「岩本氏や彼を取り巻く両親や高校時代のチームメイトの話のひとつひとつに今の人生、仕事への誇りを感じた」と語る長谷川晶一氏 「岩本氏や彼を取り巻く両親や高校時代のチームメイトの話のひとつひとつに今の人生、仕事への誇りを感じた」と語る長谷川晶一氏

1989年、大阪の阪南大高等学校から日本ハムファイターズにプロ入りし、2006年の引退まで球団のエースとして活躍した“ガンちゃん”こと岩本勉。「まいどっ!」という勝利後のヒーローインタビューでも人気を博した。

現在もその人当たりの良さが受け、野球解説を中心に活躍しているガンちゃん。そんな彼には意外な過去がある。高校3年のとき、夏の甲子園の地区大会を後輩の不祥事で出場辞退となったため、甲子園はおろか大阪地区大会にすら出場していないのだ。

この出来事はもちろん、岩本の同級生たちの運命を大きく変えた。『夏を赦(ゆる)す』は、岩本勉をはじめ、彼の両親、当時のチームメイトがあのときをどうとらえ、今生きているのかを探っていく物語である。著者の長谷川晶一氏に聞いた。

―なぜ、この本を書こうと思ったのですか?

「たまたま、テレビ番組の取材で岩本氏と長期間一緒にいる機会がありました。ある日、『僕の高校時代のことを書いてほしい。夏の大会に出られなかった僕らにはいろいろなドラマがある』と岩本氏に言われたんですね。

彼の中でくすぶっている『89年の失われた夏』を成仏させてあげることはできないかと思いました。取材を進めると、彼を取り巻く両親や高校時代のチームメイトもそれぞれ当時の事件のことを思い、今を生きています。その話のひとつひとつに今の人生、仕事への誇りを感じました」

―岩本氏は「泣くだけ泣いたら、涙って涸れるんですね」と高校最後の夏の地区大会を辞退した当時を振り返っています。

「この発言には、ある種うらやましさも感じました。岩本氏と私は、ほとんど同世代なのですが、私自身、学生時代にそれこそ涙が涸れるほど熱中した夢や目標がなかったんです。高校時代の岩本氏とチームメイトは、野球というひとつの目標に向かっていくなかで濃密な人間関係を築いていたわけです」

―岩本氏のルーツを追っていくなかで、不祥事を起こした後輩K氏への接触を試みようとしますが、失敗に終わっています。

「K氏本人に直接思いを伝えることはできませんでしたが、この本が当時の阪南大高校野球部のメンバーからK氏への寄せ書き的な役目を果たしてほしいと思っています。岩本勉という人間を軸に『夏を赦す』のストーリーは続いていくわけです」

―岩本氏のチームメイトに接触していくなかで、特に心に残った方はいますか?

「現在、大阪府内で消防士をやられている方ですかね。彼は高校時代、周りとうまくコミュニケーションがとれずにいました。しかし、この仕事に就いて阪神大震災や東日本大震災を経験し、今の自分の生き方に誇りを取り戻していました。彼の言葉のひとつひとつに同世代の私も勇気づけられたんです」

―文章中に長谷川さんの苦悩や喜びが自身の語りとして出てくるところがあります。

「本書のもとになったものは、野球専門誌『野球小僧』(現『野球太郎』)に掲載しました。そこでは私が出てくる場面はありません。ですが、単行本化するに当たって、在日朝鮮人という彼の出自の扱い、不祥事を起こしたK氏への取材など、先の見えない不安が多かったんです。書籍の担当者と相談したところ、そうした私の不安も含めたロードムービーのような本にする提案があったんです。私は、読者に旅をしてもらう案内役みたいなものです。一緒に旅を楽しんでもらえるといいですね」

●長谷川晶一(はせがわ・しょういち) 1970年生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経て、2003年からノンフィクションライターに。著書に、女子野球日本代表を追った『マドンナジャパン 光のつかみ方―世界最強野球女子』(亜紀書房)、『私がアイドルだった頃』(草思社)など

■『夏を赦す』 廣済堂出版 1680円 後に日本ハムファイターズのエースとなる岩本勉は、高校当時からプロ注目のピッチャーだった。しかし-彼が率いる阪南大高野球部は後輩の不祥事で、最後の夏の甲子園地区大会に出場できなかった。その出来事を糧にそれぞれの今を生きる元球児たちの再生の物語