佐藤喬さとう・たかし
フリーランスの編集者・ライター・作家。著書は『エスケープ』(辰巳出版)、『1982』(宝島社)、『逃げ』(小学館)など。『週刊プレイボーイ』では主に研究者へのインタビューを担当。
若者を中心に流行中の性格診断「MBTI(Myers-Briggs Type Indicator)」をご存じですか? 今やコレ、雑談のタネどころか、企業の研修にまで活用されているんだとか! でも、結果をどこまで信用していいの? 専門家に聞いた。
Web上のテストで個人の性格を16タイプに分類する「MBTI診断」が若者の間で大人気だ。慶應義塾大学に通う女子大学生はこう言う。
「私の周囲ではMBTI診断を受けたことがない学生は見たことがないです。私ももちろん受けました! 自分の思考の傾向がわかるし、タイプ別の相性も教えてくれるので、すごく面白いです」
流行は学生の間だけにとどまらない。20代の女性はとある総合商社の面接で、MBTI診断の結果をしつこく聞かれたという。
「『あなたってMBTIだと討論者タイプなんだよね?』といきなり言われ、10分くらい深掘りされました。しかもそれは、その前の面接で別の社員さんに聞かれて答えただけだったのに、その話を面接官もなぜか知っていて。自分ではその診断に違和感を覚えていたのもあって、ちょっとイヤだったかな......」
活用場面はどんどん広がっている。例えばマッチングアプリだ。大手アプリの『Pairs(ペアーズ)』にはプロフィール欄に診断結果を記入する欄が追加された。ほかにも、診断結果を基にマッチする『イチロク』というアプリもある。
さらには、企業でもMBTIを導入するケースが増えている。チームビルディングや人材マネジメント、研修などに応用されているという。
このように活用シーンが増えているMBTIだが、調べていくと奇妙な事実にたどり着く。世間でいわれているMBTIのほとんどは、MBTIではない別の何かなのだ。
その正体は、英国の企業が運営するサイト『16Personalities』(以降、16パーソナリティ)で提供される診断。Web上で10分程度かけて質問に答えると、無料で診断できる。
だが、この診断はMBTIとまったくの別物だ。実際、本誌の問い合わせに対し、運営元は「MBTIとは違い、私たちの診断は『NERISタイプ診断』である」と回答しているし、サイトでもMBTIとはうたっていない。
では本当のMBTIとは何かというと、日本では一般社団法人日本MBTI協会が提供しているものに限られる。同協会も16パーソナリティには困惑しているようで、HPには「16Personalities性格診断テストを『MBTIⓇ』だと思って受けられた方へ」と注意書きがあるくらいだ。
パーソナリティ心理学を研究している早稲田大学の小塩真司(おしお・あつし)先生はこう解説する。
「MBTIは精神科医のカール・ユングの理論を基に1960年代のアメリカで生まれた診断方法です。アメリカでは昔から企業などで使われていたのですが、日本ではやることはないだろうなと思っていたらこの大流行ですから、驚きですね。
はやった理由は、韓国のアイドルがよく"いわゆるMBTI"に言及するからでしょう」
しかし、本来は別物である16パーソナリティがMBTIとして広まってしまったのはどうして?
「16パーソナリティでもMBTIと同じように『ENFP』などアルファベット4文字を使ってタイプを表します。誰かが混同し、それが広まってしまったのでしょう」
16パーソナリティのHPによると、NERISタイプ診断はMBTIを参考にしているため、似た言葉が使われるそうだ。しかしMBTIが依拠するユング理論ではなく、心理学でよく使われる「ビッグファイブ」という分類を採用するなど大幅に変更を加えたという。
16パーソナリティがこれだけ流行していることを専門家はどう思っているのだろうか? 再び小塩先生に聞いてみた。
「少し前にはやった血液型診断を今風にしたようなものでしょう。16パーソナリティでは『内向型―外向型』『感情型―思考型』といった複数の特性に基づいて性格を診断し、そこから類型を導きますが、そのやり方自体は間違っているわけではありません。
性格の表現として多くの研究者が使うビッグファイブも、『外向性』『神経症傾向』『開放性』『協調性』『勤勉性』という5つの特性で性格を表します。
ただ、ちゃんと専門家が確認している保証はないですし、仮にそうであっても拡大解釈されているのは問題です。例えば、しばしば他人との相性を予測するために使われますが、そんな複雑な現象を検証できるわけがありません」
相性の予測って、そんなに難しいんですか?
「16パーソナリティでは人の性格を16のタイプに分けていますよね。ということは、相性の組み合わせは16×16=256通りもあることになります。そのひとつひとつを科学的に検証するなんて、気の遠くなる話ですよ。
それに、そもそも『相性』をどのように測定するか、研究者の合意はありません。例えば、夫婦関係を科学的に検証するなら離婚率など定量化できる目安がありますが、16パーソナリティについてそういう話を聞いたことがありません。仕事との相性についても同様です」
16パーソナリティの方法が間違っているとはいえないが、科学的な検証を経ているわけではない。少なくとも、相性をうのみにしてはいけないようだ。
しかし、それならばどうして16パーソナリティの診断に説得力を覚える人が多くいるのだろうか。診断を受けた中央大学の男子学生は、結果に強い信頼性を感じたという。
「実際にやってみると、僕は誰と相性がいいのかとか、彼女とうまくいくのかといった解説がすごく当てはまっているんです。周りを見ても結果の信憑性がはやりに拍車をかけている気がしますね」
コロナ禍でマッチングアプリを使っていた20代の女性は、相手男性のスクリーニングに診断結果を活用していたという。
「私は『INFJ』(提唱者)タイプなんですが、『ENFJ』(主人公)タイプと相性がいいとされているんですね。実際、会っていい印象を受けた男性はみなENFJでしたから、年収や学歴、身長よりもENFJであることのほうを重視していました。もうアプリはやめたけど、気になる人が現れたら、ENFJかどうかは知りたいかな」
だが小塩先生は、それは心理的なバイアスに過ぎないと言う。
「占いにせよ血液型診断にせよ、人は『診断』として出されたものを信じてしまう強いバイアスを持っています。例えば、『マジメすぎる面がありますね』などと多くの人に該当する曖昧な性質を診断結果として示されると、まさに自分のことだと納得してしま『バーナム効果』などがそうです。
まあ、16パーソナリティは気分で回答を変えれば診断結果も変わるので、変えようがない血液型診断よりはいいかもしれませんが」
とはいえ、自分の性格について振り返るために使うだけなら害もないのでは?
「そのとおりではあるのですが、こういったものは診断を提供する側がどれだけ気をつけてもひとり歩きしてしまうんです。
先ほど言ったように16パーソナリティはある個人の性格の中に複数の特性を仮定する『特性論』を前提にしていますが、特性論は複雑で理解しにくいですから、『Aさんは怠け者、Bさんはマジメ』と単純に切り分ける『類型論』に変化しがちなんです。
血液型診断も星座占いも、性格を特性の集合ではなくシンプルな類型としてとらえていますよね。類型論が効果的な場合もありますが、人間の性格はもっと複雑なものです」
それに加え、もっと大きな問題があると小塩先生は言う。
「それは、性格の違いが『良い性格・悪い性格』と価値づけされていくこと。16パーソナリティも決して個々人の性格を価値づけするものではありませんが、今でもネットで検索すると『嫌われるMBTIのタイプ』みたいな記事が出てきますよね。
ひとり歩きが始まっているということです。そして価値づけはマジョリティとマイノリティを区別させ、差別につながっていきます。
人の性格を知りたければ、診断に頼るのではなく会えばいいんですよ。複雑な人間同士の相性を性格診断で測ろうとすると、いい出会いの機会を失うことにもなりかねません」
性格診断で相性を測るのは効率的に思えるかもしれないが、人間の性格はとても複雑。コスパを追求するのはやめたほうがよさそうだ。
フリーランスの編集者・ライター・作家。著書は『エスケープ』(辰巳出版)、『1982』(宝島社)、『逃げ』(小学館)など。『週刊プレイボーイ』では主に研究者へのインタビューを担当。