1月22日にJR長野駅前で起きた通り魔事件の現場に設置された献花台に手を合わせる人たち(左奥)。現場付近の防犯カメラの映像が犯人逮捕の決め手となった 1月22日にJR長野駅前で起きた通り魔事件の現場に設置された献花台に手を合わせる人たち(左奥)。現場付近の防犯カメラの映像が犯人逮捕の決め手となった

罪のない市民を狙った悪質な通り魔事件が日本国内で相次いで発生している。その容疑者の逮捕に貢献しているのが、「リレー捜査」という捜査方法だ。最近のニュースでよく見るけど詳しくは知らない犯罪捜査の最前線を、元埼玉県警捜査1課の警部補で現在はコメンテーターとして活躍する佐々木成三氏に聞いた。

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■リレー捜査とはどのような捜査手法か?

昨年12月の北九州市、今年1月の長野市と相次いで起きた通り魔事件の捜査に「リレー捜査」という手法が用いられた。

これはどのようなものなのか? 元埼玉県警警部補でコメンテーターの佐々木成三氏に聞いた。

「リレー捜査とは、容疑者がどのように犯行現場に来たのかと、そこからどう逃げたのかを、街中にある防犯カメラなどの映像を集めてひとつひとつ精査し割り出す捜査手法です。容疑者が現場に来るまでの経路を『前足』、逃げた経路を『後足』と言います。

防犯カメラの設置台数やドライブレコーダーをつける車の数が増えたことで、この『前足』と『後足』を高精度で割り出すことが可能となり、リレー捜査は警察にとって重要な容疑者特定の手段となりました。

リレー捜査が注目され始めたのは、2018年に渋谷のハロウィンで起きた暴動で、車を破壊した容疑者グループの逮捕に貢献したときです。渋谷に多くの防犯カメラが設置されていたことで警察は容疑者たちの自宅を特定することができ、それがニュースでも報じられました。

このような捜査自体は昔からありましたが、防犯カメラの設置台数が増えたり、性能が上がったりして、リレー捜査が犯罪捜査の手法として有効になったのはここ数年だと言えます。

防犯カメラの解析を専門的に行なう『捜査支援分析センター』(通称:SSBC)が15年頃から全国に設置され始めたこともリレー捜査の普及に一役買っています」

■人海戦術で容疑者の行動を追跡する

警察はリレー捜査をどうやって行なう?

「私がいた埼玉県警では、県警本部のSSBCが24時間体制で稼働しており、大きな事件が発生したら現場を所轄している各地域の警察署の初動捜査をサポートする体制ができていました。

事件が起きたときには、なんといっても初動捜査が重要なんです。防犯カメラの映像はどんどん消えていくので、事件発生後1週間以内にはすべての映像を回収しなければならないという基準があります。2日、3日で消える場合もあるので、多くの警官が事件現場付近を回って映像を回収します。

よく刑事ドラマなどで、警察が街中の防犯カメラを一元化して管理していて、事件後すぐに映像を分析している描写がありますよね。でも、実際はそんなことはなくて、防犯カメラがついているお店や家の一軒一軒に警官が訪ねて協力を仰ぎ、映像をデータでもらうんです。

なので、リレー捜査は世間で思われているよりマンパワーがとても必要な捜査手法だと言えます。映像を回収する係と映像を精査・分析する係がそれぞれ必要なので、大量の人員を動員する人海戦術を取らないとスピード逮捕には至りません。

だからこそ各都道府県警にSSBCが設置され、事件が発生した警察署の初動捜査に多くの人員を派遣する仕組みが出来上がったのだと私は考えています」

■リレー捜査を用いた犯罪捜査の最前線

リレー捜査はどのような進化を遂げてきたのか?

「単純に防犯カメラの設置台数が大幅に増えたこと、そして防犯カメラの画素数が上がったことは大きいです。昔は遠くの映像をアップにしても画素数が低くて黒い固まりにしかならなかったのが、今はある程度鮮明に映像が映ります。

また、連続している映像を複数枚の静止画にして重ねることで、容疑者が乗っていた車のナンバーなどの細かい情報を割り出すなど、最新式の捜査手法もあります。

ほかには消去法的に容疑者の行動を追跡する捜査法が、今のリレー捜査では用いられています。

例えば、事件の容疑者が新宿駅を使っていたとしたら、まず警察は新宿駅の防犯カメラ映像をすべて回収します。そうすると、どこの番線の何時何分の電車に乗ったかがわかるので、次に、容疑者が降りた各駅の防犯カメラの映像もすべて回収して足跡を追跡します。

しかし、似たような背格好や服装の人ではないかと言われると証拠として弱くなりますし、防犯カメラの映像が途切れてしまう場面もあるので、容疑者が通っていない近くの経路の映像もすべて確認して、容疑者に似た人物がいないことを立証します。容疑者が取りうる別の行動の選択肢を打ち消して、『ここも、ここも通っていないから、やはりこの映像に映っているのは容疑者だ』とします。

このような消去法的なリレー捜査を行なうことで、容疑者の行動をより正確に追跡することができます」

直近の通り魔事件でリレー捜査はどう活用された?

「長野市で起きた事件では、犯行後のリレー捜査も重要でしたが、犯行前の容疑者の行動を追跡する逆リレー捜査も重要な役割を果たしていたと思います。容疑者も犯行前は油断していたり周囲の様子をゆっくりうかがったりしているので、鮮明に映った映像を回収しやすく、犯行後の足取りを追うのにも役立ちます。

ほかに今回の事件で印象的だったのは長野県外の警官が長野県警に多く派遣されたことです。リレー捜査の精度は人の数に比例するので、捜査本部の人員によって捜査進展に大きな差が出てくるのですが、今回の大量の人員派遣は警察の捜査力が地域で差がないことを全国に示してくれました。

それによって容疑者逮捕にも成功したので、今回の捜査体制は参考にすべき前例として次に起きる事件の解決にも役立てられるでしょう」

リレー捜査を組み込んだ捜査体制が容疑者のスピード逮捕、さらには犯罪抑止につながることを期待したい。