2014年、中曽根康弘元首相の96歳の誕生日を祝う会で乾杯の音頭を取る渡邉氏 2014年、中曽根康弘元首相の96歳の誕生日を祝う会で乾杯の音頭を取る渡邉氏
「政界フィクサー」「最後の独裁者」など数々の異名を持ち、日本の言論界をリードしてきた"ナベツネ"こと読売新聞主筆、渡邉恒雄氏が2024年12月19日に98歳で死去した。新聞経営者としての渡邉氏は、販売部門、とりわけ全国に新聞販売店網を築き上げ、読売新聞の発行部数を1000万部に押し上げた。

しかし、「紙」そのものが急速に縮小する現代、渡邉氏が作り上げたかつてのイノベーションが逆に足かせとなり、他の新聞社に比べてデジタルシフトが遅れる事態に陥っている。新聞界で伝説的な存在だった渡邉氏というたがが外れ、新聞のさらなるデジタル化や新聞界の再編すら起こる可能性がある。

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■全国に張り巡らされた強固な販売ネットワーク

渡邉氏が読売新聞社の社長に就任したのは1991年。渡邉氏の社長への道筋をつけ、渡邉氏が最も尊敬していた新聞経営者が、渡邉氏の2代前の社長、務台光雄である。

務台は販売畑で読売新聞の社長にまでなった不世出の人物。マーケティングという言葉すら世に浸透していなかった時代に、緻密な販売戦略を展開し、「(紙面が)白紙でも売ってみせる」と豪語したという逸話もある。渡邉氏は務台が94歳で亡くなるまで、その傍らで新聞経営を学んできた。渡邉氏自身、折に触れて「神様のように尊敬していた」と語ってきた。

渡邉氏が務台の経営哲学を受け継ぎ発展させたのは、強固な新聞販売網だ。毎夏に「YC(読売センター)」と呼ばれる、時に1000人近い新聞販売店の所長と読売経営陣が一堂に会する総会が開かれ、毎年1月には同様の形式で新春会議も開かれる。

渡邉氏は最晩年まで販売店との総会には最優先で出席し、所長らの前で1時間近く挨拶することもあった。自身が週刊誌のネタにされていたことを痛快に話したり、負け越すジャイアンツにボヤいたりして、所長らを楽しませ、心をつかんだ。

「主筆の話はユーモアがあるので長く感じない。販売店の所長たちは毎回主筆の挨拶を楽しみにしていましたよ」(読売関係者)

こうした販売網の強みを生かし、読売新聞は1994年に初めて1000万部を超えた。

■デジタル化の波にも 「紙」から抜け出せず

隆盛を誇った読売新聞だったが、「紙からデジタル」への潮流には抗えず、他の新聞社同様、凋落は著しい。日本新聞協会の発表によると、新聞の発行部数(調査:毎年10月)は、2000年が約5370万部だったのに対し、2023年は約2859万部とほぼ半減。1世帯当たりの部数も、1.13部(2000年)から、0.49部(2023年)となった。1000万部を誇った読売新聞も、日本ABC協会の調査によると、2024年3月には600万部を割り込んだ。

日本経済新聞は早くからデジタルシフトを押し出し、デジタル版の有料会員数は現在、約97万人(2024年7月時点)。日経新聞ほどではないが、やはりデジタル路線の朝日新聞は、デジタル版有料会員数約30万人(2024年3月時点)である。

一方で、読売新聞のデジタル版はいまだに紙の購読者が前提となっているサービスで、デジタル版の会員数としてははっきりと明らかにされていない。また、新聞紙に限って軽減税率が適用されているが、これも渡邉氏の力が働いたと言われている。

「軽減税率が対象なのは新聞紙の購読料なんです。デジタル版で新聞を契約していても対象にはなりません。新聞に軽減税率が適用されたのは活字文化の維持のためとされていますが、だったらデジタルだって同じこと。"大きな力"が働いたとしか考えられません」(全国紙経済部デスク)

テキストメディアのデジタル化に遅れをとった読売新聞だが、挽回なるか? テキストメディアのデジタル化に遅れをとった読売新聞だが、挽回なるか?
他紙のようにデジタルシフトに走れば、約6600店もの新聞販売店は不要になる。「新聞販売網」というイノベーションを起こした渡邉氏にとって、それは自身の否定につながる。渡邉氏は販売総会で、「新聞販売店が物流を担えないか」などと語り、あくまで「新聞販売網」に依った経営戦略を練ろうとした。

渡邉氏の後継者、読売新聞グループ本社の山口寿一社長も、渡邉氏の意向には逆らえない。渡邉氏同様、「販売第一主義」を掲げ、「紙は一覧性に優れる」「紙の新聞は報道と言論を伝える様式として最適」などと社内外で語っている。

「実はみんな内心『もう紙じゃないよね』と思っていますが、そんなことは社内では口が裂けても言えません。主筆は絶対的な存在であり、権力そのものです。役員から末端まで社内は忖度の嵐です」(読売関係者)

■新聞界の再編はあるのか?

新聞販売店の減少も止まらない。東京商工リサーチの発表によると、2024年1月から10月の新聞販売店の倒産は40件で、年間最多を更新中という。

「渡邉主筆は新聞界の象徴でした。今後、新聞のさらなるデジタル化、それに伴う新聞販売店倒産の流れは止めようがありません」(前出の読売関係者)

だが、このまま新聞のデジタル化が進んだとしても、新聞界を取り巻く環境が改善するとは言い難い。

「日本の新聞社は収益の大部分が紙による販売収入であり、基本的に紙に依拠したビジネスモデルなんです。デジタル化するということは、販売店はもとより印刷部門も関係従業員も不要になるということ。読売新聞はまだ体力がある方ですが、毎日新聞、産経新聞が危ないとはずっと言われています。世間でホンダと日産の経営統合が話題ですが、新聞界も大きな再編が起こるかもしれません」(前出の全国紙経済部デスク)

渡邉氏という「巨人」が去った後の新聞界が注目される。