
矢内裕子やない・ゆうこ
ライター&エディター。出版社で人文書を中心に、書籍編集に携わる。文庫の立ち上げ編集長を経て、独立。現在は人物インタビュー、美術、工芸、文芸、古典芸能を中心に執筆活動をしている。著書に『落語家と楽しむ男着物』(河出書房新社)、萩尾望都氏との共著に『私の少女マンガ講義』(新潮文庫)がある。
写真/©吉原重治
「性加害者は街中では『父親と子供』のペアを探して狙うというんです。母親は注意を払っていますが、父親は意識が低いというわけです」と語る今西洋介さん
子供の性被害について、毎日のようにニュースが流れる。厚生労働省の2020年度の調査では、「性被害に遭う子供は1日1000人以上」という推定データが出されるなど、日常的に起こっているのに見えづらいのが子供の性被害なのだ。
「ふらいと先生」としてXで14万人のフォロワーを持つ小児科医の今西洋介さんは3人の娘の父でもある。今西さんの新刊『小児科医「ふらいと先生」が教える みんなで守る子ども性被害』は、エビデンスを基に子供の性被害について考える画期的な内容だ。
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――タイトルに「みんなで守る」とあります。大人や社会が子供たちを守る視点が大切ですね。
今西 世の中には知られていない性被害がたくさんあり、被害者の多くが子供です。私は昨年、研究のためにロサンゼルスに移住しましたが、海外では子供の人権がしっかり守られています。
アメリカのある研究者は「小児性被害は100%予防可能な社会課題です。ただし、社会全体で対策に取り組めば」と言いました。「小児性暴力の根絶に必要なのは、社会の変容である」という意味だと思います。アメリカでも子供の性被害が多いですが、対策が取られています。
一方、日本では法律も整備されていないですし、訴えを起こしても5割弱が不起訴になっています。
――具体的にアメリカではどんな対策があるんでしょう。
今西 例えば学校にはスクールポリスが常駐しています。また、子供から「家でぶたれている」と言われたら、担任の先生は24時間以内に校長に報告しなくてはなりません。報告を受けた校長は72時間以内に警察に通報する義務がある。
言い換えれば、自分の責任を果たしたら、それ以上、先生が抱え込む必要はない。訴訟社会なので役割と責任の範囲が明確です。
――虐待や暴力を受けた子供のための施設「チャイルドアドボカシーセンター(CAC)」は素晴らしい取り組みですね。
今西 CACは全米で1000ヵ所以上、設置されていますが、日本では全国で2ヵ所だけです。私もカリフォルニア州のCACを見学に行きましたが、とてもきれいでしっかりした施設でした。国とカリフォルニア州から公的援助が入っていて、交通違反の罰金からもCACに資金として入るようなスキームができています。
日本のCACは法的な位置づけのない組織なので、運営資金が国や自治体から入りません。善意の寄付だけで運営しているので、数も増やせません。公的な資金を入れる仕組みが必要だと思います。
小児性被害を立件する難しさは、子供自身がつらい経験を証言しなくてはならないこと。アメリカのCACの司法面接では児童相談所職員、警察官、検察官、医療者で構成される多機関連携チームが、虐待を受けた子供への聞き取りを別室で見守ります。被害について何度も話さなくて済みますし、事実の究明や医師の診断も可能になります。
日本でも司法面接を導入すべく、神奈川県にあるCAC「つなっぐ」が奮闘なさっているところです。
――なぜアメリカにはCACが1000ヵ所もあるのですか?
今西 それは「推定有病率」で政策を決めているからです。小児性被害は暗数がとても多く、疫学調査は困難ですが、それでもさまざまな手法で「性被害によってトラウマやPTSDを持つ子」の人数を推定することはできる。そこから必要なCACの数を算出し設置しているんです。
本書では厚労省やこども家庭庁、警察庁、法務省などさまざな調査のデータを紹介していますが、まだ足りません。日本でも小児性暴力についての大規模調査とその結果の分析が必要だと思います。
――子供の性被害は家庭や学校、習い事の指導者など身近な人間から受けることも多い。周りの大人が性被害の可能性に気づくことが大事ですね。
今西 性被害がわかれば、長期化させずに止められますし、被害児のケアもできます。性加害を「魂の殺人」と呼びますが、小児性被害の経験がある人は、大人になってから生活習慣病、肥満、がんなどの発症率が高くなることがわかっています。身体への影響も大きいんです。
またトラウマを治療できていないと、加害者になってしまうケースもあります。「ひとりの加害者が平均380人の被害者を生む」という調査結果もありますから、初犯で捕まった加害者の治療も必要でしょう。どちらも認知行動療法などでしっかりと治療することが重要です。
――小児性犯罪の再犯率の高さはよく聞きます。厳罰化は有効ですか?
今西 うーん、厳罰化によって加害者が孤立し、逆に犯罪率が上がることもあります。孤独は犯罪の大きな要因になりえます。
有名なものとして、アメリカのメーガン法があります。殺された被害女児の名前がついたこの法律は性犯罪者が出所する際、その後の住所を公開するというもの。こちらは元性犯罪者が襲われ、殺害されるといった過激な事件も起きていて、再逮捕率も変わっていません。
――イギリスの「DBS(前歴開示・前歴者就業制限機構)制度」を参考にした、日本版DBSを導入する法律も可決、成立しましたが、すでに問題も指摘されています。
今西 塾や学童クラブ、水泳教室など、性被害が多いとされている課外活動については義務ではなく「認定制度」ですからね。小児性犯罪で逮捕された医者が、普通に働いている現実もあります。
子供の性被害をなくすためのキーパーソンは父親だと思うんですよ。性加害者は街中では「父親と子供」のペアを探して狙うというんです。母親は注意を払っていますが、父親は意識が低いというわけです。
PTAで講演をすると、最近は男性もたくさん参加してくれます。知識をアップデートしたい人が多いんです。
――最後にあらためて今、日本に必要なものはなんでしょうか。
今西 公的資金を入れて、CACを拡充すること。そして相手の人権やジェンダーに配慮する、包括的性教育が必要です。私の5歳の娘は「コップに入った水を誰と飲むか」という行為を通じて、同意教育を受けています。なるべく小さい頃から、自分と相手の人権を尊重できるように、大人も関わっていきたいですね。
■今西洋介(いまにし・ようすけ)
1981年生まれ、石川県金沢市出身。新生児科医・小児科医、医学博士(公衆衛生学)、小児医療ジャーナリスト、一般社団法人チャイルドリテラシー協会代表理事。国内複数のNICUで診療を行なう傍ら、子供の疫学に関する研究を行なっている。また、「ふらいと先生」の名でSNSを駆使し、小児医療・福祉に関する課題を社会問題として提起。エビデンスに基づく育児のニュースレターを配信している
■『小児科医「ふらいと先生」が教える みんなで守る子ども性被害』
集英社インターナショナル 2090円(税込)
ジャニーズ性加害問題や、大手塾講師の女子児童盗撮事件などが世間を大きく騒がせ、ますます関心が高まる子供への性暴力。本書は「ふらいと先生」として知られる小児科医がエビデンスに基づき、小児性被害の実態から、保護者や先生など大人たちができる予防法まで優しくレクチャー。子供の性被害は珍しい? 加害者は「知らないオジさん」? 男の子なら女の子より安全?と思い込んでいる人にぜひ読んでほしい一冊
『小児科医「ふらいと先生」が教える みんなで守る子ども性被害』集英社インターナショナル 2090円(税込)
ライター&エディター。出版社で人文書を中心に、書籍編集に携わる。文庫の立ち上げ編集長を経て、独立。現在は人物インタビュー、美術、工芸、文芸、古典芸能を中心に執筆活動をしている。著書に『落語家と楽しむ男着物』(河出書房新社)、萩尾望都氏との共著に『私の少女マンガ講義』(新潮文庫)がある。
写真/©吉原重治