出生率が高い自治体を歩く不定期連載「ぶらり子だくさん町ルポ」! 今回は福井県の南西部にある「おおい町」へ! 本州では屈指の出生率1.91を誇るこの町は大飯原子力発電所がある原発立地自治体であり、安定した雇用状況が産みやすさの要因のひとつだ。しかし、このまま原発に依存し続けていいのか。そんな揺れる町の実態を取材した。
* * *
■北陸トップ、本州2位
今年4月、厚生労働省が全国1887市区町村の合計特殊出生率(以下、出生率)を公表した。上位3町村は、5年に1度公表されるこの調査ではおなじみの顔ぶれで、1位・鹿児島県徳之島町(2.25)、2位・同県天城町(2.24)、3位・沖縄県宜野座(ぎのざそん)村(2.20)だった。それより下位の30位までの大半を沖縄や九州の市町村が占める。その中で目を引いたのが、25位の福井県おおい町(ちょう)だ。
同町の出生率は、全国平均(1.33)を大きく上回る1.91。北陸3県で最も高く、本州全体でも2位に入る。人口は約8000人。町の9割を山林が占める若狭湾に面した町で、基幹産業は漁業と農業。2006年に大飯町(おおいちょう)と名田庄村(なたしょうむら)が合併し、「おおい町」となった。
コメ、キノコ、自然薯(じねんじょ)などの農産物と、11月から漁が始まった越前ガニの産地として知られるが、観光地や商業施設は乏しく、大規模な工業団地があるわけでもない。北陸の田舎町で、なぜ高い出生率を維持できているのか?
おおい町には原発がある。関西電力の大飯発電所で、現在、4基ある原子炉のうち2基が稼働していて、同町の経済を支えている。
原発のある町は、出生率が高いのだろうか? 調べてみると、北海道泊村(とまりむら/泊原発)は1.32、新潟県柏崎市(柏崎刈羽原発)は1.34、静岡県御前崎市(浜岡原発)は1.44と全国平均並み。福井県高浜町(高浜原発)の1.83、佐賀県玄海町(げんかいちょう/玄海原発)の1.74は高めだが、全国トップ30に入る水準ではない。
なぜ、おおい町はここまで出生率が高いのだろうか? その理由を探るべく、記者は11月上旬に現地へと向かった。
■充実の子育て支援制度
おおい町は大きく4地域に分かれる。中心部の本郷、山間部にある佐分利(さぶり)、名田庄、そして、大飯発電所が立地する大島半島にある大島だ。
町内を東西に横切る国道26号線を車で走り、本郷に入ると、のどかな田舎風景には似つかわしくない、豪華な建物が次々と目に飛び込んできた。
地上30mのパノラマビューが売りの展望浴場に、その両脇には屋内ゲートボールなどが楽しめるドーム型施設がふたつ。これらは「原発立地自治体に配られる交付金(電源三法交付金)で建てられたもの」だと町議の猿橋巧氏は言う。
広大な敷地に野球場、サッカー場、フィットネスセンター、パターゴルフ場などが入る総合運動公園は、「若狭湾の入り江の一部を、原発の建設工事で発生した排土で埋め立てた土地」(猿橋氏)だ。
さらに猿、猪(いのしし)、熊など害獣への対策として、町内の山際すべてのエリアに総延長150㎞の金網柵が建設されているが、その事業費十数億円は農林水産省と経済産業省が拠出。「農水省の管轄である獣害対策に経産省が補助金を出すのは異例だが、原発があるからこそ、それが可能になる」(猿橋氏)のだという。
豪華な箱モノや贅沢(ぜいたく)な公共事業は原発立地自治体にはよくある話だが、本郷で3児を育てる30代の女性は、「この町は子育て支援にも力を入れ、その充実度は近隣市町より格段にいい」と自慢げに話す。
「結婚したら婚姻の届け時に祝い金2万円、妊娠したら出産応援交付金として5万円、出産時にも5万円が支給され、保険が利かない不妊治療も年間30万円まで助成。また、妊娠中はすべての保険医療がタダになるから、ここぞとばかりに歯医者に通う妊婦さんがかなり多いですね(苦笑)。
さらに保育料は0歳児から無料(第2子以降)で、預かり保育も小学校の学童も1日100円という安さ。小学校入学前に3万円、中学校入学前に5万円、高校入学前に7万円が進学応援給付金として児童・生徒の保護者に支給されるのも助かります」
さらに、町外校に通う中学生、高校生の通学定期券代の半額が助成、大学・短大などに通う学生の保護者には所得制限ナシで、学生1人当たり2万円を毎月支給(=大学4年間で計96万円を支給)と大盤振る舞い。
結婚後、町内でマイホームを建てる際にも、地元の施工業者に依頼すれば100万円、住宅に県産木材を使えば追加で20万~50万円、親と同一の小学校区内に建てれば100万円と、手厚い住宅購入助成が子育て世代を惹(ひ)きつけている。
結婚、出産、子育て、進学、マイホーム取得まで、これほど充実した家計支援が実現するのも原発があるからだ。
「私が町議に初当選した約40年前は大飯原発1、2号機が稼働していました。当時の町の予算規模は年間30億円程度でしたが、その後、3、4号機が増設されると100億円以上に膨れ上がりました」(猿橋氏)
原発立地自治体には、莫大(ばくだい)な原発関連収入が入る。その主な収入源は、国が支給する電源三法交付金と、電力会社が支払う核燃料税、固定資産税の3つだ。おおい町の昨年度決算を見ると、歳入(約125億円)に占める原発関連収入(約77億円)の割合は61.7%にも上っていた(『おおい町議会だより』10月22日発行号を参照)。
今から約10年前、同町の財政状況を分析した立命館大学教授の平岡和久氏がこう語る。
「調査当時、おおい町の町民1人当たりの歳出額は原発のない類似団体の2倍でした。現在は1、2号機の廃炉決定の影響でやや縮小傾向にあるものの、2倍近い水準を維持していると思われます」
こうした原発マネーを土台に、中塚寛・おおい町長は「子育て応援日本一」を掲げ、結婚から子育てまで切れ目のない支援に力を入れる。町議の尾谷和枝氏がこう話す。
「近隣市町より子育てにお金がかからないから、多くの子育て世代が町に転入してきます。同じ理由で、進学などでいったんは町を離れても、結婚や出産を機にUターンする若者も少なくありません。だから高い出生率を維持できているのだと感じます」
■ファミリー層が暮らす通称"関電村"
「原発で働く関電の従業員は正規雇用の比率も所得水準も高い。関電の協力会社も町民の安定した雇用先で、こういった環境も、おおい町の出生率を高める要因になっています」(平岡氏)
現在、大飯発電所では約2000人が働いている。内訳は、関電の社員が約500人、協力会社の従業員が約1500人だ。そのうち一定数がおおい町で暮らす。
数字は定かではないが、町内にある「本郷こども園」の園児数は約130人、原発の近くにある大島こども園は約60人。両園の園長によると、親が関電か協力会社に勤務している園児の割合は、半数超に及ぶという。
大学や高校などから関電に入社すると、火力、水力、原子力などの各部門に配属される。原子力部門に配属されると、基本的には大飯、小浜、高浜のいずれかの発電所か、美浜町中心部にオフィスがある原子力事業本部が職場になる。
関電では、「原子力部門のほぼすべての機能がおおい町を中心とする福井県嶺南(れいなん)地域に集約されているので、異動先の職場も嶺南地域内になる」(町内に住む関電社員)という。
大飯原発で働く社員の多くは、本郷の小学校裏にある社員寮で暮らす。そこには独身寮やファミリー層向けの社宅が立ち並び、周辺住民から"関電村"などと呼ばれている。ただ、入居する社員の大半が35歳を前に寮を出る。
「社員寮の家賃は3LDKの間取りで3万円程度ですが、35歳から民間のアパートの周辺相場と同じ水準に引き上げられるので、それなら家を買ったほうがいいと、ほとんどの社員が寮を出て居を構えます」(前出・関電社員)
転居先を考えるとき、多くの社員とその家族(主に妻)の頭に浮かぶのが、北陸全体でも飛び抜けたおおい町の子育て支援の充実ぶりだ。
同町は土地開発公社を通じて、その受け皿となる宅地分譲地の造成を町内各地で進めている。こうして関電村の住人たちは、前述の助成制度も活用し、町内の新築一戸建て住宅へと移り住んでいく。
「関電社員が住人として各集落に入り込み、地元住民と交流を深めれば、原発を批判する人は少なくなる。関電が35歳で社員寮の家賃値上げを行なう裏には、そんな狙いもあるのではないでしょうか?」
町内にいる一部の原発反対派住民はそう話すが、当の関電社員たちは、10~20区画の規模の分譲地に固まって居住する傾向もある。例えば、数年前に造成された本郷内のある宅地では、分譲された20軒中、9軒が関電社員の家族世帯。発電所の設備修繕などを担う関電プラントなどの協力会社を含めると半数を超える。
「この分譲地では子供3人の世帯が一番多いですね。それも長男、次男を産み、女の子を望んで3人目を産むパターンが多くて。ウチも今年の夏に3人目を出産しましたが、男の子でした(笑)。4人目? もしかするとありえるかもしれません」(町内に住む関電社員の30代妻)
■"関電の大奥"と呼ばれる会社
「この町に住む年頃の女性は、関電の社員さんと結ばれたいと望む人が多いです」
そう話すのは数年前に関電社員と結婚したおおい町出身の30代主婦。夫は大飯原発に勤務する技術職の社員で、本郷にある新居で2児を育てる。
「私は縁あって結ばれましたが、地元の女性はシビアな目線で婚活する人もいます。関電の社員さんとのご縁がなければ、1次下請けの関電プラントか三菱重工、それがダメなら譲歩して2次下請けの関電パワーテックの社員さんとの出会いを求めるといった形で。3次下請け以下は給与水準が低く、離職率も高まるので公務員にシフトするのが賢明と考える女性が多いです」
関電社員が一番人気なのは、給与が高い点はもちろん、先述したように同社の原子力部門では人事異動が福井県内でほぼ完結するため、「親元から離れる心配がない点も大きな理由」だという。
関電社員と出会いたいならここで働け、といわれる会社がおおい町にある。発電所などに保管される紙文書の電子化業務を主力とする関電の関連会社だ。
社員の主な仕事はデータ入力だが、オフィスに関電の若手社員が頻繁に出入りすることが、地元の女性を強く引きつけている。数年前までこの会社に勤めていた20代の女性がこう明かす。
「大飯・高浜・美浜発電所で働く人の9割近くは男性なので、関電の社員さんも、仕事第一ではあるものの、若い独身女性が多数を占めるこの会社のオフィスに出会いを求めて来社されることが多い。
月1で独身男女の飲み会が開かれ、会社自体に、『早く関電さんに嫁ぎなさい』という考えがあったように感じます。当然、顔がそれなりに良くて、社内ランク(給与)が高い関電さんを巡っては女性同士の争いが激しくなる。それもあって、この会社を"関電の大奥"と呼ぶ人もいます(笑)」
一方、関電社員以外の地元の独身男性の中には、「『年頃の女のコが皆関電に持っていかれる!』と嘆く人もいる」というが、町役場が主催する婚活パーティなどで出会った女性と結婚し、おおい町に定住する流れもある。
■「子供たちは町の外に出てほしい」
この町に暮らす子育て世代の人たちは、13年前に福島で起きた事故をどう受け止め、今、原発が身近にあることをどう感じているのだろう。
日々の子育てに追われながらも、心のどこかで、原発が生活圏にあることへの不安や葛藤を持つ人が多数派を占めるのではないか―記者がそう考えていたのは、おおい町に入る前のことだ。だが取材してみると、その見立ては根本から覆された。
本郷地区で小中学生の3児を育てる女性がこう語る。
「福島の原発事故の映像を見たとき、その現実を受け止めることはできませんでした。そのときの気持ちは今でも忘れられません。でも、この町で同じ事故が起きるかというと、それはないと思います。あの事故を教訓に、原発の安全対策は飛躍的に進んでいます。例えば、津波の想定を見直して高い防護壁を建てたり、非常用電源装置も複数台が用意され、しっかりと高台に配備されたり。ほかにも、驚くくらいの備えが発電所構内の各所で徹底されています」
こうした関電が施す安全対策への信頼性は、多くの住民が口にしたことだった。さらに、この女性はこう続けた。
「原発がなければ、今の暮らしはなかっただろうし、この町はなくなっていたかもしれません。原発があるから、町の財政は安定し、私たちの雇用先も生活も守られているのだと思います。それは、これからも変わらないでしょう」
記者が取材した中では、こうした論調で原発との共存を前向きにとらえる人が圧倒的に多かった。前出の猿橋氏も、「9割以上の町民が原発推進の考えを持っている」という。
だが、この町が抱える将来不安は大きい。現在、稼働する大飯原発3、4号機の運転期間が30年を超えているためだ。現行の制度では、最長10年ごとに国の認可を受ければ最長60年まで運転を延長できるが、それは、今から約30年後に大飯原発の"灯(ともしび)"が消えることを意味している。
そして、おおい町民の多くは原発停止がもたらす現実の厳しさを知っている。2017年、大飯原発1、2号機の廃炉が決まり、運転が終了すると、町の経済は大きな打撃を受けた。関電の協力会社の幹部社員がこう明かす。
「1~4号機がフル稼働していた時期は、各機で1年前後の頻度で実施される定期点検がわれわれ協力会社の経営を支えていました。その仕事量が1、2号機の廃炉決定で半分に減り、関電のコスト削減策もあって点検作業期間も短縮された。その影響で経営が立ち行かなくなる協力会社が出てきているのが現状です」
大飯原発周辺に30軒ほどあった民宿も、町外から来る点検作業員が激減した影響で閉業ラッシュに見舞われ、今や「営業している民宿は3、4軒にとどまる」(地元商店の店主)という。
大飯原発構内で長年、営業を続ける売店も、「売り上げは1~4号機がフル稼働していたピーク時に比べれば10分の1くらいまで減っているのが実情です」(売店を運営する会社の社員)と話した。
約30年後、すべての原子炉が止まれば、こうした影響が町全体を覆うことになる。
ただ、記者が取材した町民の多くは、「そこまで想像したことはなかったけど、言われてみれば、確かに......」と、どこか人ごとのようで、「原発は今後も欠かせないベースロード電源だから、大飯原発では5号機、6号機の増設か、既存の原発のリプレース(建て替え)が実現すると思っています」と楽観的に考えている人も少なくなかった。
一方で、子育て世代の母親たちは、おおい町の未来をシビアな目で見据える。
「約30年後、私たちは定年を迎える時期だから、この町で生きていくことはできると思います。ただ、ウチの3人の子供は12歳、10歳、7歳ですから、まだまだ現役世代として働き、家族を守っていかなければならない立場で、原発廃止の現実に直面するかもしれないという将来不安は持っています。だから、子供たちに対しては、この町にいないで、外に出ていってほしいと思っています」
おおい町は、数年前から企業誘致に乗り出し、数年にわたる活動の末、今年、1社の誘致がようやく決まった。
脱・原発依存の道筋を示せるかどうかが、おおい町の出生率を支える鍵になるということかもしれない。