いつだってロン毛を振り乱しながらの全力疾走。時には自分で自分にスルーパス。そして、日本がW杯初出場を決めた“ジョホールバルの歓喜”。
まさに記録よりも記憶に残る選手だった。20年間に及ぶ現役生活にピリオドを打ち、まさかのGM職への転身を遂げた“野人”岡野雅行を直撃した!
■今でこそ岡田監督には感謝しているが……
41歳になった“野人”岡野雅行が今年1月16日、現役引退会見兼ガイナーレ鳥取(J3)GM(ゼネラルマネージヤー)就任会見を行なった。
―まずは引退を決めたタイミングと理由を教えてください。
岡野 ガイナーレがJ2から降格したら辞めようとは考えていたんです。で、最終的に引退を決めたのは讃岐との入れ替え戦に負けた瞬間。ケガもなかったし、辞める理由はなかったのですが、年齢的に第二の人生も考えないといけないと思っていたので。
―引退発表後の周囲の反応は? いきなりのGM就任も驚かれたと思うのですが。
岡野 (かつての日本代表の同僚である)名波(浩)やモリシ(森島寛晃)、ハット(服部年宏)たちもGM就任には驚いていましたけど、最終的には「でも、期待してるよ」と言ってくれました。世間の皆さんがそう思っているように、僕だって自分にGMが務まるのかと不安です(笑)。今は監督選びも無事に終わり、分刻みのスケジュールでスポンサー獲得のための営業活動中です。
―プロ入り当時、こんなに長く現役を続けると思っていました?
岡野 最初は28歳で引退して、居酒屋でもやろうかなと思っていたんです。でも、30歳を過ぎたあたりから、それまでとは違ったサッカーの面白さを感じるようになって、気がついたら41歳になっていた。
ただ、昨年もプレーすること自体は楽しかったんですけど、例えば、チームには18歳の選手もいるわけですよ。そうなると、親子が同じチームでプレーしているようなもの。ノリは違うし、会話もまるで噛み合わない。向こうにしても、“ジョホールバル”なんて知らないし、「なんだ、このオッサンは」って感じでしょう(笑)。そういうのも辞めた理由にあるかもしれません。
―岡野さんといえば、その“ジョホールバル”について聞かないわけにはいきません。
岡野 僕の中でも、あれを超える試合はありません。あんな経験は二度とできないだろうし、あのゴールが僕の運命を変えてくれたというか、ある意味、自分の命を救ってくれたわけですから。
1997年11月16日、日本はマレーシア・ジョホールバルで行なわれたフランスW杯最終予選のアジア第3代表決定戦(vsイラン)に臨んだ。それまで最終予選で一度も出番のなかった岡野は、2-2で迎えた延長戦開始とともに途中出場すると、試合終了2分前に劇的なVゴール(ゴールデンゴール)を決めた。
―あの試合、どんな気持ちでピッチに入ったのですか?
岡野 今でこそあの場面で使ってくれた岡田(武史)監督には感謝していますが……、「行くぞ!」と言われたときは、心の中で「ふざけんな!」と叫びましたね。だって、それまで最終予選で一度も出ていなかったのに、あんな大事な場面で初出場ですよ。
それに、すでに城(彰二)と呂比須(ロペス・ワグナー)とFWふたりが途中出場していたので、もう(FWの)僕の出番はないと思って完全に応援に回っていたんです。だから、呼ばれたときは「え、ウソでしょ?」って。しかも、普通は何かしら戦術的な指示があるのに、あのときは「入れてこい!」だけ(笑)。簡単に言うなよ!って。
―後に、かなりの緊張状態にあったと明かしていますよね。
岡野 実際、試合に出てしばらくはふわふわとして、自分でも何をやっているのかよくわからなかったです。そんな状態なのに、これでもかと僕のところにチャンスが来て、それをことごとく逃し……。このままではもう一生日本に帰れない。マレーシアに移住するしかない。本気でそう思っていましたから。地獄の時間でした。
―それでも最後に巡ってきたチャンスをモノにした。
岡野 途中でヒデ(中田英寿)に「おまえしかいないから落ち着け、一発入れたら全部チャラにするから」と言われて、気持ちがずいぶんラクになったことを覚えています。ゴールの場面はヒデからパスが来ると先読みして走っていたのですが、ヒデはシュートを打った。
そして、相手GKが弾いたボールが奇跡的に僕の目の前でピタッと止まったんです。決めた瞬間、頭の中は真っ白。走り出してメガネが飛び込んできたと思ったら、岡田さんでした(笑)。
―本当によく決めてくれました。
岡野 あのときの映像を見ると、今でも体が震えます。当時の記憶がよみがえるというか、(最後のシュートが)外れるわけがないのに、外れたらどうしようなんて思ってしまうんですよ。
■“ジョホールバル”後は人間不信に陥った
―あのゴールで一躍、時の人となりました。
岡野 当時はインターネットとかなかったので、選手たちはみんな帰国するまで日本の騒ぎをわかっていませんでした。成田空港に着いたときも、「モリシ、なんでこんなにたくさん人がいるの?」「ゴールデンウイークかな」「バカ。今は11月だろ」と話していたくらいですから。
―国民的な注目を集めるというのは、どんな経験でしたか?
岡野 帰国直後は自宅前にワイドショーのスタッフが張りついているし、僕の知らぬ間に両親がテレビに出ているし、ヘタにコンビニにも行けない……。何をするにしても気を使いました。
例えば、買い物に出かけるじゃないですか。すると、いつの間にかお店の前に人だかりができていて、全員が僕をじーっと見ているんです。そうなると、買う気もないのにカッコつけて散財してしまう。
―しばらくは人間不信に陥ったそうですね。
岡野 “友達”が激増するんです。例えば、小学校以来、連絡を取ってなかったやつから急に電話がかかってきて「覚えてる?」って。そりゃあ、なんとなくは覚えてるけど、「何?」って感じじゃないですか。
そうしたら、案の定、合コンでもしているみたいで、電話の向こうで「わー、本物だ!」って盛り上がっている。こんな調子です。唯一よかったのは、昔付き合っていた彼女から「ゴール見ました」って留守電が入っていたこと。それが今の嫁さん(笑)。
―そんな騒ぎを経て、翌98年のフランスW杯では小学生の頃からの夢、W杯出場を叶えました。
岡野 最高でしたね。(第2戦の)クロアチア戦で岡田さんに交代を告げられ、ピッチ脇で交代を待っている間は、「もし今、誰かがケガでもしたら、(ゲームプランが変わって)俺は出られなくなる」と思って、「頼むからよけいなことしないでくれ」と祈っていました。ジョホールバルと比べれば、そんなに緊張しませんでしたね。
■試合前日以外はほぼ毎晩飲んでいた
2008年オフに浦和レッズを退団して以降、その動向が報じられることは少なかったが、岡野は香港(TSWペガサス)、鳥取でも自慢の快足を披露し続けてきた。
―カズ(三浦知良)選手やイチロー選手といったベテランアスリートはストイックな日常生活で知られます。岡野さんの場合は?
岡野 僕はお酒をビタミン剤と呼んでいました(笑)。試合前日以外は、ほぼ毎晩飲んでいたと思います。でもケガもしなかったし、去年だってスピードではチームの誰にも負けなかった。そうかと思えば、食生活に気をつけていてもケガばかりして、すぐ引退する選手もいる。
人の体質はそれぞれ違いますし、正解なんてないんですよ。日本代表にも、野菜をまったく食べないのにすごい選手がいましたからね。野菜を食べないなんて、普通はあり得ないじゃないですか(笑)。そういう奇跡もスポーツの世界では起きる。だから、面白いんじゃないですかね。
―“野人”ならではの考え方だと思います(笑)。ちなみに、野人の由来はどこから?
岡野 レッズに入団したとき、最初のキャンプがオーストラリアだったんです。で、向こうは暑いだろうと思って、成田空港の集合場所にタンクトップに短パン、サンダル姿で行ったら、ほかのみんなは全員スーツ(笑)。そのときに先輩から「おまえ、野人だな」と言われたのが最初です。
―ピッタリでしたね(笑)。
岡野 覚えやすいニックネームをつけてもらったことはよかったですね。僕自身も、野人って呼ばれるからにはそれっぽくしないといけないという気持ちがあって、長い髪を切らないようにしたり、野人らしさを意識して振る舞っていた部分はあります。
まあ、こういう風貌で酒は飲むのにケガはしないって感じもよかったんですかね。でも、スポーツ新聞に「野人、犬に走り勝つ!」「野人、スーツ購入!」なんて見出しの記事が出たときは、なんだ、それ!って思いましたよ(笑)。
―クラブでは浦和、ヴィッセル神戸、香港のTSWペガサス、鳥取でプレーしましたが、特に印象深かったのは?
岡野 レッズは特別ですね。デビュー時にピッチからあの真っ赤なサポーターを見て、鳥肌が立ったことをよく覚えています。あれだけすごい応援をされたら、絶対に手を抜いたプレーはできません。だから、たとえ絶対に追いつけないボールでも、諦めずに全力で追いかけるしかない。
―最後にGMとしての、今後の抱負をお願いします。
岡野 とにかく1年で必ずJ2に復帰させます。ガイナーレは昨季、23試合未勝利という状態でシーズンを終えたチーム。今は魅力なんて語れません。でも、選手はお客さんが来れば頑張るので、ぜひスタジアムに足を運んでほしい。僕も一生懸命頑張るので、チームの歴史を一緒につくりましょう。
(取材・文/栗原正夫 撮影/ヤナガワゴーッ!)
●岡野雅行(おかの・まさゆき) 1972年生まれ、神奈川県出身。94年、日本大学を3年で中退し、浦和へ入団。快速FWとして脚光を浴び、日本代表でも活躍。以降、神戸、浦和、TSWペガサス(香港)、鳥取でプレーした。愛称は“野人”。J1通算301 試合出場36得点。J2通算69試合6得点。日本代表通算25試合2得点
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