛てだった。
「箱の中身は服だ! 日本人のシャチョウに発送を頼まれたんだ!」
男たちは苦しい説明を続けたが、ここが肉の発送拠点なのはほぼ確実だろう。
古い一戸建て家屋と広い庭、騒音が問題にならない立地、自動車も保有していたので、移動手段もある。こういった条件から、彼らが狩猟や解体まで手がけている可能性も十分にありそうだ。
事実、近隣の日本人住民からは「ベトナム人が野生動物を狩るのを見た」という証言も得られた。
ちなみにキョンは体が小さく(中型犬程度の大きさ)、ニホンジカやイノシシと比べて狩猟が容易だ。しかも、千葉県ではニホンジカの倍近くも増えている。
フェイスブックのボドイ・コミュニティで流通する「シカ肉」には、おそらく房総半島が拠点のベトナム人集団が密猟したキョンの肉がけっこうな割合で含まれているはずだ。
さらに〝ガチ〟な世界もある。
「クマとの戦いは命がけだ。シカとは訳が違う。だが、クマの肝は高く売れるぞ。新鮮なものは、15㎏で5万~7万円くらいになる」
電話口でそう豪語したのは、ベトナム人ハンターであるドゥン氏(仮名)だ。
詳細は明かせないのだが、彼のフィールドは東日本の某山脈。房総半島の密猟集団(おそらく)とは違い、元技能実習生のドゥン氏は日本人から狩猟を習ったことで、正規の狩猟免許を持つ。中古で購入した30万円のライフルを相棒に、山野を駆けているのだ。
彼の獲物はシカやウサギなど多岐に及ぶ。ただ、最も難度が高いターゲットは、もちろんクマだ。
日本には北海道に生息するヒグマと本州以南に分布するツキノワグマがいる。いずれも近年は人間との接触が増え、23年度に過去最悪の219人が襲われるなど獣害が深刻化している。クマを狩ったハンターに、少額ながら報奨金を出す自治体もある。
「クマの肝は、ケガを治りやすくしたり、疲労回復に効果があったりする(という民間療法に使われる)。ベトナム人はもちろん、中国人やミャンマー人にも人気だ。彼らは高値をつけてくれるよ。肉や爪も売れるんだ」
実は彼が捕まえたクマの肝や肉、手のひらなどは、食用や薬用(ベトナムの伝統医学)として、ネット上の仲介者を通じてボドイ・コミュニティでひそかに販売されている。
私たちはフェイスブック経由でクマの爪(9000円)を購入したが、ドゥン氏が狩猟し、仲介者に4000~5000円で卸したものだった(爪は食用や薬用ではなく観賞用である)。
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生態系を乱す侵略的外来種であるジャンボタニシやキョン、深刻な人的被害が伝えられるイノシシやクマ......と、近年の日本人を震撼させる有害生物の多くは、実はベトナム人にとっては「おいしい食材」でもある。
この現象を肯定的に見るべきなのか。だが、一連の動きは複数の法令違反が前提であり、もろ手を挙げては歓迎できない。増え続ける有害生物と、それを消費するベトナム人のやりたい放題。令和日本の有害生物事情はなんとも悩ましい。
1982年生まれ、滋賀県出身。ルポライター。中国の闇から日本の外国人問題、恐竜まで幅広く取材・執筆。第50回大宅壮一ノンフィクション賞、第5回城山三郎賞を受賞した『八九六四 「天安門事件」は再び起きるか』、第5回及川眠子賞を受賞した『「低度」外国人材移民焼き畑国家、日本』(KADOKAWA)など著書多数。新著『中国ぎらいのための中国史』(PHP新書)が好評発売中