中田組長に無罪判決を下した神戸地裁 中田組長に無罪判決を下した神戸地裁
有名組織の親分が自らヒットマンとなって、当時の対立組織の組員を銃撃したとして殺人未遂と銃刀法違反の罪に問われた六代目山口組の山健組の中田浩司組長に対し、神戸地裁は無罪判決を言い渡し、中田組長は約5年ぶりにシャバの光を浴びることとなった。

検察側は、300点以上もの防犯カメラ映像をもとに有罪の立証に臨んだが、裁判所は、その一部においては証拠として採用せず、「犯罪の証明にはならない」として無罪との判断に至った。

現代の警察・検察当局の武器となっている防犯カメラ捜査の妥当性に一石を投じる結果となった一方で、裏社会ではこの判例を逆手に取るような動きも出ている。

■衝撃の"どんでん返し"判決

10月31日の判決公判には、山口組の組員や、中田組長の兄弟分である住吉会の最高幹部らが詰め掛けた。「被告人を無罪とする」との主文を裁判長が読み上げられると、「おー」というどよめきが法廷内を包んだ。無罪判決に伴い、中田組長は即日釈放となり、2019年12月の逮捕以来続いた拘留生活から解き放たれた。

検察側は公判において、中田組長の自宅から犯行現場の経路や、ヒットマンが犯行で使ったバイクが乗り換えられた施設などに設置された防犯カメラの映像を300点以上も取り揃え、中田組長の犯行だと主張した。しかし、裁判所は「犯罪の証明がない」と退けた。司法記者が解説する。

「検察側は、犯人とみられる人物の移動の模様を点と点で丹念に結んで、中田組長の自宅から犯行現場、そして犯行現場から中田組長宅に入っていく人物の行程をリレー形式でつまびらかにしたつもりでした。しかし、判決では一部の映像について、『500メートルを9秒で移動し、時速200キロ以上の非現実的な速度で走行したことになる』として、信ぴょう性に疑問を投げかけました」(司法記者)

「中田組長が事件前に出入りした」と検察側が主張していたビル 「中田組長が事件前に出入りした」と検察側が主張していたビル
さらに有罪認定のカギとされていた、防犯カメラ映像に残されたヒットマンの顔貌についても疑問符が付けられた。

「検察が提出した映像のほとんどは、犯人がフルフェイスのヘルメットをかぶってバイクに乗って走行している様子なので、これをもって中田被告とは言い切れません。焦点となったのが、事件の6時間前に立ち寄ったJR新神戸駅前の商業ビルに映ったヘルメットを脱いだヒットマンの画像です。

検察は特に、耳の形や親指の反り返りといった細かい身体的特徴から中田組長だと主張しました。ただ、そもそも不鮮明だし、映像の人物は帽子をかぶっていたようで、判決では目や眉、頭部が映っていないことから対比が不可能で、別人である可能性を否定できないと論じました。

上着の背中のロゴが一致しているという検察側の主張も、その着衣がいつ、どの程度生産や販売されたかが不明だし、別人が同一ブランドを着ていた可能性を排除することはできないと、なにかと辛い評価でした」(前出司法記者)

山健組の本部。当局によって使用禁止の標章が貼られていて、関係者の出入りはない 山健組の本部。当局によって使用禁止の標章が貼られていて、関係者の出入りはない
捜査当局が心血を注いだ防犯カメラ映像に基づく有罪立証は水泡に帰した。そして、無罪判断の一因には、"大組織の親分"という中田組長の属性も有利に働いたようだ。

「犯行で使用されたバイクは、山健組の系列組織の組員であれば誰でも使えるものなので、中田組長以外が運転した可能性があると論じました。また、中田組長の自宅に事件後に犯人が入っていたことは認めましたが、中田組長には常に付き人がいるので論拠が弱いとも指摘しています。

そして、組員に指示して実行させる立場にある中田組長が、自らリスクの高い実行行為に手を染めることはいささか不可解とも述べています。こうした疑問点を潰すための捜査が必要だったのですが、検察は逮捕から公判まで5年もの時間があったのに、十分な論証ができなかったということです」(前出司法記者)

■判決を逆手に取る動きも‥‥

判決では結論的に、「犯人である可能性は高いが、別人が犯人である可能性を否定することはできない」と判断され、中田組長の僅差の判定勝ちとなった。今後にもたらす影響は大きいとの指摘がある。

「捜査当局は防犯カメラの追跡捜査に主眼を置いているが、今回の事件のように顔の全体が映っていないと本人だとは言い切れないということになれば、有罪立証のハードルが高くなる。

例えば、闇バイトの強盗事件は、目出し帽やフルフェイスのヘルメットを使ってタタキに入るので、素顔をさらすことはない。捕まってもワンチャン無罪あるかもという風潮がはびこれば、ますます応募する若者が増えてしまう。

あと、暴力団のように拠点や自宅に不特定多数が出入りする集団だと、別人が犯人の可能性が排除できないということになれば、厳罰化で抗争に慎重だったヤクザが、これみよがしに殺傷事件を起こしていく可能性がある」(捜査関係者)

「疑わしきは罰せず」という刑事司法の原則に依拠して、無罪判決となった今回の公判。しかし、犯罪集団に誤ったメッセージとして伝わり、増長させかねない危険性をはらんでいる。