橋本愛喜はしもと・あいき
フリーライター。元工場経営者、トラックドライバー、日本語教師。ブルーカラーの労働問題などを中心に執筆中。著書に『トラックドライバーにも言わせて』(新潮新書)など。
2024年、働き方改革が適用され、ドライバーの人手不足が深刻化。荷物の14%が届かなくなる――。そんなふうに騒ぐだけ騒いでたけど、実際は何も起きてなくないか!? では、2025年は実際どうなるの?
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「2024年問題」とは、トラックドライバーたちに働き方改革が適用されて生じる諸問題を指す総称だ。ほとんどの業種では19年(中小企業は20年)にすでに施行されていた同法が、「長時間労働の是正に時間がかかる」という理由からドライバーには5年間の猶予が与えられていた。
それがいよいよ24年4月1日に適用され、これまで制限のなかったドライバーの時間外労働は年間上限960時間に制限されるようになった。ドライバー不足がさらに加速すると危惧され、適用前には、24年に荷物の14%が運べなくなるとの予測も出されていた。
ところが昨年を振り返ると、自分の荷物が14%届かなくなったとの実感を持つ人はいないのではないだろうか。2024年問題なんてどこにあったのだろう?
一方、物流関係者に聞き取りを行なうと、ほとんどの人が「2024年問題は起きている」と口をそろえた。このギャップはどこから来たのだろう?
結論から言うと、2024年問題にふたつの誤解が生じているのがその原因だ。ひとつ目が、2024年問題が深刻な影響を及ぼすのは宅配ではないということだ。
そもそも、アマゾンなどと契約している宅配ドライバーたちの多くは個人事業主。彼らの現場も過酷であるのは間違いないが、夜中に走らない宅配は比較的、長時間労働にはなりにくい。
とはいえ、もちろん宅配の配達員にも社員はいる。特にヤマト運輸や佐川急便など、大手宅配企業に所属するドライバーは直接的に同法に関係する。しかし大手は人手にも余裕があり、コンプライアンス意識も高い。DXなどの効率化を推し進め、さらに労働時間内に運べないものは下請けに流している。
また、もっと大きいのは、そもそも宅配は日本の総輸送量のわずか7%以下に過ぎないという事実である。9割以上は企業間輸送なのだ。
レトルトカレーを例に取ろう。原材料である牛肉や野菜を製造工場に運んだり、製造工場から物流センターやスーパーに運ぶトラックが企業間輸送に当たる。通販で買ったカレーの宅配は最後のわずか一過程に過ぎない。
つまり2024年問題とは、今日ECサイトで購入したレトルトカレーが明日届かなくなるのではなく、レトルトカレーそのものが作れなくなる問題なのだ。東京都で運送企業を経営する50代男性はこう訴える。
「人間は目に見えているものがすべてだと思いがちです。2024年問題も、宅配の問題としたほうがわかりやすいんでしょう。でも、こうして世間から誤解されたら、問題が解決するはずがありません」
業界も手をこまねいていたわけではない。人手不足を解消すべく、DX化の推進が叫ばれた。ところが、実際には現場不在の的外れなDX化も散見されたという。埼玉県の50代男性ドライバーは愚痴をこぼす。
「会社や荷主からさまざまなアプリを入れるよう求められるんですが、当然、開発会社によってルールや使い方が違います。あちこちで使い方の違うアプリを使うことになり、ついていけません。複数の荷主を回るドライバーの負荷は大きいです。とりわけ高齢のドライバーたちは大変でしょうね」
物流業界をブルーオーシャンととらえて多くの企業が参入しているのだが、それがあだになっているのだ。
そもそも、例えばパソコンでの利用を前提にしたシステムを作っても、現場が受け入れられる体制にないということもある。
実際、300人ほどの物流企業経営者が集まる講演会に筆者が出た際、「現在業務でFAXを使っているか」とアンケートを取ったところ、結果は100%。「わざわざカネを払って訳のわからないものを導入する意味はない」と言い放つ人もいたくらいだ。
大手や意識の高い企業の中にはドライバーの安全や健康管理を目的に、車内向けのドライブレコーダーを取りつける企業も増えている。しかし皮肉にも、その車内カメラにはドライバーからの反発の声が大きい。
「そんなものがあったらおちおち車内で鼻もほじれない」とは、福岡県を走る40代の中長距離ドライバー男性の声。また、神奈川県の60代の中距離ドライバー男性はこう語る。
「ドライバーの最大の魅力は『自由』。車内にドラレコを搭載されたから、別の会社に転職しました」
そしてもうひとつの誤解は、2024年で終わる問題ではないということ。遅効性の毒のように、じわじわと現場をむしばむのだ。
「2024年問題というネーミングのせいで、施行日からパタリと物流が止まるようなイメージもあったと思います。でも、日用品などはそれまで製造されていた商品の在庫もあったし、その日からトラックが走らなくなるわけではありませんからね」(トラック協会関係者)
企業間輸送を担っている企業には、すでに2024年問題が深刻化していると訴える人たちも少なくない。群馬県の50代長距離ドライバーがこう言う。
「昨年4月1日の適用日以降、自分の周りには『もうやってられない』とトラックからタクシーに転職した同僚が複数いました。自分も転職を検討しています」
兵庫県の運送企業で働く女性もこう語る。
「通常より運賃を2割上げて募集を出したのに、ドライバーがつかまりません。そのため、普段であれば受けられた案件を断るようになりました」
2024年5月の運送業の倒産件数は、前年同月比2.1倍の46件だった。燃料費の高騰もその一因として挙げられるが、働き方改革の影響も少なからずあるだろう。
倒産以外にも思わぬ形で影響を及ぼすこともある。先の女性は、荷主が「輸送費の高騰により、採算が合わなくなったから」という理由で、長い歴史のある商品の生産をやめた事例を目撃したという。
働き方改革によるドライバーの労働時間短縮は、本来客である荷主が強要している荷待ち(荷物の積み降ろしまで長時間待たせる行為)などをなくすことで改善されるもの。
しかし実際は、ドライバー自身にまで働き方の変化を求めるようになった。東京都を走る40代の長距離ドライバー男性は、腹立たしい出来事があったという。
「労働時間が短くなったことで、あと数㎞走ったら会社に帰れるのに、SAで待機しなきゃいけなくなったことがあるんです。本来であれば自宅で休めるのに、9時間車内で過ごす羽目になりましたよ」
こちらは岐阜県を走る、50代の中長距離ドライバー男性の談である。
「これまでは運転中、眠くなったら仮眠を取っていましたが、労働時間短縮のせいで時間に余裕がなくなり、そのまま走り続けなければならなくなりました。正直、運転中にウトウトしてしまったこともあります」
鹿児島県の50代長距離ドライバー男性もこう言う。
「今まで朝出勤だったのが、現場の効率化によって未明から走らなければならなくなったことも。これの何が働き方改革なんでしょうか」
労働時間の短縮は給料にも影響を及ぼす。ドライバーの多くは働いた分だけ給料が増える歩合制だからだ。
「給料が月3万円減りました。同僚には10万円減ったという長距離ドライバーもいます」(前出の東京都ドライバー)
「効率化のため、高速道路を利用せざるをえなくなりました。ドライバーの中には、私を含め高速料金を自費負担している人たちが多い。すると運賃の単価が上がっても、結局手取りは下がります」(前出の鹿児島県ドライバー)
結果的に終業後に運転代行や倉庫での仕分け作業などの副業を始めたというドライバーまでいる。労働環境を改善するための法律によって環境が悪化するなど、もはや本末転倒でしかない。
SNSでトラックドライバー278人に「働き方改革施行によって働きやすくなったか」というアンケートを実施したところ、「働きやすくなった」と回答したのはわずか12.2%で、「むしろ働きにくくなった」としたのが38.1%に及んだ。
では今年、物流に何が起きるだろうか。前出のトラック協会関係者はこう語る。
「去年は消費者への影響はなんとか最小限に抑えられたと思う。しかし、今後は地方の生鮮食品から徐々に影響が表れ始め、やがて全国へ波及していくんじゃないでしょうか」
特にもともと人口の少ない地方は人手不足が深刻で、若手のドライバーどころか高齢ドライバーすら見つからないのが現状だ。
地方の一例として、青森県で考えよう。同県ではリンゴが名産だが、その9割はトラックによる輸送だ。現在、県外に出荷するリンゴの輸送先は関東が38.1%、近畿が22.4%、中部が14%と、人口の多い地域に約4分の3が輸送されている。
縦にも横にも長い日本において、本州最北端からの輸送はどうやっても長距離輸送になる。
「人手不足がこのまま続けば、今後スーパーで生鮮食品が高騰したり欠品が相次ぐことも考えられます。東京で産地直送のリンゴを手にしたり、海のない県で生鮮食品を食べたりすることが贅沢になる日は、そう遠くないかもしれません」
また、先に述べたとおり、企業間輸送の滞りによりモノを作れないリスクもつきまとう。例えばパソコンやスマホ、車といった多くの部品からなる製品は、ひとつでもパーツが欠ければ生産できない。こうした品々の生産量が落ちることも十分考えられるだろう。
昨年は物流がなんとかもった年ではなく、物流崩壊元年だったのだ。
フリーライター。元工場経営者、トラックドライバー、日本語教師。ブルーカラーの労働問題などを中心に執筆中。著書に『トラックドライバーにも言わせて』(新潮新書)など。