ノロウイルスの電子顕微鏡写真。今年に入って集団感染の事例が多く報告されている
ノロウイルスを中心とした感染性の胃腸炎が流行している。今年の2月と3月には流行を知らせるニュースが多く報道され、自分、あるいは家族や友人など周囲に感染者が出た人も多いだろう。感染制御学が専門の小林寅喆先生に「正しい怖がり方」を聞いた。
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■「大流行している」というわけでもない?
ノロウイルスを中心とした感染性胃腸炎の流行がニュースで連日のように報道されている。過去10年の同時期(3月3~9日)の1医療機関当たりの感染者数を見ると、今年は最多の数字となっており、全国に流行が広がっていることがわかる。
感染してしまうと数日間は下痢、嘔吐などのつらい症状でダウンしてしまう胃腸炎。今年これほどまでに流行している理由はなんなのか? 東邦大学看護学部感染制御学研究室教授で、感染症・感染制御学を専門に研究している小林寅喆先生に話を聞いた。
「連日メディアで感染性胃腸炎の流行が取り上げられていますが、実は例年は12~1月である感染時期のピークが後ろにずれているだけで、感染者数の絶対数が爆発的に増えているわけではないのが実態です。
報道でよくいわれる『過去10年で一番多い』という表現は間違っていて、『過去10年の2月もしくは3月の同時期で一番多い』というのが正しいです。
ではなぜ例年より遅い時期に増えているのかというと、それは年末年始にかけて非常に暖かかったからです。その間は流行の度合いが低かったので、ここ5年間でも特に感染者数が少なかった。ただその後2月後半に急に寒くなったため、ノロウイルスが活性化して感染者数が増えました。
要するに最初の感染の波が穏やかだっただけで、ピークがずれているととらえたほうが正しいんです。1年を通した感染者数は今年が終わらないとわかりませんが、だいたい例年と同じか、ここ5年間では少し多いくらいの感染者数に収まるのではないかとみています」
集団感染が増えている印象があるが、それはなぜ?
「コロナ禍が収束したことが関係しています。コロナ禍では皆がマスクや手洗いをして、人との集まりも抑えようとしていましたよね。そこからだんだんと解放されて旅行にも行くようになったので、人が多く訪れる飲食店や旅館のような場所で集団感染が起こりやすくなっています。
最近ではアストロウイルスというノロウイルスの親戚といえるウイルスが、北海道の子供に集団感染した事例がありました。そのような集団感染の件数が増加していることも、感染性胃腸炎が大流行しているという世間のイメージに影響していると思います」
■心当たりがないのに感染していることも
寒い時期がずれたせいで例年とは違う時期に流行している感染性胃腸炎。どのような経路で感染するのか?
「ノロウイルスはカキなどの二枚貝を宿主とするので、加熱不十分なそれらを食べて感染することが多いです。ただ感染者数がピークになると、食べ物ではなく人を介した『ヒト-ヒト感染』も増えてきます。
例えば不特定多数が使う衛生状況が良くないトイレを感染者が利用すると、トイレ周りにウイルスが残って感染が広がってしまいます。その場合、トイレの中でスマホを使ってしまうことが感染経路のひとつとして考えられます。
今はトイレに入ってもスマホを使う人が多いと思いますが、手でトイレの周りを触った後に、その手でスマホを触りますよね。そうするとスマホにウイルスが移ってしまいます。
その後手洗いはすると思いますが、スマホを洗う人はいないでしょう。そしてトイレの外に出てスマホを触ると付着していたウイルスが手に移り、それが口に入って感染してしまうということです」
加熱不十分なカキを食べるとノロウイルスに感染するリスクが。流行時期は食べないという選択もある
ノロウイルスは物にも付着するのか?
「物に付着しますし、ノロウイルスは寒い時期ほど活性が維持される性質があります。これは一般の人にわかりやすく言い換えると、ウイルスが環境中に長く生存できるということです。
そのため寒い時期になると、ウイルスがどのような経路で移動するかを考えて、『トイレでスマホを触らない』『食事の前にはせっけんを泡立てて手洗いする』などの対策を徹底する必要があります。
注意すべき点は、インフルエンザやコロナウイルスはアルコール消毒が有効ですが、ノロウイルスはアルコールだと効果が低いのでせっけんで物理的に洗い流す必要があることです」
現代人の多くが「トイレでスマホ」をしてしまうが、感染予防の観点からは好ましくない行動だ
■感染してしまったらどうする?
いろいろと対策をしても感染してしまったとき、本人や家族はどう過ごすのが正解?
「感染者本人はもちろん出歩かないこと、そしてきちんと手を洗うことです。本人からウイルスが出ているわけですから、手洗いをしないと周りのいろいろな場所にウイルスがついてしまい、家族などの同居人が感染するリスクが高くなります。
また感染者の周りの人が気をつけるべきなのは、もし感染者が嘔吐したなら、それを処理するために真っ先に嘔吐物を拭いたらダメだということです。まず何をすべきかというと、嘔吐物にはウイルスが含まれているので、塩素系消毒液を振りかけてウイルスを殺して不活化するんです。
また消毒するときには直接ではなく、ペーパータオルやバスタオルなどで嘔吐物を覆って、ウイルスが飛び散らないようにしてから消毒してください。そうして10分から15分置いて、ウイルスを殺した状態で手袋をして処理をしなければなりません。
感染者が嘔吐すると早く拭かないといけないと思って慌てて拭く人が多いですが、そうするとウイルスに触れてしまい周りにいる人まで感染してしまいます。
ノロウイルスは乾燥にも強いため、不活化せずに拭くと乾いた後、ほこりとともに空中に舞ってしまい、それを後から吸って感染する事例も報告されています。不用意に感染を拡げないためには処理方法に気をつけなければなりません」
いろいろな経路で感染する可能性があるノロウイルス。大流行していると大げさに怖がる必要はないが、日常の感染対策を徹底することが重要だ。