未曾有の惨事となった東日本大震災から14年が経とうとしている。世間の記憶や関心が時間と共に薄れつつある一方で、被災地は今なお二次被害に晒され続けている。
「SNSの発達によって芸能界から政財界、一般人の世界にまで"風評被害""誹謗中傷"の類が蔓延し、いまやシャレにならないほど深刻な社会問題となっています。その重大な"ハシリ"が3・11後にSNSを中心に渦巻き、いまも延々と続く福島を巡る有象無象によるバッシングの数々だったと思います」
こう語るのは社会学者で東大大学院准教授開沼博氏だ。当時、彼は東大大学院生だったが、震災からほぼ3ヶ月後という"絶妙"なタイミングで著書『「フクシマ」論 原子力ムラはなぜ生まれたのか』(青土社)を出版。大きな注目を集めた。
■今も止まない風評被害
その後、開沼氏はネット世界に渦巻く被災地関連の風評、嘘、誹謗中傷に着目。それらを収集分析し、論文を発表。そして近年は「行動する学者」として自ら福島ブランドの再構築を目指し、官民を巻き込んだ活動に力を入れている。
その1つが「食」、なかでも魚だ。特に震災後数年間はネットを覗くと、福島の海で穫れる「海産物」への裏付けのない流言卑語の類が飛び交っている。「放射能の影響で魚が肥大化している」「どこどこの店では禁止エリアで密漁した奇形の魚が出されている」等々だ。開沼氏は言う。
「福島の魚は昔から"常磐もの"と呼ばれ、その質のよさ、旨さでブランドを確立していたんです。それが震災後のネット風評が一因となり危機に瀕してしまった。それはいつしかリアルな世界にも広がり、各国で禁輸措置が多発。生産者ばかりでなく、福島の経済、人々の暮らしにも暗い陰を落とすに至った。福島を追い続けてきた学者としてリアルな現状に対して何ができるのかと、ずっと考えてきました」(開沼氏)
福島といえば新鮮な魚。今ではそれに合う地の日本酒やクラフトビールなど酒類の生産も盛んだ。そこで開沼氏は科学的データと自らの研究の成果とともに、自らカラダを張って風評に立ち向かう道を選んだ。
海釣りをはじめ、船で福島の海に繰り出し、そこで得た釣果を自ら地元の店に持ち込み、喰らう。こうした活動を10年にわたって発信をつづけるうちに、開沼氏の取り組みに賛同する人々も増え、「福島で魚を獲って、食うツアー」の定期開催に繋がった。
現在では魚だけでなく、福島の酒、温泉、自然などの再生を目論むツアーを、官民を巻き込みながら主導している。直近では1月11日?13日に2泊3日の『Fukushima Commons(福島コモンズ)』と題するプレスツアーを敢行し、話題となった。
■旨い魚と酒が復興の原動力に
「私がガイドをするツアーの客は大企業の経営幹部候補生からメディア関係者・インフルエンサーまで多岐にわたっています。移動の途中も全体を俯瞰し、車窓から見える風景の奥で何が起き、今後起きつつあるのかを解説し、学びの場とする。最後はみんなで旨い魚をアテに旨い酒を飲み、温泉につかるというシンプルなツアーです」(開沼氏)
開沼氏によると、福島名産の農海産物と合う酒づくりという視点が関心を集め、その体験が参加者にも好評を得ているという。
「ワイナリーが2つ、酒の醸造所が2つ、クラフトビール工場、クラフトジン蒸留所。これ全部、原発事故による避難指示がかかった地域。つまり、一時は無人になり廃墟が並び、かつて『死の町』とも形容されたエリアにできているんです」(同)
さらに「復興」という意味においても成果の兆しが見え始めている。
「経済効果的に大きく地域に貢献をはじめたという段階ではありませんが、企業人を含め、福島で何かできるのではと考える人が増えてきたと感じてます。イメージをマイナスからゼロに、そしてプラスにする。ツアーにはそんな効果もあります。
というのは、実際に訪問経験がある層と、ネガティブなイメージをいまだに持ち続ける層というのは、明らかにズレている。そういう調査結果がある。さらに、地域のファンになる、いわゆる「関係人口になるか」という点では、より具体的に解像度高く地域の名物や楽しみ方を知っている、その地に思い出があることが思い入れにつながることも明らかです。ツアーに一度来れば地域のイメージもプラスになるんです」(同)
参加者の1人はクラフトビールを片手に、上機嫌でこんな感想を語っていた。
「これまで社会問題スタディーツアーというと頭でっかちな印象がありました。ところが今回のツアーはまず『旨い』がある。そこから学びの興味も湧いてくる感じでしたね」
被災体験を「武器」に、福島の再生に挑む開沼氏の試み。災害大国ニッポンのこれからのヒントになりうるものがありそうだ。
●開沼博
1984年福島県生まれ。東京大学文学部卒。同大学院学際情報学府博士課程単位取得退学。立命館大学准教授等を経て2021年4月より東大大学院情報学環准教授。他に、東日本大震災・原子力災害伝承館上級研究員、ふくしまFM番組審議会委員、東日本国際大学客員教授。著書『日本の盲点』『漂白される社会』など多数。