高口康太たかぐち・こうた
1976年生まれ。ジャーナリスト、翻訳家。中国の政治、社会、文化を幅広く取材。独自の切り口から中国や新興国を論じるニュースサイト『KINBRICKS NOW』を運営。著書に『幸福な監視国家・中国』(梶谷懐との共著、NHK出版新書)、『なぜ、習近平は激怒したのか』(祥伝社新書)、『現代中国経営者列伝』(星海社新書)など。
邦人が保護されたことで日本でも注目が高まっている、ミャンマーの中国系犯罪組織が運営する特殊詐欺拠点。これら特殊詐欺は中国ではどう扱われ、どんな対策が行なわれているのか? 中国事情に精通するジャーナリストの高口康太さんがリポートします!
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ロマンス詐欺、オレオレ詐欺、仮想通貨詐欺、投資詐欺、マネーロンダリング、人身売買、買春、ドラッグ密輸......ありとあらゆる犯罪を集めた〝詐欺団地〟。
取り締まりが始まったのはKKパークだけではない。ミャンマー、ラオス、カンボジアには、中国人経営の詐欺団地が100ヵ所以上も乱立、30万人を超える構成員を擁する。その稼ぎは年390億ドル超と推計される。
日本では最近知られるようになったが、世界的には超有名な場所だ。詐欺団地のリアルな日常を描いた中国映画『ノー・モア・ベット:孤注』(2023年)は興行収入760億円の大ヒット、これにビビった中国人が東南アジア旅行をキャンセルしまくる騒ぎとなった。前述の数字も国連や米シンクタンクの報告書に掲載されていたもの。国際機関も注目する大問題なのだ。
この悪の巣窟、東南アジア詐欺団地の歴史と現状、詐欺の手口について見ていこう。
高度なオンライン詐欺の台頭と詐欺団地という大型犯罪拠点の誕生、その歴史は意外にも浅い。2010年代後半に入ってからの事象だ。そこには「中国の監視大国化」「一帯一路」「ハイテク中国」という三大トレンドがあった。ひとつずつ見ていこう。
中国で活動していた詐欺犯たちは、監視大国化によって次第に仕事がしづらくなっていく。携帯電話実名制で足がつきやすくなり、街中には監視カメラがずらり。居民身分証認証の普及でいつどこに移動したかの履歴も残る。
そこで彼らは活動の拠点を海外に移した。13年に始まった、習近平国家主席の一帯一路政策が追い風となり、中華マネーは世界各国に投資。リゾートホテル、マンション、工業団地などの箱物を造りまくり、借り手のいない空き家が量産された。犯罪組織にとっては格好の拠点だ。
特に中国式工業団地は壁で囲まれ、宿舎や小店舗なども備え、外部から隔離され、ひそかに悪いことをするには最適だ。
そして、ハイテク中国。アプリやゲームなどスマートフォン技術は中国の十八番。詐欺集団もその波に乗ってDXし、ハイテク化する。中国政府によると、ブロックチェーン、暗号通貨、AI、リモート操作、スマホ画面共有など新技術が使われていくことで捜査対応が難しくなっているという。
こうしてフィリピンのオンラインカジノ、カンボジアのシアヌークビル、ラオスのゴールデン・トライアングル経済特区(GTSEZ)、ミャンマー東部のタイ国境沿い、ミャンマー北部の中国国境沿いに詐欺団地が続々と生まれていった。ミャンマーだけで、23年時点で大小100ヵ所以上が確認されている。
詐欺団地のオンライン詐欺にはどのような手口があるのか。最終的に金を引き出す手口で分類すると、ロマンス詐欺、投資詐欺、特殊詐欺、仮想通貨詐欺、オンラインカジノなどが挙げられる。
別の視点での分類では、「殺魚盤、殺鳥盤、殺猪盤」(魚殺しゲーム、鳥殺しゲーム、豚殺しゲーム)という分け方もある。
魚殺しゲームとは、「クレカの限度額を上げられます!」といった詐欺広告を出して、ひっかかった人から金をだまし取るなどの手法。釣り糸を垂らした後は放置しておけば手間はかからない。
鳥殺しゲームはもう少し時間がかかる。「儲かるバイトあります」などの広告で人を集め、何回か実際に得をさせた後、最後に大きく詐欺る。
そして、今、メインとなっているのが豚殺しゲームだ。恋人や友人、投資仲間という関係を構築し、信頼させた後に金を奪う。詐欺をする前に対象者の個人情報を入手して事情をよく理解したり、関係を構築するための時間がかかったりと手間がかかるが、それだけ実入りも大きい。
中国人民法院が発表した豚殺しゲームの事例を紹介しよう。
カンボジア・シアヌークビルの詐欺団地による犯行で、金持ちイケメンを装って女性社長などのターゲットとSNSでつながり、信頼関係を築いた後、架空投資やオンラインカジノを利用させて金を奪う犯行を繰り返していた。20年9月から21年末までに100人超の被害者から1億元(約21億円)以上を巻き上げている。
シンプルなロマンス詐欺に見えるが、実に手が込んでいる。共通の友人がいるのでフォローさせてとSNSで近づき、何度かチャットして関係を築いたら、投資や賭博に誘導する。実はその投資サイトやオンラインカジノはそのたったひとりのターゲットをはめるために作られた〝専用詐欺スペース〟だ。
投資でも賭博でも結果はすべて操作されている。小さく儲けさせていくうちに信頼を深め、最終的に大金を出させていたという。
たったひとりのターゲットをはめるために専用のオンラインカジノ、専用の投資サロン、専用の仮想通貨アプリを作る。警戒心があっても、ここまでお膳立てされるとさすがに信じてしまうのだろう。
中国政府も対策を進めている。21年に中国警察が開発したのがスマホアプリ『反詐欺ソフトウエア』。怪しいサイトを見たり、海外からの電話やショートメールが来ると、スマホに警告が表示されたり、派出所から注意するよう電話がかかってくるなどの機能がある。
個人レベルでの注意喚起には限界があるため、国家レベルでの監視や通信介入によって国民を守ろうというわけだ。
一見すると親切に見えるが、問題は個人情報が中国政府に筒抜けになってしまうこと。海外のニュースサイトを見ていただけで、派出所に呼び出されたなどの笑えない話もある。
詐欺対策キャンペーンとして、強制的にインストールされたケースもあり、一般市民的には詐欺よりも政府のほうが怖いという感覚も強い。
ミャンマー、ラオス、カンボジアの詐欺団地で働く人々は30万人を超える。彼らはいったいどういう人々で、なぜ犯罪に手を染めたのか。
今年1月、世界的な注目を集めたのが中国人俳優、王星氏の拉致事件だ。俳優の仕事だとタイに誘い出された後、拉致されてミャンマーの詐欺団地に連れていかれた。
人身売買でミャンマーに誘拐されたという、中国の人気俳優・王星氏(写真中央)。1月7日にタイ警察によって保護されたことは、中国国内で大きく報道された
この事件があったため、構成員の多くは拉致された人々だと思われがちだが、実は大多数は高給目当てで自発的に来た出稼ぎ労働者だ。最初から仕事内容をはっきりと伝えられていなかっただろうが、うすうす感づいていたはずだ。
というのも、中国国内では「境外不是天堂」(外国は天国ではない)をキーワードに、東南アジアの求人は詐欺ばかりとの政府広報が大々的に展開されている。〝ホワイト案件だと思っていた〟との言い訳は信じ難い。実際、詐欺団地から〝救出〟された人々は、中国では基本的に犯罪者として扱われている。
同じことは中国人以外にも共通している。今年2月から、ミャンマー東部の詐欺団地からの送還が始まっているが、その多国籍ぶりがすごい。
中国人4760人、ベトナム人572人、インド人5526人、エチオピア人430人、インドネシア人283人、フィリピン人127人......ほかにもマレーシア、パキスタン、シンガポール、そして日本人もいる。
怪しげな高給求人に引き寄せられて世界の人々が詐欺団地に集結している。彼ら外国人材を使ってのグローバル詐欺が拡大中だ。
なお、望んで就職したとはいえ、現地での境遇は悲惨そのもの。仕事の失敗や違反行為があれば罰金。時には暴力も振るわれる。パスポートが取り上げられ、自由な帰国は許されない。帰りたければ、詐欺団地までの交通費や滞在中の食事代などの〝前借金〟をきれいさっぱり返済することが求められる。
故郷の家族や親族に泣きついて、金を支払ってもらう事例は多い。金額はまちまちのようだが、10万元(約210万円)から40万元(約840万円)が相場のようだ。
前借金で縛って、自由もパスポートも奪い、時に暴力で支配する。さすが犯罪集団ならではの非道っぷり......とも言い難い。中国の「海外出稼ぎ」では何げに〝あるある〟の話だからだ。
昨年12月、EVメーカー、BYDのブラジル工場の建設現場で奴隷労働が行なわれていたとして摘発された。前借金、パスポート取り上げ、劣悪な環境、厳しい管理と罰則......レベルの差はあっても、詐欺団地と似ている。
ブラジルではたまたま摘発されたが、中東やアフリカなど世界各国の中国企業の建設現場では似たような話がごろごろしている。
何年も前から国際問題となってきた詐欺団地はなぜ潰されないのか。第一に汚職官僚や地方軍閥ら現地の実力者と結託していること。第二に運営者が中国ともつながりのある実力者であること。
詐欺団地三巨頭のひとり、佘智江は中国地方政府主催の国際会議にも出席するエリート企業家として活躍。ミャンマー北部のカジノに投資していた董勒成は地方人民代表、日本でいうと県議にあたる名士だ。徐愛明はカンボジア華僑ビジネス界の大立者だ。
佘智江、董勒成はすでに逮捕され、徐愛明は指名手配を受けているが、ほかにも多くのエリート華人・華僑が詐欺団地の後ろ盾とされる。
それでもあまりに問題が大きくなりすぎると、中国政府も重い腰を上げて対策に乗り出す。カンボジア・シアヌークビルは22年に取り締まりが行なわれた。
ミャンマー北部は23年10月に現地軍閥のトップが打倒される騒ぎを経て、詐欺団地構成員約5万人が強制送還される大事件が起きた。そして、王星事件を機にミャンマー東部でも摘発が始まっている。
とはいえ、詐欺集団にとって必要な道具は人間とパソコンぐらい。危なくなればすぐに別の場所に移動できる。ミャンマーは派手にやりすぎたとカンボジア、ラオス、あるいはドバイや東欧などに分散化しつつあると伝えられる。
終わりのない、いたちごっこだ。今回の取り締まりでいくつかの詐欺団地は滅びるだろうが、詐欺そのものが滅びることはない。日本人の勧誘、日本人を狙った詐欺もますます増え続けるだろう。
1976年生まれ。ジャーナリスト、翻訳家。中国の政治、社会、文化を幅広く取材。独自の切り口から中国や新興国を論じるニュースサイト『KINBRICKS NOW』を運営。著書に『幸福な監視国家・中国』(梶谷懐との共著、NHK出版新書)、『なぜ、習近平は激怒したのか』(祥伝社新書)、『現代中国経営者列伝』(星海社新書)など。