11月16日の23時半過ぎ、私立埼玉栄高校のグラウンドで無免許の高校2年生が運転する軽自動車が横転したという119番通報があった。その後、助手席に座っていた生徒の死が確認される。また、この軽自動車には男子生徒4名が乗っていたことも明らかになった。

「ニュースを目にした時、サッカー部の車であり、僕が3年間、汗を流したグラウンドで大変なことが起こったなと感じました」

そう話すのは同校OBであり、中央大学を経て、Jリーガーとして大宮アルディージャ、ザスパクサツ群馬、ロアッソ熊本などでプレーした高瀬優孝(33)だ。

いつも車内に鍵が置かれており、その気になれば誰でもエンジンをかけられる状態になっていた。とはいえ、グラウンドは河川敷にあり、練習後に照明が落ちれば辺りは真っ暗である。寮がグラウンドに隣接されているわけでもない。事故の当事者たちは、車を運転することを目的に、この場所に行ったとしか思えない。

「サッカー部の同期にも、5人くらい寮生がいました。毎日決まった時間に点呼をしている筈ですし、その後に抜け出して2~3km離れたグラウンドに向かうことなど、まず無かったですね。当時は、校則も先生の教えも厳しかったです」

高瀬優孝氏。埼玉栄を卒業後、中央大学を経て、Jリーガーとして大宮アルディージャ、ザスパクサツ群馬、ロアッソ熊本などでプレーした 高瀬優孝氏。埼玉栄を卒業後、中央大学を経て、Jリーガーとして大宮アルディージャ、ザスパクサツ群馬、ロアッソ熊本などでプレーした
高瀬は1年次に全国高校サッカー選手権大会、2年次にはインターハイに出場し、共にベスト16まで進んだ。だが、それ以降15年以上、埼玉栄高校サッカー部は全国大会から遠ざかっている。

「僕らの頃はアルゼンチン人監督を迎え、日本には無い泥臭い戦術、技術を教わりました。生活面でも、人間教育がしっかりしていたと記憶します。アルゼンチン遠征もありましたしね。だからこそ埼玉県大会を勝ち抜けたし、後にJリーガーにもなれました。でも、残念ながら自分の卒業後は、設備投資を含め、学校側にサッカー部を強化している印象は無いですね。

当時、グランド整備は部員たちでトンボをかけていましたから、車の必要性は感じません。雨の日はスポンジで水を吸って、バケツに雨水を入れていましたよ。練習時間をより確保するのなら、グラウンドを人工芝にすればいいのですが、学校側にそういう発想はありません。

栄高校はスポーツ強豪校であることを売りにしていますが、きちんとした育成になっていないんじゃないですか。今は教師が指導していて、強化費もどのように使われているのかが見えてこないです。学生にとって、プラスになることをやっていないように感じます」(高瀬氏)

中学、高校ともに数多くの運動部が全国大会出場の常連となっている 中学、高校ともに数多くの運動部が全国大会出場の常連となっている
琴ノ若、貴景勝、大栄翔などを輩出した相撲部、インターハイ13回の優勝を誇る男子バトミントン部など、一見すると多岐にわたって好成績を残している。

「実のところ学生が多過ぎるんです。それなのに、大人の数が足りていないんですね。僕の高校時代は3学年合わせて、およそ2500人の生徒がいました。今も、2000人はいるでしょう。今回の事件も、寮生を管理する大人がいれば、夜、グラウンドに忍び込んで無免許で車を運転しようという行為は防げたでしょう。

寮に入っていて部活動をやっているなら、保健体育科の可能性が高いです。全国からアスリートを集めた寮生の数は、少なく見積もっても120名を超えているでしょう。それなのに、指導ができていないというのは、管理する人が足りないのか、手をかけていないかですよ」(高瀬氏)

高瀬は亡くなった少年に追悼の意を表すと語りながら、言葉を繋げた。

「学校側は『まさか、無免許で運転することなどないだろう』と考えていたのかもしれませんね。僕は普通科だったんですが、教師に対する不満はありませんでした。ただ、保健体育科ってまるで別の学校でしたよ。

地方から埼玉に移り住んで、スポーツに特化した高校生活を送る。部によっては、週に3回くらい、昼過ぎから練習に打ち込んでいい。もちろん、学力は低くなります。誰でも受け入れてしまって、勉強を蔑(ないがし)ろにして競技だけやっていればいいという部分が、学校側に少なからずありました。ですから、人間教育がきちんとなされていたのかと問われれば、疑問符が付きます。サッカー部も普通科は4割程度でした」(高瀬氏)

それでも、と、高瀬は結んだ。

「夢を追ってスポーツをやろうと栄に入学した子は、15歳まで競技者として歩んできています。その時点でチャレンジ精神もあるし、継続性もある。素晴らしいエネルギーです。今回は、それを違った方向に使ってしまったんじゃないかと。当事者となってしまった3名は、これを機に、社会のため、他者のために自分を生かしてほしいです。それが償いにもなると僕は思います」(高瀬氏)

10年間プロサッカー選手として戦った卒業生の言葉は、埼玉栄高校に響くだろうか。