アンダーソン(巨人)、ベタンコート(オリックス)、ミランダ(日本ハム)など、日本球界で活躍するキューバ人の“亡命選手”たち。

それに加え、この5月にはキューバ政府公認の新制度を利用して、セペダ(巨人)、グリエル(DeNA)のスター選手2名が日本球界入りした。なぜ今、キューバ人選手は海を渡るのか?

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1990年代以降、キューバの有力選手たちは相次いで亡命し、メジャーへ挑戦してきた。最も大きな理由は、やはり金銭的な魅力である。野球のグローバル化と、それに伴う選手の移動を描いた『ベースボール労働移民』(河出書房新社)の著者である石原豊一(とよかず)氏は次のように語る。

「強く印象に残っているのが、キューバが優勝した2004年のアテネ五輪後、選手たちが自らのユニフォームを売っていたことです。彼らはそれくらいお金に困っている。国外に出て大金が稼げるチャンスがあるのなら、動くのは当然だと思います」

国内リーグの選手は国家公務員という立場で、月給はごく一部を除けばトップレベルでも数千円という話もある。

一方、例えば世界最速の169キロ左腕として日本でも有名なアロルディス・チャップマンは2010年、シンシナティ・レッズと6年総額3025万ドル(約31億円)の大型契約を結んだ。これがほかの選手たちにも魅力的に映らないはずがない。

亡命を決行する際に重要な役割を果たすのが、選手たちをスカウトするエージェント(代理人)の存在だ。

「もちろんアメリカ人もいますが、最近は『ブスコン』と呼ばれるドミニカ人ブローカーが幅を利かせています。彼らはスペイン語を話すので、キューバ人ともコンタクトがとりやすい。元メジャーリーガーのブスコンもいます。

多くの場合、彼らは国際大会で選手に接触する。チャップマンはオランダ遠征中にチームを離れ、アンドラ公国へ亡命しました。あるいはキューバからボートで海を渡る場合も、野球選手に限らず一般人の亡命を請け負うビジネスが確立されているので、その手順を踏めばいいのです」

気になるのは、祖国に残された家族の処遇だが……。

政府公認の他国でプレーできる制度

「北朝鮮のような厳しい罰則はありませんよ。締めつければ、それに反発してさらに亡命が増えるだけ。亡命者はキューバに戻ることはできませんが、今はインターネットもあるし、第三国で会うこともできる。家族へ送金する方法もいくらでもあります」

昨年9月、キューバ野球連盟は自国の選手が政府公認の下、他国でプレーできる制度を創設。日本における同制度の第1号が、5月12日に来日した巨人のフレデリク・セペダで、契約金5000万円、年俸1億5000万円という契約金額の一部がキューバ政府に入るシステムだ(同様の制度はメキシコなどでもスタートしている)。

「近年、選手の流出で力を落としているナショナルチームの復活のためにも、また選手という“資本”を守るためにも有効な制度だと思います。選手にとっても亡命のリスクを負わず、他国でプレーすることができますから」

ただし、キューバと国交を断絶しているアメリカでプレーするには、今も亡命という手段に頼るしかない。最高レベルのプレー環境、ケタ違いの大型契約というロマンを求め、今後もメジャーを目指す若手は続出するのでは?

「ゼロにはならないとしても少数派になることは間違いないでしょうね。選手にも家族があるし、日本にいる限り、またキューバに戻って野球ができるわけですから。これから日本を目指す選手がどんどん増えていくでしょう」

そして5月13日、早速DeNAがユリエスキ・グリエルの獲得を発表。まだ29歳、攻守両面でキューバ代表の中核を担う正真正銘のトッププレーヤーだ。

「キューバ代表はパワー重視の野球から、徐々に日本のようなスモールベースボールにシフトしている。選手たちが日本野球を学ぶことは、キューバ野球の未来にとっても意義あることだと思います」

制度の過渡期ゆえ、“公認輸入組”のセペダやグリエルと、アンダーソンやベタンコート(オリックス)、ミランダ(日本ハム)といった“亡命組”が混在している今季の日本プロ野球。それぞれの思いを背負ったキューバ選手たちのプレーに注目したい。

(取材・文/石塚 隆)