今年8月以降に1都3県で14件発生した強盗事件に関して、警視庁と各県の警察本部は合同捜査本部を設置。事件の共通点は、どれも実行犯が闇バイトの募集で集められていること。強盗に限らず、詐欺や窃盗などさまざまな犯罪の実行犯が闇バイトの募集で集められているが、なぜこれだけ報道されていてもダマされる人が多いのか。闇バイト事件の専門家と元リクルーターに聞いた。
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■いつから、どうやって大増殖したのか?
今、ニュースで「闇バイト」という単語を連日のように目にしている人は多いだろう。先日も東京都三鷹市で闇バイトの募集で集められた強盗が家屋に押し入るなど、闇バイト関連の事件は日本全国で多発している。
全国で闇バイトが大量増殖しているワケを、龍谷大学嘱託研究員で闇バイト事件の専門家の廣末登氏と、特殊詐欺グループリーダーの経験がある元受刑者のフナイム氏に聞いた。
闇バイトはいつ頃からあったのか? 廣末氏が語る。
「募集内容と実際の仕事の中身が異なる闇バイト自体は、昔からありました。地元の先輩・後輩やヤンキー間での勧誘を通して、若者の間に広まっていたものです。
ただ、今のように爆発的に数が増え出したのは、母数の多い大学生やフリーターの人たちがお金に困って闇バイトに応募するようになってからです。特に地方出身の大学生にとって、コロナ禍が与えた経済的な影響は大きかったと思います。
普通だったら親の仕送りとアルバイトで生活していけるけど、コロナ禍で飲食系のアルバイトが一気にダメになって大学生の働き口が少なくなった。そんな困窮している学生に闇バイトのリクルーターは目をつけたんだと思います。『良い人材のプールがあるぞ』と。
そうして集めた使い捨ての人材に、詐欺・窃盗・強盗などさまざまな犯罪を強要するようになっていったのが闇バイトが爆発的に増えた背景です」
「最初は地方の小さなコミュニティ内で闇バイトの仕事は回されていました。しかし、身内で闇の仕事をしているとすぐに警察に一網打尽にされることに彼らが気づき、そのタイミングでSNSが爆発的に流行した。『これなら足がつかない人材を簡単に雇える』ということで、SNSで闇バイトの募集がかけられるようになりました。
そして今では大手求人サイトにも違法な募集があるほど、インターネット上に闇バイトの募集は蔓延(まんえん)しています。実行役を探すリクルーター側からしたら、『パクられ用』の人材が多くいて人集めに困らないんだと思います」
■情報弱者がいる限り闇バイトはなくならない
SNSや求人サイトなどでは、「スマホの機種変更を人に勧めるだけで10万円」とか「映画を見るだけで10万円」などの見るからに闇バイトだと思えるような怪しい募集も多い。なぜ今の若者は本当にこんな募集に引っかかってしまうのか?
前出の廣末登氏は、「若者の間に情報弱者が増えていることが問題だ」と言う。
「これは私の体験ですが、大学の大教室で講義しているときにその場の大学生全員に『新聞を読むか?』と聞いたところ、ひとりも手を挙げなかった。そこで『普段からネットニュースを見る人はいるか?』と聞いても、ひとりしか手を挙げなかったんです。大学生ですらこの現状ですから、そうでない若者の情報感度は推して知るべしです。
このように新聞に限らず、今の若者はニュースをまったく見ないことも珍しくありません。そのため、何年間も話題になって報道されている闇バイトという犯罪の、実行犯募集の仕方そのものを知らない人がいまだにいるんです。
だから彼らは、闇バイトの募集を見ると割のいいバイトだと思って飛びついてしまう。このような情報弱者の存在が、どれだけ闇バイトへの警鐘が鳴らされても応募者が減らない要因のひとつだと思います」
情報弱者の若者は具体的にどのように搾取されているのか? 前出のフナイム氏が語る。
「闇バイトの応募者にはお金に困っていて、かつ一気に大金を手に入れる『一発逆転』を狙っている人が多いです。そのような人たちは悪気なくバイトを探していて、ピュアな性格の人が多いからか、お金をいっぱいもらえると聞いたら上から出された指示に忠実に従ってしまう。
そしてこれはメディアがあまり報道していないことですが、闇バイトの実行犯たちはたいてい犯行前にリクルーターや裏にいる首謀者に『捕まったらこのように言えば大丈夫』という文言を教えられています。
これさえ言えば捕まっても刑が軽くなる、ヤバくなったら弁護士が守ってくれると彼らは思っているが、実際にはそんなことはなく罪はまったく軽くならない。
今、闇バイトで捕まっている人が頻繁に言う『怖かった』『脅された』というのはリクルーター側が用意した言い訳である可能性が高いと私は考えています。実際、私がリクルーターをしていたときには、実行犯にこのような入れ知恵をしていました。
甘い言葉に簡単にダマされてとかげの尻尾(しっぽ)切りに使われる人がいる以上、闇バイトを使った犯罪という割のいいビジネスがなくなることはないと思います」
たとえ一発逆転を狙っていても、甘い誘惑にダマされてはいけない。
■身近に潜む闇バイトと距離を取るには
先日のニュースで、大手アルバイト求人アプリのタイミーがアプリ上の闇バイト募集に応募しないよう注意を呼びかけたことが話題になった。
闇バイトがインターネット上で身近に潜んでいる今、どのように身を守ればいいのか?
前出の廣末登氏が語る。
「必要以上に個人情報を送らせようとする相手には気をつけたほうがいいです。『写メで身分証を送れ』なんて、普通の企業だったらまずありえないと考えるべきです。この危機意識が低い人が多いので、メディアや学校などを通して安易に個人情報を渡すことの危険性がもっと周知されるべきだと私は考えています。
最近では『あるSNSの投稿にいいねをするだけ』という募集があって、実際にやってみたら報酬を受け取るには個人情報が必要だと言われる、そして言われたとおりに個人情報を送ると弱みを握られて闇バイトに巻き込まれる事案も発生しています。
このように『......するだけで』とうたって、応募者の個人情報を得ようとする募集は非常に多いです。あの手この手で個人情報を握ろうとするリクルーターのわなにハマらないことが重要です」
最近もX上で、「夜中に『猫』を探すだけ」というタイミーに掲載されたバイトの募集が話題になった(現在は削除)。この「猫」は高級車レクサスの隠語で、募集に応募したら個人情報を握られた上で車の盗難の片棒を担がされることになってしまうのだ。
SNSに蔓延する闇バイト募集について、前出のフナイム氏はこのように語る。
「いろいろな闇バイトの募集が手を替え品を替え掲載されていますが、リクルーターの一番の目的は相手の個人情報を握ることです。その目的さえ達成することができれば、入り口はどうでもいいことが多い。
個人情報を握られると、『最初募集していた仕事は定員がいっぱいになったので、こっちの仕事はどうですか?』と別の仕事に誘導されて、連絡手段としてテレグラムやシグナルなどの匿名性の高い通信アプリをインストールするよう勧められます。ここまで来ると、もう脅しの材料がそろって逃げられなくなっていることが多いです」
■二極化する裏社会の仕事
最近、捕まるリスクが高いと思われる強盗事件が闇バイト応募者を実行犯として多発しているのはなぜか?
前出の廣末登氏は、「あれは賢くない連中のやっていること」と語る。
「私が先日裏社会にいた人間と電話で話したときに、『今、強盗をしているようなやつらは素人だよね』という話をしました。裏社会の中でも賢いやつらは、もっとローリスク・ハイリターンの仕事をしています。例えばSNS型投資詐欺やロマンス詐欺などの、SNSアカウントを消してしまえば追跡されづらく、捕まるリスクの低い詐欺です。
そういう意味では、今の裏社会のビジネスは賢く稼ぐ人たちと、そうじゃない人たちで二極化していると感じます。強盗でお金を稼ごうとする人たちは当然ながら後者で、犯行自体にもあらがあってすぐに警察に捕まります。
ただ、先ほども述べたように日本には情報弱者の若者が多く、実行犯の確保には困らない。この負のサイクルをどうにかしないと、日本での闇バイトの増殖は今後も止まらないと思います」
年々私たちにとって身近な存在になっている闇バイト。加害者にも被害者にもならないために注意が必要だ。