「クマに遭遇したら死んだふり」というアドバイスをどこかで聞いたことがある人は多いと思いますが、果たして本当にその対応は正しいのでしょうか? クマ研究者の小池伸介先生にクマに遭遇したときの正しい行動を聞きました。すべて押さえたらクマに遭遇しても生き延びる確率が上がります!
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■パニックにならない・させないことが大事
クマ被害のニュースが相次いで報道された昨年に続き、今年も全国各地でクマの目撃情報が多数報告され、被害も続出しています。長引くクマ被害を受けていくつかの自治体が出没警報を延長するなど、クマへの警戒はしばらく怠れそうにありません。
では、実際にクマに遭遇してしまったとき、どうすれば助かることができるのでしょうか? 東京農工大学教授で、多くのツキノワグマ関連本を執筆されている小池伸介先生に話を聞きました!
小池先生、ズバリ、クマに遭遇したときはどうすれば助かりますか?
「これを言うのは少しずるいのですが、そもそもクマには遭遇しないようにすることが一番です。なぜなら、クマに対してはこれをすれば絶対に助かるということが難しいからです。
クマにも人間のように個性があって、おとなしい個体もいれば気性が荒い個体もいて、ひとくくりにして対策をすることはできません。なので、山に入る前に遭遇しないよう十分気をつけることが重要です。
例えばクマ鈴を着けてクマに対して『人間がいるぞ』と知らせて、クマに距離を取らせると効果的な対策になります。クマは人間よりはるかに耳がいいので、鈴で音を鳴らしていると簡単にこちらの存在に気づいてくれます。
ただ、山に入るとどうしてもクマに遭遇してしまうことはありますし、最近は住宅地に出没する例もあります。そんなときに取れる行動にはいろいろありますが、最も重要なのは自分がパニックにならない、そしてクマをパニックにさせないことです。
クマと遭遇したときにまず判断しなければならないのは、『クマはこちらの存在に気づいているのか?』『クマとの距離はどの程度あるか?』などです。
パニックになってしまうとそのような状況分析ができず、大きな声で叫ぶなどの不適切な行動をしてしまい、クマを興奮させる可能性があります。そのため非常に難しいことですが、まずは冷静になって状況分析をすることが求められます。
また、クマをパニックにさせないのが大事というのは、そもそもクマは人間を食べよう、積極的に襲おうとして攻撃してくるわけではないということです。
クマが人間を攻撃するときは人間が不用心に近づいてクマを怖がらせてしまったときや、子グマを守る母グマを刺激してしまったときで、すべて防御本能からくる行動なんです。なので、クマをパニックにさせなければそもそも人間を攻撃してこないので、刺激しないことが対策になります」
パニックにならない・させない原則を守った後は、遭遇したクマからどのように逃げたらいいですか?
「逃げる際に一番してはいけないのは、クマに背中を向けて走って逃げることです。背中を見せると遭遇したクマの状況がわからなくなりますし、クマは動くものに反応する性質があるので走るのも悪手です。
逃げる際には、後ろに気をつけつつクマを視界に入れながらゆっくり後退することが推奨されています。その際、クマと自分の間に障害物を置くように逃げるとなお良しですね」
パニックになったら走って逃げてしまいそうなので、とにかく冷静になりましょう!
■死んだふりって本当に正しいの?
「クマに遭遇したら死んだふり」というのをよく聞くのですが、死んだふりは本当に有効ですか?
「私もなぜそんなことが言われているかわからないですが、死んだふりは正しい対策とはいえないです。死んだふりをして助かった人もいるのかもしれませんが、残念ながら助からなかった人もいると思います。
もし至近距離でクマに遭遇してしまって本当にどうしようもないときは、うつ伏せになって両手で首を守るのが一番効果的です。もちろん、この姿勢でも叩かれたり、かじられたりするかもしれませんが、出血量を抑えることができるので生還できる可能性が高くなります。
クマ被害の死因の1位は失血死なので、クマにひっくり返されてあおむけにされたりしても再びうつ伏せの姿勢になって失血を防ぐと効果的です」
「死んだふり」をすると本当に死んでしまう可能性があるんですね......。クマ対策として山に持って行くといいアイテムはありますか?
「クマ撃退スプレーを持って行くことを推奨します。ネットでクマ撃退スプレーに効果がなかったという人がいますが、ほとんどの場合は使い方が間違っているだけだと思います。
スプレーの有効射程範囲は狭いので、クマの接近を十分に待ってから鼻先に噴射する必要がありますが、多くの人が誤って遠くから噴射してしまっているのでしょう。
ただ、野生のクマに対してぶっつけ本番で正しくスプレーを使える人は少ないと思うので、一度脳内でシミュレーションすることを勧めます。『日本クマネットワーク』が出しているYouTubeの動画がスプレーの正しい使い方として参考になるので、ぜひ動画を見て確かめてみてください。
スプレーはネットでも購入でき、値段もピンキリですが、ある程度高いものを選んだほうが安心して使えます。私が推奨するのは、有限会社アウトバックが販売している『カウンターアソールト』です。
スプレーのほかには、ヘルメットも装備したほうがいいです。出血量が多くなりやすい頭部からの失血を防ぐことが対策になります。ほかにも、クマ鈴を山に入るときに持っていると安心です」
■クマ被害が増えている理由は何?
そもそも、ここ数年でなぜこんなにもクマ被害のニュースが増えているのでしょうか? 人が森林伐採をしすぎて山にエサがなくなったことなどが関係していますか?
「エサ不足は確かに大きな理由です。ただ、人のせいでエサが少なくなったというより、自然のサイクルの一環でエサが少ない年があることのほうがエサ不足には影響しています。クマ被害が過去最大だった昨年度は偶然、何種ものエサが数年に1度の凶作の年で、クマが食べるものが極端に少なかったんです。
また、森林伐採に関していうと、人が森林を伐採して動物の居場所を奪ったという一般的な理解に反して、実は今の日本では森林がどんどん拡張して動物の生息域が広がっているんです。今、日本の木は頑張って切っても高値で売れないので、林業は昔と比べて衰退しています。
また、森林の近くにある集落は住民が高齢化した影響でどんどん少なくなって、人は森の近くから撤退しているといえます。そのため昔は集落があって人が住んでいた場所も草木が刈られないまま森の一部となってしまい、動物たちの居場所になっています。
そしてここで問題となるのが、人が森林から立ちのいていることで、『バッファゾーン』(緩衝地帯)がなくなっていることです。
『バッファゾーン』とはクマやイノシシがすむ森と、人が住む住宅地に挟まれた場所で、人間によって草木が刈られて手入れされているけれども完全に住宅地ではない、いわば中間地帯のような場所です。
これがないと人が住宅地を出て森に入るとすぐにクマなどの野生動物の生息地に入ってしまうことになり、遭遇のリスクが格段に上がってしまいます。
このようなリスクを減らすため、『バッファゾーン』を設けて人間と動物のすみかをしっかり分けて両者を『ゾーニング』(すみ分け)していくことが根本的なクマ被害の対策につながります。
ただ、この『バッファゾーン』をつくるのはすでに高齢化が進んでいる集落の人たちには難しいので、行政が積極的に関わって支援する必要があります。
クマの研究者としては被害が拡大するたびにクマを駆除する対症療法より、『バッファゾーン』を設けてそもそも人間とクマが遭遇するリスクを減らす原因療法のほうが有意義だと考えています」
クマからしても、猟銃を持ったハンターから生き延びるのは至難の業。両者がすみ分けできる環境をつくることで、お互いにウィンウィンな関係を築くことができそうです。