誰もが見覚えのある桐島聡の指名手配書(左)。宇賀神寿一(右)も「さそり」の元メンバーで、1982年に逮捕(2003年出所) 誰もが見覚えのある桐島聡の指名手配書(左)。宇賀神寿一(右)も「さそり」の元メンバーで、1982年に逮捕(2003年出所)
49年間隠れ続けた彼は、なぜ最後の最後に自ら名乗ったのか? "元テロリスト"桐島聡の輪郭を元日本赤軍のメンバーである足立正生監督の調査と想像力で描き出したのが映画『逃走』だ。監督は連続企業爆破事件の指名手配犯・桐島が抱いたであろう「切なさ」について語った――。

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■自分の名前を明かした意味

――今回、桐島聡の映画を撮ろうと思った動機は?

足立正生(以下、足立) まず、彼が本名を名乗ったっていうニュースが流れたとき、かなり驚いた。「逃走」を貫徹するなら、人知れず山奥で白骨死体になればいいはずなんだけど、彼はそうしなかった。

その理由を考えてみたら、彼は自分が「逃走」することによって「闘争」を続けていたというメッセージを発したんじゃないかと思ったんですね。つまり"表現"なんだ。だからこれは映画でしか表せないなと考えていたら、私の前作もプロデュースした平野悠(ライブハウス「ロフト」創業者)から電話があって、「やるでしょ?」と。

それが去年の2月頭の話。ほんとはもっと早く公開したかったんだけどね、コロナ明けでスタッフがすぐに集まらなかった。

――前作『REVOLUTION +1』も、安倍晋三銃撃事件の犯人・山上徹也を描いた映画でした。

足立 その映画は上映会に街宣車が抗議しに来るなど、いろいろ面倒なことがあった。今回は人を殺すような話ではないからね。彼の逃亡生活と、死ぬまでを描いている。

映画『逃走』で桐島聡の49年にわたる潜伏生活を描いた足立監督 映画『逃走』で桐島聡の49年にわたる潜伏生活を描いた足立監督
――映画を作るに当たって、どのように彼の足跡をたどったんですか?

足立 ラッキーなことに、桐島が潜伏していた藤沢市(神奈川県)の生まれで、桐島と飲んだりしていた人の協力を得ることができた。それで彼が住み込みで働いていた土木会社のアパートや、よく通っていたライブバー、風呂屋などを取材できた。

ただ、私の映画の場合はリアリズムにこだわらないから。脚本を何度も書き直して、日常のリアリティよりも、彼の心の中にある「切なさ」をすくい取るような映画にしました。

――桐島の「切なさ」とは?

足立 私も27年間"海外出張"をして、国際手配されていたけど、各国を渡り歩いてやりたいようにやっていた。空港に張られている自分の写真を見て、「おっす」なんて挨拶したりしてね(笑)。

一方、桐島はもともとバンドをやりたかった普通の青年なのに、追われる身になって、偽名で潜伏生活をしていた。その49年間の中で、仲間が逮捕されたり、自分たちの理想と違う方向に日本が変化していくのを見続けているのは、切なかっただろうなぁと思うんです。

しかし、桐島と同じように反体制運動をしながら、転向して日常に戻った人ってのは大勢いるのね。その人たちに対して、桐島は「俺はまだ闘争を続けているぞ」というメッセージを送ったんじゃないかと。それが、最後に彼が自身の本名を明かした意味だと私は思っています。

■やっちゃいけないことをやった

――桐島が所属した「東アジア反日武装戦線」が起こした事件としては、1974年の三菱重工爆破事件が知られています。死者8人、負傷者約380人を出した、戦後最大級のテロ事件です。

足立 三菱重工は、桐島が所属した「さそり」ではなく、「狼」という部隊が実行した事件だけど、もともと彼らは人を殺すつもりはなかった。

日本企業によるアジア諸国への経済侵略を告発する「キャンペーン」として事件を起こした。だから、「爆弾を仕掛けたから逃げろ」という予告電話もかけている。ただ、予告が無視されたことと、爆弾の火薬量を間違ったことで大惨事を起こしてしまった。

桐島が関わった事件だけなら、49年も逃げるより捕まったほうが早く出られるんだけど、桐島は「狼」そのほかの罪も引き受けるという気持ちがあったからこそ、闘争を続けたんだと思う。

映画『逃走』のキービジュアル。若き日の桐島(右)と潜伏の末、年老いた桐島(左)。その対比が意味するところは...... 映画『逃走』のキービジュアル。若き日の桐島(右)と潜伏の末、年老いた桐島(左)。その対比が意味するところは......
――三菱重工の事件に関わってはいないとはいえ、重傷者を出した事件に桐島は関与していますね。

足立 そう。一般企業に爆弾を仕掛けて回ったんだから、桐島も悪いことをしたに決まっている。ただ、警察が15年の公訴時効を停止して指名手配を続けたのは、彼が明らかに関わっていない事件を根拠にしている。その点では冤罪(えんざい)なんです。

――足立さんがパレスチナで日本赤軍と合流した直後に一連の爆破事件が起こりました。当時、事件をどう見ていましたか?

足立 運動を継続するという意味ではがんばっているけど、人を傷つけるという一番やっちゃいけないことをやったな、と。それは、連合赤軍事件(71年から72年にかけて起きた連合赤軍によるリンチ殺人事件と「あさま山荘」立てこもり事件)に並ぶ、新左翼運動の決定的な失敗・敗北だったと思う。

私は殺された連合赤軍のメンバーも数人知っているけど、へたにがんばればがんばるほど、あのように間違いが大きくなってしまう。その総括・反省をするために、日本赤軍が組織されたという経緯もあるんです。

■保安警察から出されたコーヒーに薬物が

――足立監督は、パレスチナ解放のためにイスラエルと闘うゲリラを取材した映画『赤軍-PFLP世界戦争宣言』(71年)を若松孝二監督と制作しました。もともとは、その続編を撮るために単身パレスチナに渡ったとか。

足立 そうです。今度は北アフリカの問題を撮って、3年くらいで帰ってくるつもりが、帰れなくなった。いろんな"つもり"はあったんだけど、結局向こうで日本赤軍の文化活動、外交活動を担うようになり、3年、現地の監獄にも入った。

――撮りためていたフィルムをイスラエルの空爆で焼失したそうですね。

足立 2回ほどやられました。向こうはずーっとイスラエルとの戦争状態、あるいは内戦状態だから。

ほかの国の作家と協力して、『グッドアフタヌーン、ベトナム』という短編を撮ったこともある。これはロビン・ウィリアムズが主演した『グッドモーニング、ベトナム』の中東版で、ベイルートが空爆されてる映像と、イスラエルの首相がにっこり笑って戦果を報告する映像などを組み合わせたドキュメンタリーだった。

――足立監督の経歴を振り返ると、運動と映画作りが分かちがたく結びついています。

足立 そりゃそうですよ。そのふたつは私にとってひとつのものだから。私の映画は、なぜ彼らが闘っているのかという理由と、革命運動の実情を伝える、一種の報道映画なんです。

足立監督は現在85歳。創作意欲はまだ衰えていない 足立監督は現在85歳。創作意欲はまだ衰えていない
――2000年に日本に帰国しますが、その後も危険なことはあったんですか?

足立 あったなぁ。あれはイラク戦争の頃だけど、アジア諸国の組織とヨーロッパで合流して会議をすることになった。だけど、向こうで契約してるウイークリーマンションみたいなところに着いてみたら、アメリカ大使館の真裏だった。

警官もやたらうろついてるし、これはヤバいってんで、会議場所を変えるために空港に行ったら、保安警察に「食事をしませんか」とVIPルームに通されて。ここで飯なんか食ったら薬物を盛られる可能性もあるから、一切手をつけなかったんだけど、飛行機が出る直前に出されたアラブコーヒーを飲んでしまった。そしたら、頭を後ろからグーンと引っ張られるような感覚になって。

――睡眠薬ですか?

足立 それもあるだろうけど、体をしびれさせる薬も入ってたと思う。ヤバいと思って、自分の太ももをつねり、なんとか意識を保ちながら搭乗口に向かったの。そしたら、レインコートを着た日本大使館の男が3人、待ってるわけ。

おそらく私を眠らせている間に、逮捕状を取って身柄を押さえようとしたんだと思う。こっちは必死になって飛行機に乗ったけど、あとは覚えていない。

――相当、目をつけられていたんですね。

足立 アメリカ大使館の裏なんかにいたもんだから、爆破でもするのかと思われたんじゃないかな......あれ、俺、話してる間ずっと社会の窓を開けっぱなしだった。はっはっは。

■ただの犯罪者の映画で終わるのか

――本作は、見る前からさまざまな先入観でとらえられると思います。監督としては、どのように受け止めてもらいたいですか?

足立 映画のポスターには、老いた桐島と、若い頃の桐島が写っています。桐島は決して凝り固まったアナーキストではなく、もともと音楽好きの青年で、逃亡中も何度も確信が揺れ動きながら、49年間生きてきたんだと思う。

同世代の人間は映画を見て共感するかもしれないけど、今の若い人が見るとどう思うのか。「ただの犯罪者じゃないか」で終わるのか、あるいは......。そういう問いかけをしているので、ぜひ映画館で見てもらいたいですね。

●足立正生 Masao ADACHI 
1939年生まれ。若松孝二の独立プロに参加し、性と革命をテーマにした前衛的ピンク映画を量産。1966年『堕胎』で商業映画デビュー。1974年、パレスチナで重信房子と共に日本赤軍を創設し、後に国際指名手配され、1997年にレバノンで逮捕。現地で3年間留置される。2000年に刑期満了、日本へ強制送還された。2007年、『幽閉者/テロリスト』で35年ぶりにメガホンを取る。2022年夏、安倍晋三元首相が銃殺された事件の銃撃犯を主人公として現代日本を生きる青年像を描いた『REVOLUTION+1』を公開、話題を呼んだ


●映画『逃走』 
2025年3月15日(土)よりユーロスペースほか全国順次公開 
監督・脚本:足立正生 出演:古舘寛治 杉田雷麟 中村映里子ほか 
<INTRODUCTION>
昨年1月、末期がんで余命わずかの男が突然の告白をする。「私は桐島聡です」。それは、1974年に死者8人、負傷者約380人を出した三菱重工ビル爆破事件をはじめ、連続企業爆破事件で重要指名手配された東アジア反日武装戦線「さそり」の元メンバーの名前だった。本作はその桐島の49年にわたる逃走の物語だ。生活をつなぐために日雇い仕事を転々としていた桐島。獄中闘争を続ける者、超法規的措置により海外に出る者、自ら命を絶った者、かつての仲間たちの姿を思い浮かべながら逃げ続ける彼は、その果てでなぜ自ら名乗り出たのか。監督自らの半生を重ねながら桐島の苦悩と決意を描く