愛知県阿久比町の農家イチロウ氏のキャベツ畑。昨年は天候不順の影響で出荷量が大きく減少した 愛知県阿久比町の農家イチロウ氏のキャベツ畑。昨年は天候不順の影響で出荷量が大きく減少した
キャベツが高い!  昨年から始まった葉物野菜の急騰は今も高止まりしたままで、値下がりする気配は見えない。そんな中、キャベツの大量窃盗事件も続発! 苦境にあるキャベツ農家の思いは? 天候不順による不作を解決するイノベーションはあるのか? 徹底取材した!

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■輸入キャベツが前年比で約40倍に

全国の食品スーパーや量販店のキャベツの平均価格は、現在1㎏当たり428円(農林水産省「食品価格動向調査」より)。これは、平年の2.7倍に当たる異常な高さだ。

キャベツの価格は例年、1㎏150~200円前後で推移していたが、昨年11月を境に急騰。12月には500円台を突破し、今年1月中旬には平年比3.4倍の553円まで上昇した。その後、価格はやや落ち着いたが、依然として平年の2倍以上の高値で推移している。

かつては1玉100円以下で売られることも多かった"物価の優等生"が、なぜこれほど高くなったのか?

農業ジャーナリストの松平尚也氏が解説する。

例年よりも高価になった葉物野菜が並ぶ岡山県内のスーパー(写真/共同通信社) 例年よりも高価になった葉物野菜が並ぶ岡山県内のスーパー(写真/共同通信社)
「キャベツは冷涼な気候を好み、15~20℃が生育適温。そのため、4~6月の春キャベツは千葉、神奈川県、7~10月の夏秋(しゅうか)キャベツは長野、群馬県、11~3月の冬キャベツは愛知、神奈川県と、日本では産地リレー方式で生産されています。しかし、この中で冬キャベツが不作となり、それが価格高騰の原因になりました」

冬キャベツの主産地、愛知県の渥美(あつみ)半島や神奈川県の三浦半島では、夏場に苗を植えた後、4ヵ月ほどかけて栽培し、11月から収穫する。

「しかし、昨夏は連日40℃前後の酷暑で、秋も高温が続き、12月は少雨と低温でキャベツ畑は干魃(かんばつ)となりました。夏秋の異常高温と、冬の低温・異常乾燥が深刻な生育不良をもたらしたのです」

愛知県阿久比(あぐい)町のキャベツ農家で、自身のYouTube『イチロウのゼロイチ農業チャンネル』で葉物野菜などの栽培方法を解説しているイチロウ氏もこううなずく。

「キャベツ栽培で重要なのは根の生育です。気温30℃台前半ならなんとか育ちますが、40℃近くまで上がると根の活着が遅れる株が増え、水分や養分を生育期間内に吸収できなくなる。その結果、出荷基準(1玉1㎏)を満たさない、中身がスカスカのキャベツになってしまうんです」

通常、1反(約1000㎡)の畑には約4000株の苗を植え、そのうち7割を出荷できれば「合格点」とされる。イチロウ氏は散水や追肥を念入りに行ない、出荷率は例年95%を維持していたが、昨年は「出荷率3割にも満たない畑があった。それくらい最悪の環境でした」と肩を落とす。

こうして、冬キャベツの一大産地である愛知県の出荷量は「昨年12月末時点で、前年の6割程度」(JA愛知みなみ)にまで激減し、価格の高騰を招いた。

全国の食品スーパーでは、生鮮キャベツが日ごとに値上がりする中、より割安感のあるカットキャベツの売れ行きが伸びた。だが3月1日、カット野菜製造大手のサラダクラブが主力商品「千切りキャベツ」の価格を100円から130円に改定。それは同社創業以来、初めての値上げだった。

国産キャベツの不足を補うために輸入キャベツが急増し、1月の輸入量は前年同月比の43倍に。「国産キャベツの品薄を輸入品で補う動きは以前から業務用では見られていましたが、今回はスーパーの青果売り場にも中国産キャベツが並ぶ異例の事態」(前出・松平氏)になっている。

さらに、キャベツの価格上昇は白菜にも波及した。農業生産法人・茨城白菜栽培組合の職員がこう話す。

「小売店はキャベツの代替品として白菜に目を向けました。白菜はキャベツほど不作ではなく、4分の1カットや8分の1カットで手頃な価格の小分け販売ができるため、重宝されたんです」

しかし、小売りから卸に代替注文が殺到した結果、白菜の価格も現在、平年の2.2倍に当たる1㎏432円まで高騰している(農水省「食品価格動向調査」より)。

■農家同士の疑心暗鬼

そして、高騰したキャベツは"窃盗団"に狙われ、全国各地で大量盗難事件が相次ぐ事態となっている。

昨年12月15日、茨城県古河(こが)市の畑でキャベツ約1200玉が盗まれたことが発覚。数日後には、そこから程近い八千代町で約1200玉、結城(ゆうき)市で約840玉が盗まれる。さらに今年2月には、愛知県田原(たはら)市の畑で約800玉のキャベツが一夜にして姿を消した。

いずれも収穫直前のキャベツだったことから、転売目的の犯行が疑われている。

「例えば、茨城県で被害に遭ったキャベツは計3240玉。市場価格1玉500円とすれば、すべて転売すると162万円の"売り上げ"になります」

問題は、その転売先だ。数日で鮮度が落ちるキャベツを一度に大量にさばくのは、素人には不可能に思える。しかし、青果ショップ『肥後庵』を営む黒坂岳央(たけを)氏はこうみる。

「地方の市場では、農業関係者でなくても、誰でも野菜を持ち込み、競りにかけることができます。中央卸売市場は別として、地方の卸売市場では本人確認が不要なところが多く、伝票に記入する名前も偽名で通る市場もある。

農産品には個体識別番号がないため、正規品と盗品の区別ができません。こうなると、深夜に盗んだキャベツを、そのまま早朝に市場へ持ち込み、午前中には現金を受け取って消える。そんなスピーディな換金もできてしまうのです」

ちなみに、取材した農家の多くが口をそろえたのが「同業者による犯行説」だった。

「農家にとって、契約先との納品数量と納品期日は絶対で、それを守れなければ契約が打ち切られるリスクがある。一方、同じキャベツ農家でも散水の頻度や追肥の管理によって生育に差が出るため、不作の中でもそれなりに大玉キャベツをそろえられる優良農家もいます。

こうした状況で、『必ず契約数量を確保しろ!』と取引先から強い圧力をかけられ、追い詰められた末に犯行に及んだのではないか」(愛知県内のキャベツ農家)

昨年、京都府では九条ネギの盗難事件が相次ぎ、逮捕されたのは同業の農家だった。その犯人は犯行動機について、「夏の猛暑で収穫量が激減し、契約先に納品できなかったから」と供述している。

今回のキャベツ盗難も、その構図と同じ? ―価格高騰が続く中、キャベツ産地では農家同士の間で疑心暗鬼の空気が漂っている。

■農家の"キャベツ離れ"

キャベツの価格は今後、どうなるのか? JAグループの青果担当職員がこう話す。

「3~5月は冬キャベツと春キャベツが切り替わる端境期(はざかいき)。例年なら2~3月に冬キャベツを冷蔵貯蔵し、春に出荷することで価格が安定しますが、昨年12月下旬、卸値がピークに達した際に、多くの農家が小玉サイズでも前倒しで出荷し、利益確保を優先しました。

その結果、現在は在庫がほぼ枯渇し、価格は平年の2倍以上の水準で高止まりしています。恐らくこの傾向は4~5月にかけても続くでしょう」

では、その先はどうか。前出の松平氏は、こう予測する。

「ここ数年、肥料や農薬などの農業資材費、燃料費、人件費が軒並み高騰し、農家の経営を圧迫しています。さらに、台風や豪雨の被害が激甚化しているように、地球温暖化の影響でキャベツの不作がますます深刻化する恐れがあります。

特に、冬キャベツの生育期である夏から秋に極端な高温や乾燥が常態化すれば、今回のように冬期に価格が平年比3~4倍に高騰する事態が繰り返される可能性もある。

冬キャベツの供給が不安定になれば産地リレーが滞り、春夏キャベツの出荷にも影響するでしょう。こうした状況を踏まえると、キャベツの価格は慢性的に高値が続くことも予想されます」

イチロウ氏のキャベツ畑。スプリンクラーで散水している イチロウ氏のキャベツ畑。スプリンクラーで散水している
しかし、農家の見解は違う。

「今は店頭価格が1玉400~500円と高騰していますが、値上がり前は農家の手取りは1玉100円以下が普通で、40~50円も珍しくなかった。

そこから箱代、肥料代、燃料費、人件費を差し引けば、利益はほぼゼロです。キャベツの専業農家として生活できるのは、目安として年間100t以上を出荷する大規模農家だけです。

本来なら、せめて生産コストの上昇が売価に反映されるべきですが、それが当たり前にならないのもこの業界の現実。だから、専門家がいくら『キャベツ価格は高止まりする』と言っても、まったく実感が湧きません。またすぐに買い叩かれる状況に戻る厳しい事態も予測しています」(前出・イチロウ氏)

こうした状況の中、懸念されているのが農家の"キャベツ離れ"だ。前出のJA・青果担当職員がこう打ち明ける。

「キャベツの栽培をやめ、ほかの農作物へ切り替えを検討する農家、廃業を考える農家からの相談が急増しています」

あるキャベツ農家は苦しい胸の内を明かす。

「昨年、私の畑で出荷できたキャベツは半分程度。残り半分はサイズが小さすぎて出荷基準を満たしませんでした。

本来、キャベツは粗放栽培が利く作物で、苗さえしっかり根づけば、あとは肥料や農薬、水をそれほど与えずとも自然の力で育つ。その手間のかからなさが魅力でもあるのですが、昨年の酷暑と乾燥は異常でした。

畑はまるで砂漠のようで、30分置きに水をやらなければ、苗が真っ白に干からびる。スプリンクラーだけでは水分が足りず、畑をくまなく歩いて手作業で散水しましたが、自然に降る雨の量にはとうてい及びません。

日夜何度も散水する作業は高齢の体にこたえ、精神的にも追い詰められました。そこまで懸命にやっても、得られるお金は労力に見合わない。長年守り続けてきたキャベツ畑ですが、今年の作付けをどうするか、葛藤しています」

夏の異常な高温と乾燥は根の生育を妨げる。結果、出荷基準に満たない1kg未満の小玉キャベツができてしまう 夏の異常な高温と乾燥は根の生育を妨げる。結果、出荷基準に満たない1kg未満の小玉キャベツができてしまう
前出のJAの青果担当職員もこんな危機感を吐露する。

「年々、天候不順が深刻化する中、キャベツの栽培難度は上がる一方です。もしかすると、体力のある若手の優良農家しか生き残れない時代に突入したのではないか......そんな危機感を持っています」

■国産キャベツを救うイノベーション

実は、異常気象の影響を技術の力で克服しようとする動きがある。タキイ種苗やサカタのタネといった種苗メーカーが、気候変動に適応した品種開発に挑んでいるのだ。

ある種苗メーカーの研究職の社員が、品種開発の内実について語る。

「弊社もキャベツの種子開発を得意としており、人工交配などを駆使し、数千単位でさまざまな特性を持つDNAをかけ合わせる研究を進めています。

ただ、キャベツの品種には特性上、暑さに強いものは寒さに弱く、寒さに強いものは暑さに弱いという二律背反性があります。このため、夏の猛暑にも冬の極寒にも耐えられる理想的な品種の開発は想像以上に難しく、現時点でどのメーカーも答えを見つけられていないのが実情です」

ただ、異常気象という逆境にこそ強さを発揮する苗が、すでに開発されている。その名も、「スーパーセル苗」。これは徳島県立農林水産総合技術支援センターの元研究員・村井恒治(こうじ)氏が開発したものだ。

村井氏がこう説明する。

「一般的なキャベツの苗は、培養土を詰めた育苗用のセルトレーに種をまいた後、25~30日程度で育成します。その途中、15日目頃に肥料が不足するため、追肥を行なうのが一般的な育苗法です」

一方、スーパーセル苗はそれとは大きく異なる。

「セルトレーに種をまいた後、肥料は与えず、水だけを与えます。肥料の制限で、意図的に窒素欠乏の環境をつくり出すのです。さらに育苗期間も通常の苗より長く、45日以上かけて育てます。

これを苗の視点で見れば、早く畑に植えつけてもらって大きくなりたいのに、狭いセルトレーの中に押しとどめられることになります。つまり、苗に過酷な生育環境を強制的に与えることで、ストレス耐性が強い体質をつくり上げるわけです」

結果として、「通常の苗よりも堅牢で太い茎と強靱(きょうじん)な葉が形成される」のだという。

通常の苗(左)とスーパーセル苗(右)。どちらも育苗後54日だが、追肥を与えていないためスーパーセル苗のほうが小さめ。だが茎が太く、葉は分厚い。その堅牢さが、高温や乾燥に強さを発揮する(写真提供/徳島県立農林水産総合技術支援センター 村井恒治氏) 通常の苗(左)とスーパーセル苗(右)。どちらも育苗後54日だが、追肥を与えていないためスーパーセル苗のほうが小さめ。だが茎が太く、葉は分厚い。その堅牢さが、高温や乾燥に強さを発揮する(写真提供/徳島県立農林水産総合技術支援センター 村井恒治氏)
その能力は各種試験で実証済みだ。乾燥した場所では、通常の苗がしおれる一方、スーパーセル苗はすべての葉がしっかりと立っていた。

別の試験では、病原菌をまいた土壌に植えつけた際、通常の苗が49日で約半分が枯死したのに対し、スーパーセル苗の枯死率は0%。さらに、台風被害を受けた農場での試験では、通常の苗の約7割が枯死する中、スーパーセル苗は1割しか枯れなかったという。

しかし、課題もある。現段階では、スーパーセル苗の強靱な特性は、「畑に植えつけた後、2週間程度で失われる」という点だ。加えて、苗の調達コストが通常の苗より高いこともネックとなり、スーパーセル苗はほとんど普及していない。

とはいえ、「キャベツの生育初期は、病虫害や乾燥に最も弱い時期。その時期をスーパーセル苗で強靱化すれば、生育の成功率は高まる」と村井氏は言う。

日本のキャベツは異常気象という困難に打ち勝てるのか? 今後に注目だ。