単なる“話題づくり”ではない! 2016年リオデジャネイロ五輪から正式種目となる7人制ラグビー。15人制とは競技特性が大きく異なるため、世界的にも異種目からの“転向組”が国の代表チームの貴重な戦力になっているケースが珍しくない。
そんな事情から、昨年10月に誕生した7人制ラグビーチーム「サムライセブン」がトライアウトを実施! 野球、アメフト、陸上など、さまざまな異種目アスリートが参戦した!
■7人制ならではの驚きの強化方法!
2013年12月22日の昼下がり。東京大学・駒場キャンパス内のラグビー場で、43名のアスリートが思い思いに体をほぐしている。
やがて定刻の午後2時半になると集合がかかり、彼らの前にひとりの男が進み出ると、こう切り出した。
「いよいよ、君たちと一緒にオリンピックに行く日が近づいてきました」
声の主は吉田義人(よしひと・44歳)。1980年代から90年代にかけてラグビー日本代表のウイングとして名を轟かせ、09年から4季にわたり、母校である明治大学ラグビー部の監督を務めていた。
東大の人工芝ピッチで始まろうとしていたのは、吉田が昨年10月に設立した7人制ラグビーチーム「サムライセブン」の選手をセレクトするための、トライアウトだったのである―。
7人制ラグビーは“セブンズ”と呼ばれ、ルールは15人制とほぼ同じ。グラウンドは15人制と共通なので、人数が少ない分、スペースがたっぷりある。そのため15人制に比べて接触プレーが少なく、選手にはパワーよりも俊敏性やスピードが求められる。
このセブンズ、16年のリオデジャネイロ大会から五輪正式種目に採用されている。しかし、その事実を知っている日本人は決して多くはない。吉田が言う。
「80年代のブーム時と違い、現在の日本ではラグビー人気が低迷しています。だから、セブンズがオリンピック種目に採用されたのは、またとないチャンス。初採用となったリオ五輪でセブンズ代表が躍進すれば、ラグビー人気復活の突破口になるはずなんです」
だが、リオ五輪に向けた日本のセブンズ強化が順調に進んでいるとは言い難い。
長らく15人制が主流だった日本ではセブンズ専門チームは皆無に近く、当然、全国リーグもない。従ってセブンズの代表チームは、15人制の国内最高峰リーグであるトップリーグチームに所属する若手選手を中心に構成されている。チームの本分であるトップリーグの公式戦や15人制日本代表チームの活動との兼ね合いもあるので、主力クラスにセブンズ向きの人材がいても、選出することが難しいからだ。
しかも、同じラグビーの名がつくとはいえ15人制とは競技特性が違うのに、セブンズ代表選手が所属チームで日常的にこなしているのは、当然ながら15人制の練習。彼らがセブンズに特化したトレーニングに打ち込めるのは、国際大会の直前に行なう数日間の合宿ぐらいしかない。これでは、レベルの高い専門選手をそろえた強豪国との差が開くばかりだ。
「もともと、15人制の代表選手がセブンズ代表にも選ばれていました。私が主将として出場した93年の第1回W杯セブンズで、日本は開催国にしてセブンズ発祥の国でもあるスコットランドを相手に、9位決定戦で完勝しました。そのとき、はっきり実感したんです。『俺と同じような身体能力の選手があと数人いたら、日本は決勝まで行けた』と」(吉田)
当時の吉田は、100mを10秒台で駆け抜けた。試合中、彼がひとたびボールを持って走りだすと、どの国の選手もほとんど捕まえることができなかった。セブンズの強豪チームは必ずそのようなスピードスターを擁しているものだ。しかし今、往年の吉田に匹敵する脚力を持ったラグビー選手は日本にいない……。
ところが、セブンズというスポーツには、驚きの強化方法が存在する。
図抜けた身体能力を持ちながら他競技で埋もれているアスリートを転向させ、セブンズ選手として鍛え上げるのだ。
実際、すでに他国での成功例がある。
アメリカ代表に、カーリン・アイルズという選手がいる。彼は元短距離走者で、100mを10秒13という自己ベスト記録を持っていたが、アメリカではランキング30位にも入れない。そこで陸上での五輪出場を諦めてセブンズに転向するや、競技歴わずか数ヵ月で、ニュージーランドなど世界最高峰クラスのチームを相手に、次々とトライを決める活躍を見せているのである。
「今、日本の陸上界には100mを10秒台で走るランナーが約1000人います。また、野球やサッカーには、この国のフィジカルエリートたちが集まっている。優れた身体能力を持つ他種目の選手がセブンズでプレーすることを決心してくれれば、間違いなく世界と対等に戦えます」(吉田)
■100m10秒台の陸上選手も参加!
えりすぐりのアスリートをセブンズ専門選手として鍛え、日本代表に送り込む。そのために吉田が発足させたのが、サムライセブンなのである。
そして今回、事前の告知期間が短かったにもかかわらず、トライアウトにはさまざまな競技経験者からの応募があった。さらに書類審査を経て当日姿を見せた参加者の中には、それぞれの分野のトップレベルでしのぎを削っていたアスリートも含まれていた。
●梶本勇介(元オリックス・30歳) 01年にヤクルトからドラフト2位指名されてプロ入り。10年のオフにテストを受けオリックスに入団したものの、13年オフに自由契約となっていた。本人はまだ転向か否かを決めかねているのか、サムライセブンのトライアウト終了後はほぼ無言でグラウンドを後にした。
●渡邊友太郎(青山学院大学・21歳) 昨季の東都大学リーグ首位打者。187cm、85kgというサイズながら、敏捷(びんしょう)性もある。大手商社への就職が内定していながらトライアウトに参加したのは、「友人に誘われたので」。
●杉原雅俊(元ノジマ相模原ライズ・31歳) オンワード、オービックの所属時代、先発ランニングバックとして2度のアメフト日本一を経験。トライアウトに応募したのは、「オリンピックへの憧れです。何しろ、小学校の卒業文集に『将来はオリンピック選手になりたい』と書いてたくらいだから(笑)」という理由から。
●高田和樹(26歳) カヌーでのU-23ナショナルチーム経験に加え、ボブスレーでもインカレ優勝。「体幹の強さをアピールしたいです。カヌーでのオリンピック出場も、まだ諦めていません」
●山瀬貴雅(順天堂大学・22歳) やり投げで日本学生陸上個人選手権6位。 「卒業後の陸上生活継続も考えてはいますが、トライアウトに合格すればセブンズ一本に絞ります」
さらには、100mの自己ベストが10秒台前半という某大学陸上部所属の現役ランナーも、真剣にトライアウトメニューに取り組んでいた。
その内容は、50m走、2.5往復の10m連続ダッシュ、垂直跳び、スラローム走、肘をついた腕立て伏せ姿勢の維持の5つ。セブンズ選手に最も必要とされる要素である、スピード、俊敏性、体幹の強さを判断するのが狙いだ。
サムライセブンでは、選手が希望すればクラブの協賛企業のいずれかに正社員として雇用される。午前中にトレーニングを積み、午後から会社の業務につく形だ。それも、本格的に働く。
「われわれのクラブの特徴のひとつに、人材育成があります。競技からの引退後もきちんと生活の基盤を構築できるよう、トレーニングと並行して真のビジネスキャリアを積める体制を整えています」(吉田)
創立メンバーとして選出を予定している人数は計30名。
「短い期間でオリンピックを狙える選手を育成するわけですから、選手選考は厳しい基準で行ないます。30名というのはスタートとして、私が全身全霊を注いで育てることができる最大限の人数だと思っています。そのうち15人が、トップチームとして活動します。サムライセブンで頭角を現したアスリートが日本代表に多く選ばれるようになれば、オリンピックでの金メダルだって夢じゃない。私は本気でそう考えているんです」(吉田)
各人それぞれの持てる力を合わせ、困難なミッションに立ち向かう。さながら黒澤明監督の名画『七人の侍』を思わせる、サムライセブンの壮大な挑戦から目を離すな!
(撮影/五十嵐和博)